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.国際  投稿日:2026/1/30

日中関係、真実の時 (下)中国は日本の安保政策を否定する


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授) 

古森義久の内外透視

 

 

【まとめ】

・中国政府は、日本の国家安全保障政策の基本である日米同盟と在日米軍の存在を一貫して否定し、東アジアの覇権を志向。

・中国は尖閣諸島への領有権を誇示するため武装艦艇を連日侵入させ、武力による奪取の意図を明確にしている。

・中国共産党政権は一党独裁を堅持し、主権在民や選挙といった日本の民主主義の基本を頭から否定。

 

 

日本にとっての中国の敵性の報告を続ける。

 

第三は中国による日本の国家安全保障政策の否定である。

 

日本の自国防衛の基本策は日米同盟である。日本は戦後すぐに占領米軍の司令部が起草した新憲法を押しつけられ、自国を防衛する権利を抑えられた。独自の自衛力を保つことも禁じられた。そのかわりに自国の安全保障はアメリカの強大な軍事力に頼ることとした。その後は米側の対日政策の修正や日本側での自衛への希求により、現実にはある程度の軍事力を持つ自衛隊が誕生した。

 

こうした歴史の過程では中国政府は一貫して、米軍のアジア駐留、とくに在日米軍の存在には反対してきた。東アジア、西太平洋は中国の独自の勢力圏とするアジア覇権の志向が国策なのだ。その野望はときおり太平洋をアメリカと東西に二分して、西側は中国の覇権内とする「G2」構想などの主唱であらわとなる。

 

アメリカは歴代政権がアジアでの存在を堅く続けてきた。日米同盟も縮小や解消へ向かう気配はこれまでまったくなかった。だから中国からすれば日米同盟反対をいくら叫んだところでその実効が現れることはない。しかし日米両国が既存の同盟関係を強化する動きに対しては中国は必ず猛烈に反対する。たとえば2015年の「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」作成とか2000年の「日米共同のミサイル防衛網構築」などへの中国政府の反対は激しかった。

 

私自身、日米ミサイル防衛の構想が決まりかけた2000年には北京に駐在していて中国側のものすごい反対キャンペーンを目撃した。文字通り連日、中国政府の外務省、国防省、人民解放軍の幹部たちが記者会見を開いて、日本に対してアメリカと合同のミサイル防衛網の構築は危険きわまると宣伝するのだった。その種の会見で私自身が「ミサイル防衛はあくまで攻撃用ではなく防御用だから中国への脅威はないではないか」と質問すると、相手の外務省高官が激怒して、「中国に侵略して、膨大な損害を与えた日本の記者がそんな不遜な質問がよくできるな!」と怒鳴られるという体験もあった。

 

第四は中国が日本の領土を軍事力で奪取しようとする敵性である。

 

周知のように中国政府は日本固有の領土の尖閣諸島周辺に連日のように武装艦艇を侵入させ。その領有権を誇示しようとしている。尖閣諸島は本来、中国に帰属する釣魚諸島だと主張するのだ。その結果、沖縄県の尖閣諸島を自国領のようにみなし、毎週、尖閣周辺の日本領海に中国側の武装艦艇が侵入してくる。日本のメディアの多くがこれら艦艇を中国側の名称通りに「中国公船」と呼び、その行動を正常の出来事にように扱う。

 

だがこの船を動かす中国海警という組織は中国人民解放軍の一部である武装警察なのだ。中国海警察の武装艦艇は尖閣周辺の日本領海のすぐ外側にある日本側の接続水域にはほぼ連日、侵入してくる。本来は日本側の了承がなければ、侵入できない水域なのだ。中国側のこうした動きの背景にあるのは日本領土の尖閣諸島を武力を使ってでも奪取しようとする明確な意図である。

 

そもそも中国側は尖閣諸島を統治したり、実効支配した経歴はまったくない。1960年代に国連関連機関が東シナ海の尖閣周辺の海底資源調査を実施して、巨大な海底油田が存在する可能性があるという結果を発表した直後から中国政府は突然、しかも初めて尖閣諸島の領有を主張するようになったのだ。

 

中国は沖縄に対しても領土的な野心をちらつかせている。そもそも中国は沖縄に対する日本の主権や領有権を認めたことは一度もない。かつて中国側の朝貢国だった琉球王朝とのつながりをことさら強調する。その琉球王朝の末裔を中国本土に招いて歓待する。要するに中国は尖閣諸島と沖縄全体の両方に関して日本側の領土を奪取する構えを崩していないのだ。

 

第五に中国は共産党独裁を堅持し、日本側の民主主義の複数政党制を否定する点である。

 

中国共産党政権は競合政党の存在を認めない。この点だけでも日本の政治システムの頭からの否定である。日本では自明とされる主権在民、三権分離、国民一般の選挙というような民主主義政治の基本も中国では全面否定なのだ。

 

私が中国に駐在した1998年から2000年にかけて、一部の民主活動家が共産党の独裁支配に反抗して、「中国民主党」の結成を呼びかけた。散発的ながら国内の各地で賛同の動きも広がった。だが中国政府はそのたびにその活動家たちを弾圧した。最後は2000年11月に中国民主党の最高指導者を北京で逮捕し、裁判にかけた。時の江沢民政権はその指導者に懲役14年という懲罰を加えた。要するに政治の制度も中国と日本とでは水と油なのである。

 

だから日本側の政治家の多くが加わる「日中友好議員連盟」という組織も茶番だといえる。なぜなら中国側には日本でのよう一般有権者によって選挙で選ばれる議員は存在しないからだ。ただし中国側には全国人民代表大会(全人代)と呼ばれる。一種の立法機関は存在する。全国各地から選ばれた代表約3000人が毎年一度、北京に集まり、憲法や法律の改正や国家予算の承認をする。この活動だけみれば立法府という感じもする。しかしその代議員たちは一般からの選挙では選ばれない。みな各地の共産党により任命されるのだ。だから日本側の議員とは同じ資格ではないのである。日中両国間の議員同士の交流という看板にはおおきな偽りありなのだ。

 

以上、具体的に指摘してきた中国共産党政権の日本に対する姿勢のなかの敵性部分はあまりにも歴然としている。しかも国家と国家、国民と国民という関係でのその敵性は断層とも呼べる深淵さなのである。日本にとっての中華人民共和国という国家はそういう存在なのである。

 

これまで日本側では、まるでそうではないような偽装が対中外交の主要部分にさえなってきた。しかしいまや日中間の実態が明るみに出たといえるのだ。その日中関係の真実にいまや日本側でも直面する時機がきたのである。

 

(終わり。上はこちら)

 

#この記事は日本戦略研究フォーラムのサイトに寄稿した古森義久氏の論文の転載です。

 

写真)中国海軍の空母「山東」

出典)GettyImages/ Sawayasu Tsuji

 

 




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