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スポーツ  投稿日:2026/1/19

「GP2エンジン!」の二の舞いはないのか HRC渡辺康治社長が描くアストン・マーティン×ホンダ×アロンソによる「勝算」


松永裕司(Forbes Official Columnist)

【まとめ】

・ホンダは2026年、アストンマーティンへのPU独占供給でF1に正式復帰。

・これは、EV時代の技術検証と、新PU規定への対応という計算された戦略的投資。

・勝利の鍵は、ニューウェイ氏の参画、24時間開発体制、単独供給によるリソースの集中にある。

ホンダ・レーシング・コーポレーション(HRC)は2026年シーズンより、アストンマーティンへパワーユニット(PU)を独占供給するパートナーとしてF1への完全復帰を果たす。日本のモータースポーツ・ファンなら撤退と復帰を繰り返してきたホンダの歴史を知らぬ者も、またなかろう。この動きに大きな期待を抱きつつ「またか」という感情的なノスタルジー、あるいは経営方針の迷走と捉える向きも少なくないかもしれない。

「ホンダ=F1」、それは固く結ばれた勝利の方程式のように捉えられる側面もあるが、その波乱万丈の歴史を眺めれば、その歩みは決して順風満帆ではなかった。ホンダは2025年、F1初優勝から60年という節目を迎えたが、1964年初挑戦となった第1期参戦期間、レギュレーション変更の荒波にも見舞われ、わずか2勝に終わった。「ホンダF1」が世界にその名を知らしめたのは、1983年参戦となる第2期だ。ウイリアムズ・ホンダ、マクラーレン・ホンダとして86年から6年連続コンストラクターズ・チャンピオン、87年から5年連続でドライバーズ・チャンピオンを獲得。この黄金期について、わざわざ筆を割く必要もないだろう。

しかし2000年に始まった第3期は苦杯を舐め続けたとして過言ではない。BARホンダ体制で挑んだこの時期、1997年の王者ジャック・ヴィルヌーブを擁するも表彰台獲得さえ厳しいレベル。38年ぶりにシャーシまで手掛け「ホンダ・ワークス」で挑むも2006年、ジェンソン・バトンによる初優勝のみで08年限りで撤退となった。

ホンダ・ファンにもっとも地団駄を踏ませた事実は09年、前年とまったく同様ロス・ブラウン、ニック・フライ、ヨルグ・ザンダー、ドライバーもバトン、ルーベンス・バリチェロという体制のまま「ブラウンGP」として参戦。エンジンをメルセデスにスイッチした“だけ”で8勝を挙げ、コンストラクターズ、ドライバーズの頂点に立った事実だろう。スポーツに「もし」はないとは言え、F1に留まっていれば、レギュレーションの隙を付き、Wタイトルを獲得したのは、オールホンダだったかもしれないのだ(メルセデスよりもホンダのほうがアンダーパワーだったという裏話はさておき)。

ファンとして眺めれば1960年代に世界初挑戦で2勝、第2期撤退後も「無限ホンダ」が4勝を挙げている過去を振り返れば、オールホンダ体制9年で、わずか1勝は「惨敗期」と嘆きたくなる。

まだまだ記憶に新しい第5期について、レッドブル・レーシングとマックス・フェルスタッペンの組み合わせにより2021年から4年連続でドライバーズ王者獲得と一見華々しいが、ホンダは21年限りで「撤退」済み。21年にドライバーズタイトルを獲得したものの、コンストラクターズのタイトルには届かず終い。つまり「ホンダ」のクレジットが入ったコンストラクターズ・タイトルからは、34年ご無沙汰のまま、今日を迎えた。

26年、アストンマーティン・アラムコ・フォーミュラ・ワン・チームをパートナーとした「正式復帰」。ドライバーは、2025年、06年の王者フェルナンド・アロンソと若きランス・ストロール。この決定を知り15年の第14戦日本GP、ピットとの交信において「GP2エンジン!」とホンダPUをやり玉に挙げたアロンソの絶叫を思い出すファンも少なくないだろう。第4期スタート際、マクラーレン・ホンダはあまりにもアンダーパワーだったと言われ、母国グランプリにおいて、アロンソが下部カテゴリーのエンジンのようだと悲鳴を挙げた。これは今でも語り草となっており、マクラーレンと袂を分かつ要因となったとされる。もちろん、捲土重来・前述通り第4期ホンダの活動は勝利のうちに幕をおろした。

果たして、第5期ホンダは勝てるのか。同じドライバーに、またも酷評を受けることはないのだろうか。

しかしアストン・マーティンが25年12月公開したHRC渡辺康治社長の言葉には、この復帰がホンダの未来を担保するための戦略的投資であり、「感情」に支配されない、計算され尽くした「勝算」である点が浮かび上がってくる。

なぜ今、F1なのか。そして、なぜアストンマーティンなのか。その答えは、新たな技術レギュレーション、組織運営の効率化、そして国内におけるブランド再構築という、三位一体のビジネスモデルの中に隠されている。ここでは、ホンダのF1復帰を単なるスポーツ活動としてではなく、「世界のホンダ」が生き残りをかけた経営戦略として読み解きたい。

■ 「50:50」が呼び戻した技術者の魂

「ホンダにとって、F1はおそらくなくてはならない存在なのだと思います」と渡辺社長は切り出した。しかし、その言葉の裏にあるのは感傷ではなく、極めてロジカルな技術的判断だ。

復帰の最大の要因は、2026年から施行される新たなパワーユニット(PU)規定。「この新規定では、エンジン(内燃機関)と電動モーターの出力比率を50対50にすることが求められ、特にモーターの出力は現行の120kWから350kWへと約3倍に増強されます」。

さらに、MGU-H(排気熱エネルギー回生システム)が廃止される。「つまり、ターボラグに対処する必要があります。もう一つの課題は、バッテリー容量(エナジーストア)をほぼ変えずに、電気モーターの出力を3倍にすることです。ここで鍵となるのは、エネルギーマネジメントをより効率化することです」

これは単なるレースの規則変更ではない。EVシフトを進めるホンダにとって、今回のF1参戦は社運をかけた死活的に重要な技術検証の場となる。「F1の新時代において、決定的な要因となるのは『効率性』です。そしてホンダには、世界で最も進んだバッテリー技術を持っているという自負があります」と同社長は胸を張る。先進的な持続可能燃料の使用義務化も「ホンダが描く将来のパワーユニット技術の哲学と非常に合致」しており、F1は再び「技術を磨き、技術力を高め、そしてそのすべてを世界に向けて披露できる舞台」としての機能を取り戻した。

■ 地球の裏側と繋がる「24時間開発」

アストンマーティンとの提携において、ホンダが目指すのは「One Team」としての完全なる融合だ。「現在、日本のHRC Sakura(サクラ)ではアストンマーティン・アラムコのエンジニアが、そしてシルバーストンのAMRテクノロジーキャンパスではHRCのエンジニアが働いています」。

日英の時差さえも開発体制のアドバンテージとしている。「これは、我々の強みに変えることができる要素です。英国が眠っている間は日本が起きて仕事をしており、その逆もまた同様です。つまり、プロジェクトは24時間体制で進んでいるのです」。誰かが出社したとき、地球の裏側から新しい結果やデータが届いている。このスピード感こそが、グローバル競争を勝ち抜くための組織論的勝算だ。もちろん、これはマクラーレンおよびレッドブルとのパートナーシップにおいても同様だったわけだ。

なんと言っても、このチームには強力な盟友がいる。レッドブル時代に黄金期を共にした“空力の鬼才”エイドリアン・ニューウェイだ。彼がアストンマーティンに加入した後の最初のミーティングで、両者は「やあ、また会ったね!」と大いに笑い合ったという。「エイドリアンは私が頻繁に連絡を取り合う人物の一人であり、しばしば非常に激しい意見、提案、フィードバックの交換が行われます。しかし、それらは常に『勝つこと』に焦点が置かれています」

「F1は『人』のスポーツです」というニューウェイの哲学に、渡辺社長も深く共鳴する。「我々は技術や開発について大いに語りますが、それらはすべて人間のアイデアと、人々の情熱や努力から生まれるものです。これはホンダにとっても、紛れもない真実です」。最高の技術と、信頼できる人間関係。その両輪が揃って初めて、F1という過酷な世界で戦う準備が整う。

ホンダにとってニューウェイの存在は何よりも心強い。もはや、現代のF1はニューウェイなしには勝てないと噂されるほど優勝請負人とされている。1980年代後半、ターボ全盛期にノンターボのレイトンハウス(マーチ)を表彰台に押し上げ脚光を浴びると、1990年にウイリアムズに加入。ウィリアムズは92年、93年、94年、96年、97年とコンストラクターズ・タイトルを獲得。98年にマクラーレンに移籍すれば、99年と連続でドライバーズ・タイトルをもたらした。2005年にはレッドブルに参画。ベッテルとともに2010年から13年までダブルタイトルを獲得。21年からはフェルスタッペンとともに24年までV4を果たした。多くのホンダF1ファンが、このニューウェイの存在に期待を寄せていることだろう。

■ コストキャップ時代の「選択と集中」

経営的な視点も見逃せない。2026年からはPUにも年間1億3000万ドル(約200億円)のコストキャップ(予算制限)が導入される。「これは設計、製造、供給に関するすべてのコストをカバーするもので、PUサプライヤーの運営方法における重大な変更」であると渡辺社長は認識している。

この制約下で、ホンダが選んだのは「アストンマーティンへの単独供給」という一点突破の戦略。「現時点では、他のチームへの供給は考えていません。アストンマーティン・アラムコと共に勝つことに集中したいと考えています」。リソースを分散させず、アストンマーティンのシャシーに特化したPUを開発する。デジタル技術とシミュレーションを駆使し、「2万以上のデータストリーム」を解析しエネルギー使用パターンを最適化する。これは、限られた予算と時間の中で最大の結果を出すための、極めて合理的な経営判断と言える。

■ 「新時代の幕開け」を目撃せよ

2026年2月9日、新型マシン「AMR26」がベールを脱ぐ。「ファンには『本当に新時代の幕開けを目撃している』と感じてもらいたいですね」と渡辺社長は期待を込める。「我々ははみな、このスタートにとても興奮していますし、初めてコースに出たときこそ、この喜びと興奮をファンの皆さんと共有できる瞬間になると思います」

「F1は時に…残酷なものです」と同社長は認める。「冷酷なビジネスであり、時には望むような結果が出ず、改善が難しいこともあります」。しかし、だからこそ挑む価値がある。「コース上で何が起きようとも、我々が『一つの組織(One Entity)』であり続けることが重要なのです」

成功の定義とは何か。「長期的には、このパートナーシップの最終目標であり、成功の定義とは、ワールドチャンピオンシップを制することです」。その視線は、2026年ではなく、27年、28年、そしてその先を見据えている。

かつて「GP2エンジン」と揶揄された屈辱を、ホンダは忘れていない。「あの悔しさがあったから、ホンダは強くなれた」、そんな思いをヒシヒシと感じる。しかも、ホンダはそれを当のアロンソとともに歩み始めようというのだから、あまりにも興味深い。

2026年、アストンマーティン・ホンダとしてサーキットに戻ってくるのは、過去の栄光にすがる企業ではない。EV時代の技術覇権を握り、組織を研ぎ澄ませ、世界最高峰の舞台で再び頂点に立つための「勝算」を手にした、新たなチャレンジャーとしてのホンダだ。

同社長は最後にこう締めくくった。「我々は今、何かとても特別なことの前夜にいるのです」

「アストン・マーティン×ホンダ×アロンソ×ニューウェイ」、この方程式は、果たして我々にどんな夢を見せてくれるのか。

参考:UNDERCUT | Koji Watanabe on Honda’s next F1 chapter, reuniting with Adrian Newey, and late-night calls in Sakura (UNDERCUT | 渡辺康治が語るホンダF1の次なる章、エイドリアン・ニューウェイとの再会、そしてサクラでの深夜の電話)

写真)アウトドローモ・エルマノス・ロドリゲス・サーキットで開催されたF1メキシコグランプリに先立ち、オラクル・レッドブル・レーシングチームと記念撮影を行うホンダの三部敏宏CEO(右)とホンダ・レーシング・コーポレーションの渡辺浩二社長(左) メキシコシティ・メキシコ - 2025年10月26日

出典)Mark Thompson/Getty Images




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