無料会員募集中
.社会  投稿日:2026/1/21

旧式戦車の有効活用


清谷信一(防衛ジャーナリスト)

【まとめ】

・防衛省は本年度から陸自の旧式化した装甲車両などのモスボール保存を開始。

・既存装甲車輛を転用すれば、安価で開発期間を短縮でき、既存の整備や教育アセットも流用できる。

・維持費や兵站も安く、余剰の車輛をモスボールしておけば追加生産も迅速に可能。

 

防衛省は本年度から陸自の旧式化した装甲車両などのモスボール保存を開始した。モスボールとは使用しなくなった機器などを長期保管することを意味し、もともとは衣料用防虫剤(mothball)から転じて、軍隊で使われなくなった航空機や装甲車などを長期保管する意味として使用されている。

これは必要に応じて現役復帰させ、部隊に補充することにより、継戦能力を維持するためだ。また現用で使われている兵器でも戦略環境が変わって、部隊数を減らすなどという場合でも、廃棄されずにモスボール化される。例えば冷戦終結後に1000両あった戦車を500両に減らして、残りの500両をモスボール化するといった具合だ。また部品取りなどに使用される場合もある。諸外国の軍隊では普通におこなわれている。

防衛省は本年度予備装備品の維持に必要な経費として約2.7億円、予備装備品を保管するための設備の設置に必要な経費として約4.2億円を計上している。令和7年度、予備装備品の保管対象となる装備品は、74式戦車が約20両、90式戦車が数両、多連装ロケットシステム自走発射機(MLRS)が約10両である。

防衛省は「予備装備品の維持」として、「部隊改編等で使用しなくなった装備品のうち、まだ能力を発揮し得る装備品について、管理コストを抑制しつつ長期保管を行い、必要に応じて部隊に補充する」としている。

モスボールが開始されたのは大きな前進だ。だが保管だけでいいのだろうか。もっと有効活用する方法はないか。諸外国では旧式化した装甲車輛などを別な用途に転用することは少なくない。これはイスラエル軍の十八番で旧式化した戦車を重装甲兵員輸送車などに転用している。

例えば英陸軍では60年代に採用され、旧式化した装甲兵員輸送車、FV430を2006年に増加装甲、エアコン、RWS(リモート・ウェポン・ステーション)などを装備してFV430 Mk.3 ブルドッグとしてアフガニスタンの戦闘に投入している。

輸出に活用する例もある。ドイツは74式戦車と同世代レオパルト1戦車の車体に、ラインメタル社が開発した35ミリ対空砲を搭載した砲塔、スカイレンジャーSR35を開発した。これは今年ドイツ政府がウクライナに供与を決定した。その費用には凍結したロシアの資産を当てる。

旧式兵器の転用は開発費や調達費が安く上がる、更に既存の車体を使えば従来の整備施設や部品や教育なども共用できて運用費も安く上がるというメリットがある。装甲車両のこのような近代化は珍しい話ではない。基本的に装甲板の箱なので、エンジン、変速機、電装関連、懸架装置などを全部取り換えれば新品同様になる。現在も使用されている南アフリカのオリファントMk2B戦車は戦時中に開発されたセンチュリオンがベースだ。アパルトヘイト時代に戦車が輸入できなくなって70年以上にわたって使い続けてきた。

実は陸自の機甲部隊は10式戦車など一部を除いて博物館アイテムだらけだ。73式装甲車、89式装甲戦闘車、87式自走高射砲、96式自走120ミリ迫撃砲、99式自走155ミリ榴弾砲など、採用から30〜50年も経過しているがろくに近代化もオーバーホールもされていないので、稼働率も低い。99年に採用された施設作業車は僅か13両しか調達されなかった。これでは機甲部隊が作戦を行うことは不可能だ。89式装甲戦闘車も戦車に随伴する装甲車だが、高額だったために僅か68両しか調達されていない。配備されたのは唯一の機甲師団である第7師団の第11普通科連隊の6個普通科中隊の半分にしか配備されず、残りの中隊は旧式の73式装甲車がそのまま使用されている。

第7師団以外の北海道の普通科連隊では73式の更新では戦車を保有する機械化部隊である第二師団含めて装輪式で路外走行が想定されていない装輪式の8輪の96式装甲車で行われている。これでは野戦は戦えない。

本来であれば89式は最低でも500輛程度は必要だったはずだ。96式自走120ミリ迫撃砲も僅か12輛が第7師団専用に開発、調達された。第7師団は「第7機甲博物館」の様相を呈している。

このような「戦車だけを可愛がる」という軍オタなみの行状が放置されたまま、本来他国同様に第3世代の90式戦車を近代化すればよかったのに、わざわざ700億円以上をかけて10式戦車を開発、調達している。だが戦車だけでは戦闘はできない。戦車と歩兵(普通科)、砲兵(特科)、工兵(施設科)などは協力して叩かないと戦闘に勝てない。

それは第4次中東戦争を見ても明らかだろう。戦車が突出したイスラエル軍は歩兵が随伴できずに手ひどい損害を被った。

例えば90式あるいは74式の車体に先述のスカイレンジャーSR35を搭載すれば短期で、安価に87式自走高射砲の後継が調達できる。また89式装甲戦闘車の後継にも90式戦車を流用できる。同様に96式自走120ミリ迫撃砲や施設作業車などの更新につかうこともできるだろう。

砲塔を外して、車体を多少延長、重い砲塔が無くなるのでエンジンはより小型でよい、エンジンルームの横に下車隊員が乗降する通路とハッチを作ればよい。

実例はある。例えばヨルダンはセンチュリオン戦車を改造した重APC(装甲兵員輸送車)アル・ダウザだ。前方に横開の油圧式の観音式のランプドアが装備され、下車歩兵はこれを使って昇降する。車体上部の装甲を取り去り、車体を上方に延長している。戦闘重量は40トン。パワーパックは一新され、エンジンはL-3コンバット・プロポーションの12気筒750馬力ディーゼルエンジン、AVDS 1790、トランスミッションにはアリソンのCD850-6Aオートマチックトランスミッションを採用している。

90式や74式の懸架装置は車体の姿勢を自在に変えるために複雑で整備が大変な油圧式を採用している。戦車としては姿勢を変えて稜線から攻撃するなどが可能であり利点があったが、その他装甲車両ではその必要がない。

これを普通のトーションバー方式のものに代えれば整備性も向上する。また履帯をゴム製にすれば重量が1トンは軽量化できて、信頼性も高くなる。また金属製の履帯に比べて部品点数が圧倒的に少なく、整備も楽だ。路上装甲の際にゴムパッドをはめ込む手間も必要なし、振動も少ないので乗員の疲労も小さくなる。

陸自が採用したAMV XPあるいは24式装輪装甲戦闘車などと同じエンジンを搭載すれば調達、運用コストも安くなる。

繰り返すが既存装甲車輛を転用すれば、安価で開発期間を短縮でき、既存の整備や教育アセットも流用できる。このため維持費や兵站も安く上がる。余剰の車輛をモスボールしておけば、追加生産も迅速に可能だ。

これまで陸自は通常30年前後かけて装甲車両を調達してきたが、それだと少量生産でコストが高くなり、かつ調達途中で旧式化する。既存車両の流用であれば5、6年で全車両が戦力化できるだろう。スピード感は大事だ。また装甲車両メーカの仕事量も確保できる。

これらの車輛を廃棄するならば装甲の塊である装甲車両の廃棄コストは極めて高い。例えば74式の廃棄コストは2020年の財務省の報告によれば49〜156万円かかっている(容易に解体できる82式指揮通信車の処分コストは357〜426万円と高い)。現在は人件費の高騰やインフレなどで更に処分コストは上がっているだろう。税金で買った資産である装甲車両は有効に活用し、浮いた予算をネットワークなり、ドローンや対ドローン装備、自衛官の待遇向上などに使用すべきだ。防衛費を増やすよりもまずこのようなことに手を付けるべきだ。

写真)10式戦車の射撃

出典)防衛省




この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


-  ゲーム・シナリオ -

●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2002〜有事法発動の時〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2004〜日中国境紛争勃発!〜(システムソフト・アルファー)

●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)

清谷信一

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."