無料会員募集中
.経済,ビジネス  投稿日:2015/7/28

[遠藤功治]【カネボウを買収した経営者の英断】~“キラリと光るダイヤモンドの原石企業” 福井県編「セーレン」1~


 遠藤功治(アドバンストリサーチジャパン マネージングディレクター)

「遠藤功治のオートモーティブ・フォーカス」

執筆記事プロフィール

地方創生企業の紹介、地方できらりと光る、自動車関連企業を紹介しているシリーズ、今回は第6回目、福井市に本社があるセーレンを取り上げたい。

元々、セーレンとは、“精練”のこと、つまり、生糸などの繊維から不純物を取り除くことを指す。今回取り上げるセーレンは、1889年創業の老舗、東京ではなかなか知名度は低いが、福井県では超名門の有名企業として名が通っている。

現在のトップ、川田会長は社長就任が1987年、以来実質的には約28年にも渡って会社を率いている。昨年、社長職は結川氏にバトンタッチしたが、現在でも、セーレン本体の会長・CEO、最高経営責任者を務めるだけでなく、福井商工会議所の会頭や、福井県経済団体連合会の会長など、数多くの外郭団体のトップも兼務されている。今年3月以来、北陸新幹線で湧く金沢を横目に、2020年までに福井延伸前倒しを、先頭に立って推し進めている方でもある(が、残念ながら、こちらの方はやや実現困難な状況と聞いている)。

さて、セーレン本体の話に戻る。2015年3月期の売上高は1,037億円と、久々に1,000億円の大台を突破。純利益では前年同期比17%増の49億円と、過去最高益を更新した。東証1部上場企業だが、その時価総額は約900億円と、東証1部上場企業の中では、まだ小ぶりな規模ではある。ただその株価は、この2年間でほぼ2倍の上昇を見ている。国内拠点は福井県内に集中しているが、海外では、米国・メキシコ・中国・インド・タイ・インドネシア・ブラジルなどに工場進出しており、連結ベースの従業員数は5,000人強である。

通常は筆者のような自動車業界担当のアナリストではなく、繊維業界担当者が見る会社。だが、筆者がこの会社に魅力を感じ、フォローし始めたのは、当社の収益頭が自動車関連事業であり、基本的には今後も、世界的な自動車販売の拡大に伴って成長していくということもあるが、当社が既存の業態に固執することなく、いわば脱皮を繰り返し、その度に会社の業態が拡大・変化していく、その歴史に興味を覚えたからである。多角化とは違い、ビジネスの進化と深化、及び、それを派手ではないが、実直かつ大胆に執行してきた経営者の存在に惹かれたものである。

元々は繊維の会社、それも染色加工の下請け会社である。ナイロンやポリエステルなど、織編物の染色加工を主力とした会社である。ただ70年代に入ると繊維不況が永く続く。円高と共に海外から安い製品が入り競争が激化、業績は永らく低迷を続ける。そもそもこのビジネスモデルが、元請けからの注文を下請けとして粛々とこなすだけ、分業体制が確立していた繊維産業の中では、なかなか付加価値を取りに行くことが難しい業態であった。

その中で川田氏主導により、染色の下請けとの立ち位置から脱皮、自動車シート地の生産という方向に軸足を移して行ったことが、その後の当社の運命を変えたと言える。80年代に入り、日本の自動車産業が急速に発展すると共に、当社の業容も大きく拡大、染色下請けから自動車部品素材の一大メーカーに脱皮した訳である。

第2の脱皮とも言えるのが、2005年のカネボウの繊維部門買収である。カネボウは元々、元請けの超優良企業、それが不正会計問題等で倒産、産業再生機構の下での再起を進めていたのが、その繊維部門のみ、セーレンに事業譲渡された。下請けが元請けをM&Aで取得したようなもので、当時は大きな話題になった。セーレンとしては、原糸から最終製品までの一貫生産体制を構築、赤字垂れ流し企業であったカネボウの繊維部門を買収後2年余りで黒字化することに成功、建て直しただけではなく、現在はKBセーレンという、営業利益では本体以上に稼いでいる高収益な連結子会社に変貌させた。

セーレンはその後、エレクトロニクスやメディカル部門にも進出して行くが、その原糸の開発・生産の中心は、このKBセーレンである。当時はこのM&Aに関して、無謀だ、赤字垂れ流し事業だと批判的意見も大変多かったようだが、今から思えば、あの時カネボウを買っていなかったら、その後のセーレンはどうなっていたのかと、過去を振り返って心配してしまうほどである。後から見れば、評論家のように称賛するのは簡単だが、当時としては、経営者の英断であったと言えよう。

(この記事は
【驚異の微細精密印刷技術、車のシート世界シェア16%】 ~“キラリと光るダイヤモンドの原石企業” 福井県編「セーレン」2~

【グローバル化への脱皮と広報戦略構築が課題】~“キラリと光るダイヤモンドの原石企業” 福井県編「セーレン」3~
に続く。本シリーズ全3回)

トップ画像:出典  セーレンfacebook

タグ遠藤功治

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."