フランス少子化、戦後初の自然減 学校で広がるマスキュリニズムとは
執筆:Ulala(著述家)
【本稿のポイント】
・2025年のフランスの出生数は64万5000人で2010年より24%少なく、合計特殊出生率は1.56。死亡数が出生数を上回り、第二次世界大戦後初の自然減となった。
・家族手当も保育支援も、結婚に依存しないPACSなどの制度も整えたが、フランスの出生率低下は止まらなかった。
・上院と男女平等高等評議会は、SNSを通じて若い世代に広がるマスキュリニズムを警告している。出生率低下との因果関係は証明されていない。
少子化対策の成功モデルとされてきたフランスで、出生率の低下が止まらない。2025年の出生数は64万5000人、合計特殊出生率は1.56まで落ち、死亡数が出生数を上回って第二次世界大戦後初めて自然減に転じた。同じ時期、学校では女性への敵意をあおるマスキュリニズムの広がりが上院で報告されている。二つの現象は何を示すのか。著述家のUlala氏が、フランスで働く立場から解説する。(Japan In-depth編集部)
「少子化対策の成功モデル」「女性が仕事を続けながら子どもを持てる国」と言われ、日本が長年お手本にしてきたフランス。しかし、2026年現在、その神話を覆す異変が起きている。
一つは出生数の急減だ。2025年に生まれた子どもは64万5000人。直近のピークだった2010年より24%減った。合計特殊出生率は1.56まで下がり、第一次世界大戦末期以来の低水準に。さらに死亡数が出生数を上回り、第二次世界大戦後初めて自然減に入ったのだ。
もう一つは、学校に入り込むマスキュリニズム(masculinisme)。「女性は男性に従うべきだ」「男性が恋人の服装や外出を管理してよい」。そうした考えを表明する男子生徒の存在が、フランス上院の公聴会で報告されてもいる。
出生率の低下に歯止めをかけたいフランスで、その一方では、SNSを通じた男女対立が若い世代にも持ち込まれている。この二つの現象に直接の因果関係があるとはいえない。しかし、将来の家庭形成を考えるうえで、男女の不信が深まることは決して小さな問題ではない。男女平等の理想郷と見られてきたフランスで、いったい何が起きているのか?
◆金を配れば産む、という神話
「日本はフランスを見習え」これは、これまで日本のメディアや政治家が幾度となく繰り返してきたフレーズだ。
家族手当、保育支援、税制上の配慮。さらに、結婚とは別の法的パートナーシップであるPACSや事実婚でも家庭を築きやすい社会制度。結婚に縛られず、女性が働きながら子どもを産める社会。それが実現されているのがフランスであると、日本の政策の参考にもされてきた。
日本の婚外出生は約2%にとどまるのに、2024年には、フランスの出生の59.7%が婚外出生。このため日本では、「結婚にこだわらない社会になれば、少子化の改善につながるのではないか」という議論も生まれたのだ。
だが、フランスは家族支援を充実させ、出産を結婚から切り離しても、出生率の低下を止めることができなかった。
住宅費と物価の上昇、安定した仕事に就くまでの長期化、保育人材の不足、将来への不安。さらに女性側には「子どもを持てば、結局自分が家事と育児を背負う」という警戒がある。制度が存在することと、安心して利用できることは同じではない。
2026年の新学期、フランスの小中高校では児童・生徒が前年より約16万1000人減った。政府の予測では、2035年には2025年より約167万6800人少なくなる。これは日本の政令指定都市(川崎市や神戸市レベル)の人口が丸ごとひとつ霧散するのに等しいインパクトだ。すでに地方では学校の統合が進み、学校を失った地域から若い家族が遠ざかる悪循環が懸念されている。
かつての成功は嘘ではない。過去、ベビーブームの流れを盛り上げることはできたが、しかし、それは少子化を永続的に解決する万能薬にはならなかったのだ。
◆男女平等が進んだ国で、男尊女卑が戻ってきた
そこへ重なるのが、若い世代に届くマスキュリニズムだ。
マスキュリニズムとは、「男女平等が進みすぎたために、今度は男性が被害者になった」と考え、フェミニズムや女性の権利を敵視する思想や運動を指す。ただし、男性の孤独や生きづらさを語ること自体がマスキュリニズムなのではない。男性の苦しさの原因を女性に求め、女性への支配や権利の後退を正当化するところに問題がある。
2026年5月、フランス上院は教育関係者や学校支援団体を招き、学校現場の状況を聞いた。そこでは、教室で男女が分断される、性暴力を訴える女性を疑う、性的少数者を拒絶する、交際相手を男性が管理してよいと考える、というような言動が報告されたのだ。
ある支援団体の担当者は、自身が関わる30人程度のクラスについて、約3分の1がこうした考えを表明し、3分の1は沈黙し、残りが反対すると証言した。これは全国調査ではなく、一つの支援現場からの証言であるのでフランス全体がそうだとは言えないが、それでも教育関係者が警戒するには十分な変化だったと言える。
上院では、16〜24歳の73%が少なくとも一人のマスキュリニスト系インフルエンサーを知り、39%がその発信を見たことがあり、19%が定期的に見ているという調査も紹介された。
インフルエンサーたちが流すのは、筋肉、高級車、金、女性からの人気を並べた「強い男」の物語だ。そして、恋愛や学校生活がうまくいかず、将来に希望を持てない若者に語り掛ける。
「君が評価されないのは、女性が権利を持ちすぎたからだ」と。
本当の原因が雇用、格差、孤独、教育、家庭環境にまたがっていたとしても、敵を一つに決めた物語の方が拡散しやすい。その上、SNSのアルゴリズムは、一度反応した利用者に似た動画を繰り返し見せる。そのように、筋トレや恋愛相談から入った少年が、いつの間にか女性不信と男女対立の世界に包囲されていくのである。
◆学校の言葉は、やがて職場へ来る
これは10代だけの話ではない。
フランス政府の男女平等高等評議会は、2026年の年次報告書を「マスキュリニズムの脅威」に充てた。15歳以上の17%、約1000万人が、女性を低く評価したり敵意を向けたりする「敵対的性差別」に当たる考えに同調していると推計している。
私自身、フランスの会社で働きながら、同じ問題点を指摘しても男女で受け取られ方が違うと感じることがある。
男性が機器やシステムの不具合を強く指摘すれば、「専門的な意見」と扱われる。同様に技術職の女性が同じ強さで指摘したならば、「文句が多い」「攻撃的だ」と言われる。すべての企業や男性に当てはまるわけではないが、男性の主張は能力、女性の主張は性格として評価される二重基準が確かに残っている。
学校で女子が発言を控えることと、職場で専門職の女性の指摘が「文句」に変換されることは、共通する構造がある。女性は男性を不快にさせない方がよいという古い圧力が、新しいSNSの言葉をまとって戻っているとも言えるだろう。
◆少子化の原因は一つだけではない
ただし、マスキュリニズムが出生率を下げたと証明する統計はない。両者を直接の因果関係で結ぶことはできない。
それでも、子どもを増やしたい社会で男女の不信が深まっているという矛盾は無視できない。
女性が「家庭を持てば自分だけが犠牲になる」と考え、男性が「結婚すれば自由と収入を奪われる」と考える。互いを人生の協力者ではなく、自分を損させる相手として見るようになれば、結婚、PACS、事実婚のどれを用意しても、家庭をつくる選択は難しくなる。
男性の孤立や苦しさを「甘え」と切り捨ててはいけない。過酷な労働、家族を養う重圧、孤独、自殺の問題は、正面から扱う必要がある。しかし男性を救うことと、女性の権利を奪うことはまったく別だ。ここを混同した瞬間、支援は女性攻撃へ変わる。
少子化対策に必要なのは、出生率の帳尻を合わせる手品ではない。
子どもを育てられる雇用、住宅、保育。結婚しているかにかかわらず親子を守る制度。そして、一緒に暮らしても自分だけが仕事、自由、お金、尊厳を失わないと思える関係。この三つがそろわなければならない。
結婚しなければ子どもを持ちにくい日本と、結婚しなくても子どもを持てる制度を整えてきたフランス。その両方で出生数が減っている。
男女の分断が出生率低下の直接的な原因だと証明されたわけではない。しかし、女性が「家庭を持てば自分だけが犠牲になる」と考え、男性が「結婚すれば自分だけが損をする」と考える社会で、家庭を築こうとする人が増えるとは考えにくい。
いま必要なのは、個人に「なぜ産まないのか」と迫ることではない。誰かと生きることを負担や損失だと思わせる社会になっていないかを、問い直すことである。
【よくある質問(FAQ)】
Q1.合計特殊出生率とは何を表す数字ですか?
A1.その年に観測された年齢別の出生率を合計した指標で、その年の状況が続いた場合に女性1人が生涯に産む子どもの数の推計値を示します。
Q2.EVARSとは何ですか?
A2.「感情・関係・性に関する教育」の略称です。2025年の新学期からフランスの小中高で施行された教育プログラムで、教育省は全校が年3回の授業を実施することを目標に掲げています。
Q3.男女平等高等評議会(HCE)とはどんな組織ですか?
A3.フランスの公的機関で、毎年「フランスにおける性差別の状況」に関する報告書を公表しています。
Q4.フランス上院はマスキュリニズムについてどんな報告書をまとめたのですか?
A4.上院の女性の権利代表部は2026年6月23日、報告書「Mascus:女性への新たな攻勢」を採択し、24項目の提言をまとめました。
(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)
◆関連リンク
Insee「人口動態概況2025年」:https://www.insee.fr/fr/statistiques/8719824
eurostat「ヨーロッパの人口統計-2025年版」:
https://ec.europa.eu/eurostat/web/interactive-publications/demography-2025
Vie publique「2035年までに学校制度における生徒数は約170万人減少する見込み」:
男女平等高等評議会「2026年フランスにおける性差別に関する報告書:男性優位主義の脅威」:
PUBLIC SENAT:
国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集(2025年版)」:
https://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/Popular/Popular2025.asp
男女共同参画局「50歳時の未婚割合」:
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r04/zentai/html/zuhyo/zuhyo00-04.html
ニッセイ基礎研究所 生活研究部「日本の人口減少に関する重要データ集~人口動態の観点から持続可能な社会とは~」:
トップ写真:学校まで子供を見送る保護者たち 2020年5月14日 フランス・パリ
出典:Photo by Stephane Cardinale – Corbis/Corbis via Getty Images
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この記事を書いた人
Ulalaライター・ブロガー
日本では大手メーカーでエンジニアとして勤務後、フランスに渡り、パリでWEB関係でプログラマー、システム管理者として勤務。現在は二人の子育ての傍ら、ブログの運営、著述家として活動中。ほとんど日本人がいない町で、フランス人社会にどっぷり入って生活している体験をふまえたフランスの生活、子育て、教育に関することを中心に書いてます。












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