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.国際  投稿日:2016/1/17

[岩田太郎]【拉致被害者全員返せば米朝平和条約は可能】~一発逆転のアジア外交 その2~


 岩田太郎(在米ジャーナリスト)

「岩田太郎のアメリカどんつき通信」

執筆記事プロフィール

日本が米朝の平和条約を誘導・仲介することは、可能だろうか。たとえ北朝鮮の核兵器が潜在的に中国を向く利益を米国が認識したとしても、強制収容所・拷問・言論の自由の抑圧など人権問題で世界中から非難される北朝鮮と、グローバルな人権の擁護者である米国が手を結ぶことなど、不可能なのではないか。

ここで、類似した歴史的事例である1979年の米中国交正常化を考えてみよう。日本の佐藤栄作政権の頭越しに米中接近の動きが始まった1971年当時、それは「電撃的」と形容されたほど、あり得ないことだった。だが、当時のニクソン米大統領は、旧ソ連に対抗する目的で決断し、中共主席の毛沢東と満面の笑顔で和解を演出した。

両国は徐々に、国内外の反対理由を一つ一つ無力化しながら、関係を深めていった。独裁者の毛は1950年代後半の大躍進政策や1960年代後半の文化大革命で、数千万人の人民の命を残虐な方法で奪っていたが、それは米国にとって問題にならなかった。米国の関心は常に、自国の目先の国益のみだ。

両国は1972年2月の米中共同宣言(上海コミュニケ)で、「体制間の相違を相互に認め、それを超えて『平和共存五原則(相互の領土と主権の尊重、相互不可侵、内政不干渉、平等互恵、平和的共存)』に基づき国際問題及び二国間問題を処理する」と高らかに宣言した。体制の違いも、根本的な問題ではない。

米国がこだわる人権問題に関しては、「北朝鮮が日本人拉致被害者を一人残らず帰国させる」という日本にとっての絶対条件の実行が、改善の第一歩という形を取ればよい。それに続くのらりくらりの「改善」を、米国が裁量で「米朝平和条約締結への必要条件が満たされた」と解釈する。米朝の国交回復で北朝鮮の核が中国を向けば、米国は対中軍事政策で数千億ドル相当の得をするからだ。

一方、金王朝の秘密を深く知ることから、「死んだ」ことにされている横田めぐみさん(51)などを日本に返し、彼らが真実を話せば、北朝鮮のダメージは極めて大きい。だが、最も重要な米国による体制保障(日本の「国体護持」に相当)や、国際社会への完全復帰、日本からの経済援助による韓国への対抗力増大など、溢れんばかりの利益を思えば、金正恩にとって失うものは小さく見えるはずだ。

もう一点、金ファミリーが最も気にするのは、日米との復交で中国の経済植民地状態を脱するのは良いが、経済発展が支配層の独裁の崩壊につながらないかという可能性である。だが中国での共産党独裁維持の例にみられるように、日米の支援による経済発展と独裁は少なくとも半世紀にわたって両立可能だ。何より、日米には対中戦略の一環として金王朝を安定維持させる動機がある。

日本との和解に関しては、拉致被害者のご家族はとても納得できまいが、さらわれた家族全員の帰国で満足いただき、工作員の辛光洙をはじめ、北朝鮮拉致加害者の処罰と、慰安婦を含む歴史問題を交換条件で「チャラ」にする。韓国と同じく開発援助金として、北朝鮮に相当額の一時金を支給し、同国経済を発展させて対中・対韓戦略支出とみなす。韓国と違い、歴史問題は「立法・行政・司法の各府、その他あらゆる官民分野でも不可逆かつ完全に解決」と文書に明記させる。

米朝和解プロセスにおいては、日本が「宗主国」の米国を誘導する。宗主国様は衰退し始め、最近お疲れのご様子である。米国のアイデアの泉は枯れている。忠実な子分として、参謀役を申し出よう。そのなかで、日本が自らアジア外交を考え、企画し、責任を取る体制にもっていき、従米体制の終わりの始まりとする。

以上の米朝を利用した日本の対中・対韓戦略の提言は、冷徹過ぎると思われるかも知れない。だが、米朝が国民に対する収奪政治・人権抑圧という基本的価値観を共有し、本質的な戦略面で合致していることを読み切った、現実的なものだ。

北朝鮮は、強制収容所・拷問・言論の自由の抑圧などで非難を受け、米国は「国際刑事裁判所(ICC)に付託を」と唱えているが、翻ってグアンタナモ強制収容所や、そこでの拷問を見るとよい。また、米国官憲はマリファナ所持や、養育費や駐車違反の罰金不払いなどの微罪で、支払えない貧しい黒人をどんどん収監し、世界一の収監人口を誇る。そのおかげで米監獄産業はますます繁盛している。警察に従わない黒人は丸腰でも即射殺で、警官は無罪放免だ。米朝は「同じ穴のムジナ」であり、中国の軍事的台頭を望まない両国の平和条約締結は、不可能ではない。そこに、仲介者としての日本のアジア外交の活路があるのだ。

(この記事は【日米との和解で北朝鮮の核を中国に向けさせよ】~一発逆転のアジア外交 その1~
の続き。本シリーズ全2回)

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