無料会員募集中
.国際  投稿日:2018/12/30

ペルーフジモリ家、いばらの道


山崎真二(時事通信社元外信部長)

【まとめ】

・フジモリ元大統領の再収監、長女ケイコ氏の長期勾留は確実視。

・背景に政治闘争。司法内部の親・反フジモリ派対立も影響か。

・姉弟の関係に明るい兆しも、フジモリ家のイバラの道は続く。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されないことがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=43473でお読みください。】

 

ペルーのフジモリ元大統領の長女で最大野党党首のケイコ氏が不正政治資金疑惑で“予防勾留”されてから12月末で2カ月となる。ケイコ氏の長期勾留見通しが強まる中、恩赦取り消しとされた同元大統領の再収監も確実視されるなど、フジモリ家は厳しい状況に直面している。

 

■ 消えない政治闘争説

ケイコ氏は去る10月10日、2011年の大統領選に絡む不正政治資金疑惑で一時身柄を拘束されたものの、1週間ほどで釈放された。ところがその後、検察は裁判が開かれるまで同氏の身柄拘束を裁判所に要請。裁判所は同月31日、36カ月の“予防勾留”処分を下した。検察の勾留要請はケイコ氏がいったん自由の身となってからわずか2日後に行われており、「ケイコ氏追及への司法当局のすさまじい執念」(リマの有力政治アナリスト)が感じられる。“予防拘留”といっても、事実上の投獄であり、実際、ケイコ氏はリマ市内の女性刑務所に収監されている。

「ケイコ疑惑」追及の先頭に立つペレス検事は、ペルーの過去3人の大統領、ガルシア、トレド、クチンスキ各氏の違法選挙資金疑惑の捜査も担当。また、同検事の要請に応じ、ケイコ氏の勾留を命じたコンセプシオン判事はかつて、マネーロンダリング容疑でウマラ元大統領夫妻の勾留を命じた人物である。こうした点から、今回の“ケイコ氏投獄”は司法当局による徹底的な不正摘発への決意を示すと受け取る向きも多い。

だが、その一方、司法当局の動きには政治権力争いの側面も見え隠れする。リマの政界筋は「背後で現政権が司法当局をあおり、フジモリ派の一掃を企てているふしがある」と話す。少数与党政権を率いるビスカラ大統領が、国会で多数派を占めるケイコ氏の「フエルサ・ポプラル」(FP)の勢力をそぐ“絶好の機会”が来たと見ているのだという。

野党「アメリカ革命人民同盟」(APRA)幹部も「ビスカラ政権が司法を政治的に利用し、権力強化を図っている」と非難。これに対しビスカラ大統領は「私は憲法と三権分立を尊重しており、政府が司法に介入することはない」と強調するが、権力闘争説が依然くすぶる。

▲写真 ペルービスカラ大統領 April 2, 2018 出典:flickr Ministerio de Relaciones Exteriores

 

■ 司法内部でフジモリ派と反対派の対立説も

本来、一枚岩であるはずの司法当局で内部対立が生じており、政治権力争いにも影響しているとの説もある。ケイコ氏追及の急先鋒、ペレス検事は上司に当たるチャバリ検事総長と折り合いが極めて悪い。チャバリ検事総長は、司法汚職疑惑拡大の中スペインに逃れたとされるイノストロサ元最高裁判事との関係が疑われた人物で、ペレス検事は同検事総長を「辞任すべき」と強く批判。このペレス検事を断固支持しているのがビスカラ大統領、というのが現地での一般的な見方。

一方、FPが牛耳る国会は、チャバリ検事総長に対する疑惑追及の動きを数の力で抑え込んだという経緯があり、同検事総長は「フジモリ派ないし、フジモリ派に近い人物」(リマの主要メディア)とされている。加えてイノストロサ元判事は、ケイコ氏とのつながりもうわさされており、リマの複数の政界筋は「司法当局内部でのフジモリ派と反フジモリ派の主導権争い」と異口同音に語る。

チャバリ検事総長は「ペレス検事をいつでもケイコ疑惑追及担当から外す権限が自分にはある」などと発言。だが、ペレス検事はフジモリ派追及の手を緩める気配はない。同検事はケイコ氏だけでなく、同氏の側近ら11人のFP関係者の身柄拘束を要請、コンセプシオン判事がケイコ氏と同様に36カ月の“予防勾留”を命じた。

また、ケイコ氏の夫で米国人のマーク・ビラネラ氏(元IBMコンサルタント)も不正政治資金疑惑に絡んでペレス検事の捜査対象とされ、36カ月間ペルーからの出国が禁止された。さらにフジモリ家の長男ヒロ、次男ケンジ(国会議員)、次女サチの3人が経営する運輸関連会社にも検察の捜査の手が及んでいる。「司法当局によるフジモリ派への政治的迫害」(リマ政界筋)と検察への批判の声が上がるのも不思議ではない。

ペルーの名門カトリカ大のある政治学者は「ペレス検事とコンセプシオン判事の汚職疑惑への取り組みはペルー政治史上かつてなかったような高い世論の支持を得ており、一切の政治的妥協を許さないだろう」と指摘、ケイコ氏が早期に保釈される可能性は少ないと予想する。リマの有力紙の間でも、ケイコ氏長期勾留説が有力だ。

 

■ 姉と弟の仲直りが唯一の救い?

フジモリ家の苦難はこれだけではない。昨年暮れの恩赦で実質12年ぶりに自由の身となったフジモリ元大統領に対し、司法当局が10月初め恩赦無効の決定を下したことは衝撃的ニュースとして内外で伝えられた。元大統領は現在、ガンや心臓病の悪化でリマ市内の病院に収容されている。医師団が当面、病院での治療が必要と判断していることもあって、警察の特別施設での再服役を免れているものの、「再収監は時間の問題」(リマの主要紙)との見方が強い。

▲写真 フジモリ元大統領と長男・ケンジ氏(2018年6月8日) 出典:ケンジ氏のツイッターより

苦難続きのフジモリ元大統領と娘のケイコ氏に若干明るい話もある。末っ子のケンジ氏の態度が軟化していることだ。ケンジ議員はFPに対する数々の反党活動を理由に、FPから除名処分されるなど、ケイコ氏と激しく対立。一時、両者は不倶戴天の敵といわれるほど悪化した。ところが最近、ケンジ氏は姉の収監先である刑務所をたびたび訪問。姉の夫ビラネラ氏は「悲運が重なるフジモリ家にとって唯一の救いは、ケイコとケンジの仲が昔に戻り、一家のきずなが強固になったことだ」と語っている。

▲写真 ケイコ氏とケンジ氏(2016年6月)出典:ケンジ氏facebook

ただし、ケンジ議員は「家族愛と政治は別」として、新たに独自の政党を立ち上げた。2021年の次期大統領選に向け自らが立候補するためとの見方が専らだ。フジモリ家の親類筋は「父親のアルベルト(フジモリ元大統領)はケイコとケンジの間を取り持ち、次期大統領選にどちらか一方が出馬するよう説得しているようだが、難しいだろう」と漏らす。フジモリ家にとってはなお、イバラの道が続きそうだ。

トップ写真:フジモリ元大統領(中央)と長女・ケイコ氏(右上)。ケイコ氏が勾留された直後の2018年11月3日にfacebookにアップした写真。「娘を政治の世界に引き込んだことへの後悔」をつづった文章が添えられている。 出典:Alberto Fujimori Fujimori-Oficial facebook


この記事を書いた人
山崎真二時事通信社元外信部長

 

南米特派員(ペルー駐在)、ニューデリー特派員、ニューヨーク支局長などを歴任。2008年2月から2017年3月まで山形大教授、現在は山形大客員教授。

山崎真二

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."