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.国際  投稿日:2021/5/18

フジモリ元大統領長女、逆転勝利へあと一歩 ペルー大統領選


山崎真二(時事通信社元外信部長)

【まとめ】

・6月6日の大統領選決選投票に向けフジモリ元大統領長女ケイコ氏が急進左翼ペドロ・カスティジョ候補に肉迫。

・カスティジョ候補と極左とのつながり疑惑、ケイコ氏に有利に作用。

・ケイコ氏が「アンチ・フジモリ票」を減らすことができれば、史上初の日系人女性大統領の誕生へ。

 

ケイコ氏の追い上げで支持率2-3%の差に

独立200周年に当たる今年のペルーの大統領選は4月11日に第1回投票が行われ候補者乱立の中、教職員組合の元リーダーで急進左翼のカスティジョ候補約19%の得票でトップ、フジモリ元大統領の後を継ぐ中道右派の政治家ケイコ氏13%でこれに続いた。いずれも過半数を獲得できなかったため、6月6日に両者の間で決選投票が実施される。

カスティジョ氏はペルーの主力産業である鉱業や石油・天然ガスの国有化、経済における国家の役割拡大、「人民投票」に基づく新憲法の起草といった左翼強硬策を公約とする。これに対し、ケイコ氏は新自由主義路線の継続を掲げ、市場経済の下での雇用拡大や構造改革などを訴える。

第1回投票の1週間後に公表されたペルーの有力調査機関の世論調査では、カスティジョ候補が地方農村部や貧困層を中心に勢力を拡大、支持率42%でケイコ氏の31%を大きくリードした。しかし、5月初めの公開討論会でケイコ氏に軍配が上がったのを機に同氏の支持率が上昇。その後、相次いで公表された世論調査では両候補の差が急速に縮小。リマの有力ラジオ局RPPが5月14日伝えた支持率調査ではカスティジョ氏の44%に対し、ケイコ氏は41%と肉迫している。支持率の差が2%になったとの別の世論調査結果もある。

■カスティジョ候補は「極左指導者」との見方も

ケイコ氏にとって今回は3度目の大統領選決選投票となる。2011年の大統領選では、人権侵害などで禁固25年の刑に服役した父親に代わり出馬したが、決選投票で3%の僅差で敗北。続いて前回2016年の大統領選では第1回投票で1位となったものの、決選投票ではわずか0.24%の差で敗れ、涙を飲んだ。その後、ケイコ氏はマネーロンダリング容疑で断続的に身柄を拘束されたが、昨年5月釈放され、大統領選への出馬が可能となった。

リマの有力紙「エル・コメルシオ」の政治アナリストは「ケイコ氏は日増しに勢いを増しており、このままいけば逆転勝利が可能」と語る。今回、「ケイコ勝利」を予想する見方が出ているのは、必ずしも、ケイコ氏や同氏の政党「フエルサ・ポプラル」(人民勢力=FP)の政策を有権者が積極的に支持しているためではない。むしろ、急進左翼政党ペルー・リブレ」(自由ペルー=PL)から出馬したカスティジョ候補への懸念や反発が強いのが最大の要因とみていい。

▲写真 ペドロ・カスティジョ候補(2021年3月30日) 出典:Sebastian Castañeda – Pool/Getty Images

カスティジョ氏は前述のような社会主義的政策に加え、より強硬な共産主義国家の実現を目指すような発言を繰り返している。さらに、同氏と極左武装組織「センデロ・ルミノソ」(輝く道)とのつながりも取り沙汰されている。

センデロ・ルミノソは1980年代から90年代にかけペルー各地でテロ活動を展開、一般市民を含め多数の人々を殺害したことで悪名高い。この極左組織の政治団体にカスティジョ候補が関与しているとの報道が絶えず、リマの一部メディアは同候補について「極左指導者」と形容しているほど。同候補はまた、ベネズエラの反米左翼の独裁的政権を「民主的政権」と呼び、支持を表明、キューバ、ニカラグア、ボリビアの左翼政権に共鳴している。

▲写真 大統領官邸を囲む門の頂上に登ったフジモリ元大統領とケイコ氏 ペルー・リマ(2000年9月19日) 出典: Newsmakers/Getty Images

■「アンチ・フジモリ票」がカギ

ペルー・カトリカ大の政治学者は「カスティジョ候補の負のイメージが同氏支持の減少につながっており、保守や右派政党の支持者が“ましな方”としてケイコ候補を選択する傾向が表れている」と分析する。実際、第1回投票で第3位の得票を得た右派候補の政党は「ケイコ支持」を表明した。

一方、ケイコ氏にとって不安材料は反フジモリ感情が国民の間に根強く残っていること。父親のフジモリ氏が1990年から約10年間の大統領在任中、治安を回復し、市場経済の基礎を築いたのは確かだが、センデロ・ルミノソなどの撲滅を図るテロ対策で人権侵害事件を招いたほか、強権政治を断行するなど汚点を残したのも事実。これが反フジモリ感情を呼び起こし、ペルーのマスコミがしばしば指摘する「アンチ・フジモリ票」となって、過去2回の大統領選でのケイコ氏惜敗の最大要因になった。

今回の決選投票では「アンチ・フジモリ票をどれだけ減らすことができるかが、ケイコ氏の逆転勝利の大きなカギで、それまでにはあと一歩だ」(前述のペルー・カトリカ大政治学者)という見方は十分納得できる。

これに関しては、ノーベル文学賞受賞者で、以前ペルー大統領選にも出馬し反フジモリの急先鋒だったマリオ・バルガス・リョサ氏が今度の決選投票に関しては「ケイコ支持」を表明したことが注目される。

「アンチ・フジモリ」の壁を乗り越えれば、ケイコ氏がペルーはもとより、世界で初めての日系人女性大統領となり、かつ初の親子2代の日系大統領誕生が実現することになるだろう。

(了)

トップ写真:ペルーのリマで演説するケイコ大統領候補(2021年5月10日) 出典:Raul Sifuentes/Getty Images




この記事を書いた人
山崎真二時事通信社元外信部長

 

南米特派員(ペルー駐在)、ニューデリー特派員、ニューヨーク支局長などを歴任。2008年2月から2017年3月まで山形大教授、現在は山形大客員教授。

山崎真二

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