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.国際  投稿日:2020/10/6

IDB総裁にトランプ政権タカ派


山崎真二(時事通信社元外信部長)

【まとめ】

・IDB総裁に米政権タカ派就任。中国の影響力拡大阻止が狙い。

・中南米左派政権の不安増す。親米政権との間で分断助長も。

・バイデン氏が大統領選出なら、IDB総裁選やり直しも。

 

中南米・カリブ海地域の経済発展を支援する国際開発金融機関である米州開発銀行(IDB)の新総裁にトランプ米政権の“タカ派”とされた人物が就任したことから、中南米有力国の間では不安が強まっている。

 

■「中国の影響力拡大阻止が米国の狙い」

IDB(本部ワシントン)総裁はこれまで中南米出身者が就くのが不文律とされてきた。今度、総裁になったのは、ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)上級部長(西半球担当)を務めたキューバ系米国人のクラベルカロネ氏

▲写真 クラベルカロネIDB新総裁 出典:IDBホームページ

今回のIDB総裁の選出に際し、アルゼンチン、メキシコ、チリなどは、中南米が新型コロナウイルスの直撃を受けている中での総裁選実施は適当でないとして延期を主張。また、最大の出資国米国で大統領選が行われることを理由に総裁選の早期実施への反対論も出た。

IDBトップに米国人が就くことによって米国の影響力が過度に増大するとの意見も表明されたもようだ。アルゼンチンやコスタリカが独自候補を擁立する動きを見せ、加盟国への働きかけを強めるなど一時は混乱の様相を示した。しかし、最終的に両国が候補擁立を断念したため立候補者はクラベルカロネ氏一人だけとなり、9月の総裁選で同氏が事実上の“信任投票”の形で選出された。

中南米問題の米有力シンクタンク「インターアメリカン・ダイアログ」(IAD)の専門家は「トランプ政権がIDBの慣例を無視してクラベルカロネ氏を総裁ポストに押し込んだのは、中南米地域における中国の影響力拡大を阻止する狙いがあるのは確実」と指摘する。中国は現在、IDBの域外メンバー国である。

 

■“バイデン大統領”なら、総裁選やり直しも

クラベルカロネ氏は10月1日に正式にIDB総裁に就任した。任期は5年。総裁選でクラベルカロネ氏への反対意見や懸念が強まった大きな要因として、同氏がトランプ政権の中南米政策で“タカ派”とみられていた点が挙げられる。「オバマ前政権の対キューバ融和政策を厳しく批判し、キューバへの締め付け強化やベネズエラのマドゥロ政権打倒に向けた相次ぐ制裁などトランプ政権の強硬策の立案で重要な役割を果たした人物」(ペルー・カトリカ大政治学者)というのが、多くの中南米識者の意見だ。

もともと、同氏がホワイトハウス入りしたのはボルトン元大統領補佐官との太いつながりからであり、同氏をIDB総裁ポストに強力に推薦したのは共和党強硬派のルビオ上院議員との情報も流れている。

▲写真 ジョン・ボルトン元大統領補佐官(2015年2月27日)。クラベルカロネIDB新総裁はボルトン氏と太いつながりがあるという。 出典:Gage Skidmore

民主党の有力幹部の一人はクラベルカロネ氏について「イデオロギー的に偏りすぎており、IDB総裁にはふさわしくない」と批判する。ブラジルのカルドゾ元大統領やコロンビアのサントス前大統領ら中南米の有力政治家も同じような理由で同氏のIDB総裁就任に反対を表明した。

米大統領選との絡みで懸念する意見もある。メキシコの有力メディアは、11月の米大統領選で民主党のバイデン候補が勝利した場合にはクラベルカロネ氏のIDB総裁就任に反対し、重大な問題が起きると予想する。

詳細な中南米報道で知られる米有力紙「マイアミ・ヘラルド」は同地域専門家の意見として、バイデン氏が大統領になれば、クラベルカロネ総裁の辞任や新たな総裁選挙の実施を要求することが可能だと報じた。また、民主党が多数派を占める米議会下院がIDBへの米国の増資に反対する可能性もあるという。

 

■新総裁の強硬発言に不安増す

クラベルカロネ氏が総裁就任前から「中南米への投資面でIDBは中国にとって代わることができる」「西半球での中国の影響力に対抗するため、IDBを強力な融資機関とする」などと強硬発言をしていることも、アルゼンチン、メキシコ、チリなど中南米有力国の不安をあおっている。「アルゼンチンやニカラグアの左派政権のほか、米国と一定の距離置くような中南米の政権に対する経済支援の削減や打ち切りも新総裁の頭の中にはあるだろう」(メキシコ外務省高官)と警戒する声も聞かれる。

一方、親米政権のブラジルやコロンビアなどはクラベルカロネ新総裁就任に支持を表明した。クラベルカロネ氏は総裁就任に際し、加盟国間の団結の重要性を訴える一方、IDBの政策への米国の関与拡大も示唆した。

前述のペルー・カトリカ大政治学者は「クラベルカロネ氏のIDB総裁就任は中南米諸国間に新たな懸念と警戒のタネをまくとともに、域内諸国間の分断を助長する一因にもなりそうだ」と述べている。(了)

トップ写真:ドナルド・トランプ米大統領(2020年9月24日 ホワイトハウス) 出典:The White House


この記事を書いた人
山崎真二時事通信社元外信部長

 

南米特派員(ペルー駐在)、ニューデリー特派員、ニューヨーク支局長などを歴任。2008年2月から2017年3月まで山形大教授、現在は山形大客員教授。

山崎真二

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