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.国際  投稿日:2020/9/23

ペンスとハリス副大統領候補争い


島田洋一(福井県立大学教授)

「島田洋一の国際政治力」

【まとめ】

米大統領選、重要なのは副大統領候補の資質。

・民主党バイデン・ハリス組が勝てば、中国は息をつくことになろう。

・漫然と中国で取引する日本企業もよく考えるべき。

 

今回の米大統領選は、副大統領候補の資質が非常に重要な要素となっている。

結論から言えば、11月の米大統領選挙で共和党のトランプ・ペンス組が負け、民主党のバイデン・ハリス組が勝ってアメリカの政治外交を担うに至れば、中国共産党政権(以下中共)にとっては大きく息が付ける事態となろう。逆に、自由と法の支配を基本とする文明社会にとっては危機的事態となりかねない。

トランプはエネルギーの塊のような男で、米大統領は強烈なファイターでなければならず、何重もの戦いに耐えられるスタミナが必須だ、バイデンにはそれが決定的に欠けている、と強調するが、生物学的には1946年生まれの74才と決して若くはない。

しかし仮にトランプが健康問題で任期途中に辞任となっても、明確な理念を持ち政治経験も豊かなマイク・ペンスが大統領に昇格して残り任期を務める。何の不安もない。

リベラル派の牙城ニューヨーク出身で民主党員だった時期も長いトランプとは違って、敬虔なクリスチャンのペンスは、政治的にも生粋の保守派で、下院議員、インディアナ州知事、副大統領と経歴を重ねる中でしっかり実績を上げてきた。ラジオのトークショー・ホストをしていた時期もあり、露骨な「引っかけ質問」を振られても当意即妙の受け答えができる。失言とはおよそ無縁である。

トランプが大統領に再選された場合、左翼勢力は機会を見て再び弾劾手続きに持ち込もうとするだろう。しかし本音では、より安定感のあるペンスがトランプに代わって大統領になることを恐れている。その点、中共も同じかもしれない。

今回共和党は、圧倒的多数の支持でトランプとペンスを正副大統領候補に選んだ。対抗馬は事実上、一人も出なかった。予備選で草の根党員の支持を集めたトランプを党内主流派が渋々受け入れ、保守派も理念的な面で不信を隠さなかった4年前とは様変わりである。トランプがこの4年間で、政治家として成長し(誤解を呼ぶ発信は相変わらずだが)、対中東政策やエネルギー政策、司法人事などで実績を上げてきたことの反映だろう。

対中政策については評論家の多くが、トランプは近々無原則なディールに走ると言い続けてきたが、実際には一貫した傾向として対中締め付けを強めてきた。

トランプは人権や軍事に関心が強い方ではないが、経済取引の分野では自分が経験、見識とも歴代米大統領中一位という強い自負がある。従ってその分野で、知的財産の窃盗やテクノロジーの強制移転など、習近平のようなファシストが自分をコケにする事態は許せない。ボルトン回顧録にも、次第に習近平への怒りを高めていくトランプの様子が活写されている。そして言うまでもなく、新型コロナウイルスが、トランプの中共に対する不信を決定的なものにした。

一方バイデン政権の対中政策はどうなるか。

中共の人権蹂躙やルール無視を批判することにおいてはトランプと大差ないだろう。より厳しい言葉を用いるかもしれない。しかし問題は行動である。

ジョー・バイデンは1942年生まれで、11月の大統領選直後に78才となる。30才の若さで上院議員となり、以来半世紀近く、ワシントンの水にどっぷり浸かってきた。

「アメリカ社会、とりわけ警察はいまだ構造的な人種差別に侵されている」といったバイデン発言に対して、「お前はその構造のど真ん中で50年間何をしてきたのだ」との批判が向けられるのも、長い政治家生活に鑑みれば当然だろう。

口だけで実行が伴わない、「ジュージュー焼き音は聞こえるが、ステーキが出てこない」が一般的なバイデン評だった(これは、バイデン自身回顧録に引用しているあるジャーナリストの言葉である)。

オバマ政権で同僚だったゲイツ元国防長官の、「ジョーは過去40年間、ほとんどあらゆる主要な外交安保政策について判断を誤ってきた」というコメントもよく知られている。

立派に響く演説はするが、政策を具体的に形にする力と決断力を欠くのがバイデンの特徴と言える。

▲写真 バイデン大統領候補 出典:Flickr; Gage Skidmore

2011年5月2日、米特殊部隊によるテロ集団アルカイダの首魁オサマ・ビンラディン殺害作戦に当たり、ヒラリー国務長官も賛成して、オバマ大統領が最終的にゴーサインを出したが、バイデン副大統領は、「失敗した場合の政治的コストが大きい」と最後まで反対姿勢を取った。

オバマ政権最大の功績の一つであるビンラディン除去は、オバマがバイデンの助言に耳を傾けなかったがゆえに成ったものである。以来オバマは、バイデンに何ら重要な仕事を委ねていない。

今回バイデンが副大統領候補に選んだカマラ・ハリス上院議員はバイデン以上に統率力を欠く。自身、大統領選に名乗りを上げたものの、極左に迎合しては中間派寄りに立場を修正する振り子のような動きを繰り返して(そのため保守派は彼女を「左翼カメレオン」と呼ぶ)陣営が内部分裂し、結局、予備選が始まるのを待たずして撤退表明に追い込まれた。

検事出身だが、特に2018年のカバノー最高裁判事人事に当たって、上院公聴会で、同判事の高校生時代に遡る根拠薄弱なセクハラ疑惑を執拗に追求し、「この調子なら検事時代にどれほど冤罪を生んだことか」と保守層の間で憤激を買った。バイデンは、国民の統一と融和を実現する大統領になるというが、ハリスを副大統領候補にした時点でそれは不可能になったと言える。

選挙用に出した回顧録でハリスは、ホモセクシュアルなど性的少数派の権利拡大に尽くしたことを最大の功績と誇っているが、外交問題に関してはほとんど記述がなく「期待できない未知数」以外の何ものでもない。

2019年から2020年にかけて米議会は、香港、ウイグル等に関して数次の対中制裁法案を通したが、ハリスは何ら目立った役割を果たしていない。

ハリスの検事としての経験は本来、「司法カード」を用いた中共締め付けに役立つはずである。かつてソ連崩壊をもたらしたレーガン政権は、対共産圏テクノロジー封鎖をカギと位置づけ、輸出規制違反の起訴件数を従来の約600倍に増やした。「司法カード」のフル活用である。

トランプ政権はこのレーガン戦略に倣い、近年、FBIと司法省の人的資源を中国案件の捜査・起訴に大きく振り向ける「中国シフト」を敷いてきた。

しかしバイデン政権下では、この「中国シフト」が解かれ、むしろ「人種偏見に侵された」アメリカの警察組織や反同性愛の立場を取る宗教右派、「利益優先で二酸化炭素を排出する」企業などに限られた司法資源を振り向け、中国絡みのスパイ案件はなおざりにされる懸念がある。

ハリスなど、その「シフト転換」の先頭に立ちかねない。中共にとっては願ってもない展開だろう。

中共は、「米国こそ黒人が差別され、警察の暴力が横行する非人権国家だ」とのプロパガンダに余念がない。そこには、米国の司法資源を「警察や右翼による黒人抑圧」の追及に費消させようとの狙いも込められている。バイデンとハリスはその術中に手もなくはまりかねない。

日本にも、戦略的に重要なハイテク分野において、漫然と中国で取引を続ける企業が少なくない。トランプ政権はそこも「司法カード」による攻撃対象としてくるだろう。「同盟国」の企業であっても容赦はないはずだ。日本政府と企業が状況を正しく認識し、自ら修正に動く主体性を欠くのであれば、アメリカの「司法カード」に潰されても、文明の将来に鑑みればやむを得ない。

何とかバイデンが勝ってくれないか、と祈るようでは、その結果、中共の圧迫のもとで暮らすことになる将来世代から、長く怨みを買うことになろう。

トップ写真:ペンス副大統領候補 出典:lex.dk – Den Store Danske


この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授

福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。

島田洋一

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