予測不能なトランプ外交:内実と課題

宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2025#26
2025年7月7-13日
【まとめ】
・第二期トランプ政権においても、大統領の衝動的発言が未だ改善されておらず、政策予測は以前として困難を極める。
・6月21日、対外軍事介入を忌避してきたトランプ氏が直接イラン核施設を空爆したことに注目が集まった。
・トランプ大統領にイラン空爆を決断させた、イスラエルのネタニヤフ首相の卓越した外交力に言及。
今週は本稿執筆がまたもや遅れてしまった。特別な理由があった訳では必ずしもないが、米国時間月曜日の米・イスラエル首脳会談の結果を見てから・・・いやテキサス州での大洪水で多くの児童を含む犠牲者が出た悲劇へのトランプ政権の対応を見ようか、などと色々考えているうちに時間が経ってしまった。誠に申し訳ない。
6月21日の米軍機によるイラン核施設3カ所への空爆に対するイラン側の反応は今のところ予想通り、要するに、対米攻撃や対米交渉よりも、国内でのイスラエルのスパイ・協力者の取り締まり・摘発の方が忙しいのだろう。このところ中東関係ばかり書いてきたので、今回は他の地域を取り上げたい。
先週はあれだけ対外軍事介入を忌避してきたトランプ氏が「外科手術的」とはいえ直接イラン国内の核施設を空爆したことに内外の注目が集まった。NYTなどを読むと、トランプ政権内は意見が割れていたが、今回は対外不介入主義のレストレイナー、中国重視のプライオリタイザーより、対イラン強硬派のプライマリスト・マキシマリストの声が通ったなどといった「見てきたような」観測記事が散見される。
だが、ワシントンという街には、ワシントン市内、特に時の政権内の意見対立に注目し、時に、それを誇張して書く傾向があることを忘れてはならない。その種の性癖は政治記者特有のものであり、その点は日本も同様で、永田町内の派閥争いに命を賭ける政治部記者が少なくない。そうした側面があることを筆者は否定などしない。
でも、今回の第二期トランプ政権は、従来とは少し違うのではないか、という気がする。第一期政権の場合、大統領周辺には、専門知識に裏打ちされた、一家言を持つ、多くの一言居士たちがいた。彼らに共通したのは「大統領はバカだ」と言って憚らない、程度の差はあれ、一定レベル以上の、実力とプライドを持っていたことだ。
勿論、トランプ氏がそんな連中を重用する筈はない。当時この種の人々は、数少ない例外を除いて、全て任期途中で政権を去っている。だが、今の第二期トランプ政権にそんな矜持を持った政策のプロは見当たらない。だから、大統領の側近たちを政策上の立場だけで分類し、その上でどのグループが優勢か、などと論じても、どれだけ意味があるのか、筆者には疑問が残る。
大統領がしっかりとした戦略・哲学に加え、一定の政策方針を持ち、スタッフの意見に耳を傾け、良く考えた上で決断するなら、この種の議論は将来の政策予測に資すると思う。だが、万一そうでない場合、議論は多くの場合、的外れとなるだろう。この点、情報は漏れてこないが、方針決定にはそれなりの一貫性、方向性のある中国とは違うところだ。
中国といえば、昨日CNNが興味深い話を報じていた。昨年の大統領選の際、トランプ候補が「台湾が侵攻されれば北京を爆撃する」と中国の習近平国家主席に伝えたことがあると語っていた、という。トランプ氏の発言を録音したテープもあるというから驚きだ。
CNNによれば、大口寄付者を対象にした非公開の集会で、習主席と話した際のこととして、「台湾が侵攻された場合にはアメリカが北京を爆撃すると伝えた」と語ったそうだ。また、プーチン大統領に対し、「ウクライナに侵攻した場合にはモスクワを爆撃する」と伝えたことがある、とも発言していたという。習氏の反応についてトランプ氏は「私のことを狂っていると思ったようだ」と振り返っていたというから笑ってしまう。
事実かどうかは問題ではない。仮に事実であっても、トランプ政権関係者は沈黙するし、大統領は否定するだけだろう。問題はトランプ氏の「熟慮せず、思ったことを、そのまま、直感に従って、発言してしまう」という悪癖は全く治っていない、ということ。となれば、やはり、今週の勝者はイスラエルのネタニヤフ首相、ということになる。
あれだけ対外軍事介入を忌み嫌う米国の大統領に、対イラン攻撃を実行させるイスラエル首相の「外交力」は半端ではない。このネタニヤフの政治力・交渉力こそ、中国の「台湾侵攻」の際に米国の介入を当てにしている地域の当事者、特に台湾や日本の政策決定者が学ぶべき能力だと思う。ではその答えは何か。これは来週に取っておこう。
さて続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。今週から夏枯れが始まりそうだ。
7月8日 火曜日 仏大統領、訪英(3日間)
7月9日 水曜日 ASEAN外相会議(3日間、マレーシア)
台湾で大規模軍事演習(一週間程度)
7月10日 木曜日 アフリカ連合、外相会合(赤道ギニア、2日間)
欧州議会、欧州委員会委員長に対する不信任投票を実施
7月11日 上海協力機構外相会議(北京、2日間)
最後にガザ・中東情勢についてもう一言。先週筆者は「外務省入省後から50年あまり、中東政治情勢を激変させてきたイラン・イスラム共和制はこれからどうなるのだろう」と書いてしまったが、考えれば考えるほど、米国の対イラン直接攻撃は「ゲームチェンジャー」となる可能性が高いと思う。イラン国内の対イスラエル戦争は「米イスラエルvsイラン」戦争の第二幕となるだろうが、この物語がいつ、どのように終わるかをじっくり考える必要があると思っている。
巷ではガザ停戦や核協議の行方といった目先の結果を追い求める向きが少なくないが、今こそ、特に日本は「ポスト米イラン戦争」について深い情報分析と政策議論が必要ではないかと愚考する。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真)イスラエルによる攻撃で損傷した建物に、イランの国旗が掲げられている
テヘラン-イラン 2025年6月25日
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。

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