無料会員募集中
.国際  投稿日:2024/8/22

ハリス候補への安保面での疑問


古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・カマラ・ハリス候補の外交・防衛政策が不明確で懸念されている。

・重要な国際問題についての見解が不明で問題視されている。

・ハリス氏は、選挙期間中に具体的な政策を明らかにすることが求められる。

 

アメリカの大統領選ではいよいよ8月19日から民主党全国大会が始まった。この大会では副大統領のカマラ・ハリス氏が民主党の大統領候補として正式の指名を受ける。

ところがこの注視を集めるカマラ・ハリス副大統領の外交や防衛についての考えがわからない――こんな疑問が米側の大手メディアで正面から提起された。

バイデン大統領が選挙戦から撤退した後、後継となったハリス副大統領は最近の支持率調査では共和党候補のドナルド・トランプ前大統領に追いつき、追い越しかねない人気急上昇をみせてきた。アメリカ大統領選挙の構図がいまや一転したわけである。

ではアメリカ初の黒人女性の大統領ともなりかねないカマラ・ハリス氏とはどんな政治家なのか。どんな政策や思想の持主なのか。こうした諸点となると、厚いカーテンが急に降りるような感じとなる。肝心のアメリカでも、そして日本でも、ハリス氏の政治指導者としての実像がなかなかみえてこないのだ。とくに外交政策や軍事政策、国際戦略という分野でのハリス氏の思考がわからない。

この点への広範な懸念を集約したような評論がアメリカの大手紙ウォールストリート・ジャーナルに掲載された。8月9日付の社説だった。ちなみにアメリカの主要メディアは新聞でもテレビでも民主党びいきが多数派である。ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CNNテレビなど、日本でもなじみの深い主要メディアは年来、民主党を支援する。逆に共和党には厳しい姿勢をとり、とくに保守主義に徹底するトランプ前大統領への態度は辛辣をきわめる。

そんななかで全米の多数の新聞のなかでも最大の発行部数を誇るウォールストリート・ジャーナルは民主党寄りではなく、客観性が強い。どちらかといえば保守傾斜だが、トランプ候補にも批判的なスタンスをみせる。アメリカの多様なメディアのなかでも客観性、中立性が強い主要新聞だといえる。だがら同紙の主張は注目に値するともいえるのだ。アメリカ一般のハリス候補に対する認識を示す指針として意味は大きい。

さてこのウォールストリート・ジャーナルの社説は「謎の最高司令官」と題されていた。いうまでもなくアメリカ大統領は米軍陸海空三軍の最高司令官となる。国防、国家安全保障の最高責任者として全世界の脅威と対峙する任務をも有する。だがこの社説はハリス候補がこの種の国際問題について、どんな思考を持っているのか、わからない、と主張するのだ。その主張の骨子は以下のようだった。

・アメリカにとっても現在の国際情勢は第二次世界大戦以後、かつてないほど危険となった。そんな現状のなかで、アメリカの大統領として米軍全体の最高司令官になるかもしれないこの女性政治家がなにを考えているかが不明である。なぜならハリス候補は民主党の大統領選への指名を確実にしてからも、記者会見やインタビューを一切、していないからだ。

 ・有権者はハリス候補本人の口から、アフガニスタンからの米軍撤退の失態、ロシアのウクライナ侵略への抑止の失敗、イランの核兵器開発、中国の南シナ海、東シナ海での違法な領土拡張などについてどう考えるのかを聞く必要がある。中東情勢でもハリス候補はイスラエルのネタニヤフ首相の米議会での演説をボイコットしたが、アメリカ歴代政権のイスラエル支持の基本に反対するのか。

この社説はハリス候補への以上のような疑問と要求をぶつけながら、同候補の過去の言明が懸念の対象となっていることを明確に指摘していた。以下の骨子だった。

 ・ハリス氏は2020年に上院議員として大統領選への名乗りをあげた時期に「国防費は削減されねばならない」と明言していた。中国の習近平政権が画期的な軍事力増強を続け、インド太平洋での軍事脅威を高めていることに対して、いまもなおアメリカ側の軍事力の削減を求めるのか。

こうした疑問が提起されるのも、ハリス氏がバイデン政権の副大統領として外交政策や軍事政策など対外的な課題にほとんど接してこなかったことが原因だろう。だが同時に副大統領として対外課題についてまず語ることがなかった点も大きい。しかも副大統領になる前の上院議員時代には中国やロシア、イランなどの脅威に対しても、融和的な意見を述べてきたことも、このウォールストリート・ジャーナルの社説が率直に表明するような懸念を生んでいるのだともいえよう。

いずれにしてもこれからの80日のアメリカ大統領選挙ではハリス候補は外交でも内政でも自分自身の政策を具体的に語ることを迫られるようだ。

*この記事は日本戦略研究フォーラムのサイトに掲載された古森義久氏の寄稿論文の転載です。

トップ写真:ペンシルベニア州西部の都市を巡る選挙バスツアーに参加するカマラ・ハリス候補(2024年8月18日ペンシルベニア州ムーンタウンシップ)出典:Anna Moneymaker/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."