沖縄政治の地殻変動③ 参院選:参政党台頭で情勢が流動化

【まとめ】
・本年4月の時点では、参院選で自民党有利と見られたが、「西田発言」で反自民の風が吹き始めた。
・沖縄経済界の大物が、惰性に流れる自民党沖縄県連に不満を抱き、参院選候補に敢えて若手を推した。
・参政党の人気急上昇で保守が分裂模様となりつつあり、「オール沖縄」系候補が当選する可能性がある。
7月20日に投開票される参議院議員選挙の序盤戦は、沖縄では盛り上がりが欠けた。辺野古問題がもはや話題にならず、争点があいまいになったうえに、自公と「オール沖縄」両陣営の候補者が新人で、全県的な知名度が低かったためだ。
ところが、選挙戦中盤以降、参政党の勢いが増し、自公陣営に、支持基盤が参政党に崩されるのではとの懸念が広がって、緊張感が高まってきた。
自民党は若手の奥間亮元那覇市議、「オール沖縄」は沖縄大学教授の高良沙哉氏を立て、参政党からは琉球大学名誉教授の和田知久氏が総選挙に続いて出馬した。以下、沖縄における参議院選の見どころを述べる。
<自民党も「オール沖縄」も問題を抱え、序盤の情勢は混迷した>
昨年の県議選から総選挙を経て、今年に入って、重要な市長選が4回続き、いずれも自民・保守系が勝利した。自民党は、来年9月の県知事選の前哨戦である参院選の勝利も見込んでいた。
ところが、自民党の西田昌司参議院議員が、5月3日に行った沖縄での講演で、平和教育の象徴である「ひめゆりの塔」を激しく批判するという「事件」が起き、潮目が変わった。西田氏の見解は、「沖縄の平和教育は親米で反日」という事実誤認がベースになっている。
彼は、沖縄戦の実態だけでなく、27年続いた「米軍統治」に対する沖縄県民の反発を理解しようともしない西田氏の姿勢に、保守系ですらあきれた人が多く、「西田氏講演」を共催した自民党県連への風当たりが強まった。
5月18日に江藤拓農水大臣、7月8日には鶴保庸介参議院議員など、自民党政治家の失言も相次いだ。さらに、自民党本部の政治と金の問題への消極的な姿勢に加えて、石破政権の物価高騰対策への生ぬるい対応も重なり、政権と自民党への反発が止まらない。
沖縄は島嶼県であるため、輸送費がかさみ、物価は本土以上に上昇している。県民の生活は苦しく、自民党政府の「無策」への憤りは激しい。
一方の「オール沖縄」勢力は、当初、今回の参院選に再出馬すると思われた現職の高良鉄美氏が撤退した。高良議員の出身母体、革新系ローカル政党、社会大衆党が昨年の総選挙で消極的だった、との勢力内からの非難が収まらず、出馬を諦めざるをえなかったのだ。
この件は、陣営内の確執をさらけ出し、参院選の準備も遅れたが、「西田発言」という敵失に恵まれ、体制を立て直すことができた。
<奥間氏の擁立の陰に、経済界の自民党県連への不満があった>
今回の参院選に向けた自民党の公認候補選定にあたり、民間の経験が長く、政策通でもある西銘啓史郎県議を推す声もあったが、自民県連は若返りを重視して奥間亮元那覇市議(38歳)の擁立を決定した。
奥間候補は県警勤務を経て、26歳で市議に初当選し、その後3期務めた。社会福祉士の資格を取得するなど、社会への関心と行動力には定評があり、2期連続トップ当選を果たしている。
奥間氏を強く推したのは経済界の重鎮と言われる。自民党公認の沖縄選出国会議員は5名いるが、長らく同じ顔触れが続いている。それに加えて、島尻安伊子氏以外の議員の仕事ぶりが物足りないとの不満があったという。
この10年間、県知事は「オール沖縄」系が占め、辺野古問題などで国と対立しているため、県と政府との関係が冷え込み、財政難を理由に、国の沖縄関連予算は減額されている。
一方で、自民党の国会議員たちは、政策への関心が薄く、政府と沖縄のパイプ役より、「議席確保」への執着ばかりが目立つ。経済界は、停滞した沖縄政治の流れを変えるには、若手を育てるほかはないと考えたのだという。
西銘啓史郎氏は67歳、すでにベテランであることに加え、大臣経験者で当選7回の西銘恒三郎衆議院議員を実兄に持つ。「また西銘家から国会議員か」との批判があった。経験豊かで、弁も立つ実力者啓史郎氏としては、30歳も若い奥間氏に国政進出の可能性を譲ったことに、割り切れない思いを抱いたはず、と推測する関係者は多い。
<奥間候補にとっての難題は、知名度不足と自民党への逆風である>
市議から、県議を経ずにいきなり国政に進出しようとする若い奥間氏にとって、このような公認候補者選考の経緯は、重荷かもしれない。ただし、当選すれば、保守系の若手を勇気づけるだけでなく、ベテラン議員も刺激を受け、沖縄政治が活性化するかもしれない。それこそが、経済界が狙ったことだ。
奥間氏が参院選に向けた政策として、離島振興を真っ先に掲げ、「一丁目一番地」とする。祖母が宮古島出身であり、彼にとって離島が抱える問題は他人事ではない。また、沖縄本島にも離党出身者が多いこともあり、離島の苦境は沖縄全体の問題でもあると考える。
ただし、離島振興を最優先するかのような方針には、賛否両論がある。離島の人口は合計約13万、沖縄本島は約135万と大きな差がある。離島重視の奥間氏の姿勢に疑問を感じる本島住民も少なくない。
奥間候補の最大の課題は、那覇市以外での知名度が低いことだ。また、経済界の大物が奥間氏を推したとは言え、経済界全体には自民党への不信がくすぶる。「奥間は良いが、自民党は駄目だ」という声も聞こえてくる。
惰性に流れている自民党に「お灸を据えよう」と考える有権者も目立つ。そのためもあり、選挙戦序盤では、自民党後援会や経済の動きが鈍かった。中盤から徐々にペースが上がってきたが、「オール沖縄」系の高良候補に先行されていると報道され、関係者は焦りを募らせる。
<参政党の人気が急上昇し、自民は思わぬ苦戦に>

▲写真 和田知久参政党公認候補
出典: 参政党HP 参議院議員選挙公認候補者一覧
今回の参院選は自民党にとって困難な戦いになっている。先述したように、石破政権の評価が低く、本土ほどではないが、自民への逆風は沖縄でも吹く。その隙をつくように、大胆な主張を叫ぶ参政党が、都市部と若い世代を中心に支持を伸ばしている。
参政党の参院選公約などを見ると、魅力的なものも多い。食品の安全性重視、食料自給率倍増、環境保護、偏差値中心の管理教育否定、利権の排除など、「クリーンな保守」のイメージを作っている。
反面、男系による皇位継承堅持、伝統的な家族観を押し出すなど、復古主義的でもある。また、子ども一人につき月10万円支給、減税と社会保険料の大幅削減など、極端なバラマキは、財政の現状を考えれば非現実的だ。
外国人に関する政策では、単純労働者の受け入れ制限、外国人留学生への奨学金制度の見直し、感染症対策でのWHO依存の否定など、排他的なナショナリズムの色彩が濃い。
参政党は、まともな政策を述べる一方で、根拠のない主張や、主観的で情緒的なアピールも多い。また、SNSでの拡散を狙って、分かりやすさ、浸透しやすさを優先した政策の単純化も目立つ。中にはフェイクニュースまがいのものもある。
たとえば、6月23日に沖縄で演説した同党幹部の吉川里奈衆議院議員は、「外国人による犯罪が右肩上がり」と語ったが、事実に反すると指摘された。先述した「減税と社会保険料(国民負担率)」の問題でも、参政党は、日本は「高い」としているが、実際には、日本の国民負担率はかなり低い。
社会の現状に閉塞感を募らせた人々が参政党支持に向かっているのは、自民党を含めた既存政党への不信の反映でもある。同党が保守の基盤にどれだけ食い込むか。参政党が沖縄選挙区で議席を取ることはないと見る人が多いが、保守票が大量に参政に食われると、「オール沖縄」が勝つ可能性はある。
<「オール沖縄」の高良候補は先行しているが、弱点も抱える>

▲写真 高良沙哉「オール沖縄」候補
出典: タカラさちか公式ウェブサイト
「オール沖縄」の高良沙哉候補は46歳。憲法学者で、女性の権利、特に米兵による性犯罪に取り組んできた。
課題は多い。まず、知名度の低さのほか、生活の問題へのアイディアと取り組み経験の不足は、候補者自身も認める。しかも、出馬を表明したのは4月6日であり、短期間で弱点を克服できたかどうか。
選挙体制にも問題を抱える。まず、支持母体の「オール沖縄」が退潮傾向にあることだ。同勢力は、過去10年間、基地問題を争点化することで、大型選挙に勝利してきた。言い換えれば、基地問題さえ唱えれば票が取れたために、「楽をしてきた」と評される。その体質を根本から変えるのは容易ではない。
幸運なことに、プラス要因が2つある。第一に、西田発言の後も自民党議員の失言が相次いだだけでなく、石破政権の迷走が続き、自民党への失望感が沖縄にも及び、自民党員ですら士気が低下していることだ。そのほかに、参政党の人気上昇で、保守分裂の様相が見えることは歓迎すべきことだ。
「オール沖縄」陣営にとっては、参政党は歴史観などで全く相容れないが、自民票を奪ってくれる、「ありがたい」存在でもある。同党をどこまで批判すべきか、悩ましい。
<勝負の分かれ目は、参政党がどれだけ自民票を食うかだ>
自民党にとって、参政党は厄介だ。特に、尖閣問題や台湾問題があり、保守系の多くは中国の軍拡を警戒する。平和主義が根強い沖縄でも、保守勢力の一部は、革新系や保守系穏健派の中国に対する融和的な方針に不満を感じてきた。民族主義的な政策を掲げて台頭してきた参政党に、保守系には共感する人も多い。
同党の和田候補は「台風の目」になり、自民党を苦戦に追い込むとしても、当選するほど支持が広がってはいるわけではない。参政党の神谷宗幣代表が、沖縄戦について「日本軍は沖縄を守るために戦った」と語ったことは、県民の多くは、到底受け入れられない。保守系内ですら反発が起き、票の伸びが止まる可能性もある。
とは言うものの、若い世代や保守系右派の中には、参政党が躍進し、存在感を示すことに期待する声がある。若者と保守系右派の投票行動が、奥間候補と高良候補の勝負を左右しそうだ。
<那覇市議選とのセット戦術の効果と公明党の動向も重要だ>..
今後のもう一つの焦点は、参院選と同日選になる那覇市議選である。那覇市では元市議の奥間候補が、市議選とのセット戦術で票を伸ばすのは確実だ。高良候補を追い上げる最後のチャンスである。
一方で、自民県連の動きが那覇市に集中するため、中部、北部での活動が弱くなりかねない。北部は保守系が強いので、奥間氏有利と言われるが、問題は中部、特に那覇市に次ぐ人口を擁する沖縄市やうるま市だろう。
ともすれば、参政党に話題が集中するが、沖縄では公明党の動きが当落に大きな影響を与えることも見逃せない。
平和主義を掲げる公明党は、平和教育を否定する参政党を警戒する。他方で、庶民の味方を自認する同党は、沖縄県民の苦しい生活を目の当たりにし、自民党の無策に憤慨する。政治と金の問題に切り込まなかった石破首相にも、不満がくすぶる。
自民党への反感もあり、選挙戦の序盤には動きの鈍かった公明党だが、参政党の勢いに危機感を感じ、徐々に熱を帯びてきたようだ。奥間候補が当選するための絶対条件である公明党のフル回転によって、追い上げが間に合うかどうか。参政党支持者の投票行動と合わせて、公明党の動向に注目したい。
トップ写真:Koichi Kamoshida by gettyimages





























