沖縄政治の地殻変動⑤ 参院選結果の分析(下)

【まとめ】
・沖縄では、物価高が本土以上に生活苦をもたらし、自民党政府への不満が噴出。
・自民党は、モラルの欠如・業界依存・政策のアイディア不足によって県民の支持を失った。
・参政党躍進の背景に既存政党への不満と不信があった。
7月20日の参院選沖縄選挙区で、自民奥間候補が参政党に保守票を大量に奪われ、「オール沖縄」高良候補に敗れた。この記事では、なぜ自民党は支持を失ったのか、また、参政党躍進をもたらした要因は何かについて考える。なお、「オール沖縄」の勝因と課題については、後日、別の記事で扱うことにする。
<自民党の直接の敗因は「物価高対策」の弱さだった>
NHKが行なった参院選沖縄選挙区の出口調査によると、「投票する際に重視したこと」は「物価高対策・経済政策」が49%に達し、断然トップだった。2位の「子ども政策・少子化対策」16%、3位「年金・社会保障政策」15%を大きく引き離した。「外交・安全保障政策」は4%にすぎず、争点にはならなかった。
消費税については、「引き下げるべき」が53%、「廃止すべき」が27%。「税率を維持すべき」は20%にすぎず、「消費税減税・廃止」を求める声が圧倒的に多かった。
物価高は県民を苦しめた。鉄道がほとんどなく、バス路線も貧弱な沖縄は極端な車社会になっており、高いガソリン代は家計を圧迫する。米価の急騰もまた、平均所得が全国で最も低い県民の生活を直撃した。
自民党は、財源確保が困難な減税には慎重で、物価対策は抑制的になった。「子供や住民税非課税世帯に一人4万円、その他は2万円の給付」を打ち出したが、自民党関係者から「これでは戦えない」と嘆く声が出るほど、評判は悪かった。
生活者の目には、自民党は県民の生活状況を直視しないと映った。しかも、自民党沖縄県連は、末端の党員の危機感を共有せず、楽観的なムードすらあった。
<自民党のモラルの欠如と業界依存は、県民の反発を招いた>
自民党政治家の止めどなく続いた不祥事に、沖縄でも怒りの声が聞かれた。旧統一教会との密接な関係や裏金、議員の相次ぐ失言に対して、自民党執行部は厳しい処分を下さなかったため、「自民党にお灸をすえる」と語る県民が日に日に増えた。
「ひめゆりの塔」を非難する「舌禍事件」を起こした、西田昌司参議院議員に県民は激しく憤ったが、彼は党公認は取り消されず、参院選京都選挙区で当選する。一方、沖縄では、「西田発言」によって、自民奥間候補は公明票を含めると2~3万票は減らしたと見られ、致命傷になった。
沖縄で自民党苦戦の原因を作った西田議員は、今や「石破降ろし」の先頭に立つ。沖縄で「独善的」な歴史観を振りかざした同議員が、石破首相を「独善主義」と決めつけ、県民は呆気にとられる。西田氏講演のあおりを受けた、奥間氏の心中やいかに。
沖縄ではホテルの建設ラッシュが続き、地価高騰、家賃上昇をもたらして一般県民の生活は苦境に陥ったが、地主や不動産、土建業界は大いに潤った。選挙での自民党の業界依存も重なって、「仲間うちの政治」への批判が高まる。
▲写真 全国戦没者追悼式式辞について会見する石破茂首相(令和7年8月15日)
一方、石破首相は、自民党内の基盤が弱く、業界を代弁する「族議員」や旧安部派などからの圧力にさらされ、米価高騰対策、裏金、夫婦別姓で、思い切った決断ができなかった。
典型は米価問題だ。昨年秋には米価が急騰し始めたが、自民党「農水族」議員と全農(JA)と関係が深い農水省は、備蓄米放出を渋り、価格上昇を放置した。石破首相も、江藤拓農相に断固とした対応を取るよう迫らなかった。偶然、江藤大臣の失言があり、農相を小泉進次郎氏に交代させて備蓄米放出を急がせたが、遅きに失した。
<自民党のビジョンの乏しさは県民を失望させた>
県民は、目の前の生活苦の解決を願いつつ、沖縄の将来像も知りたい。那覇市議だった若い奥間氏には荷が重いテーマだが、自民党県連のサポートも弱かった。
沖縄の経済界や那覇市、浦添市、宜野湾市などが実現を目指す、「GW(ゲートウェイ)2050」という構想がある。那覇空港の拡大、那覇軍港や海兵隊牧港補給地区などの返還を見据え、沖縄本島中南部の西海岸を一体的に開発しようとするものだ。
▲図 価値創造重要拠点の全体像(イメージ)
提供:GW2050PROJECTS
構想を打ち出したのは沖縄経済界である。自民党県連の幹部は行政経験がほとんどない議員たちで占められ、主な関心は選挙にある。政策の専門知識は少なく、この構想を説明できるだけの情報を持たなかった。
他方、無所属で当選してきた市町村長の中に、政策や実務に詳しい人が少なからず存在するが、彼らの視野は、自らが執行・管理する自治体とその周辺地域に限られる。県全体の長期展望を考える余裕もない。
県全体のビジョンを策定するのは、本来は県政だが、玉城デニー知事は、パフォーマンスを好むタレント型の政治家で、政策アイディアや実務経験は乏しい。結果として、県職員の士気は危機的なほど下がっている。
県政が当てにならない以上、議員と、実務派首長、経済界、そして専門家などが情報とアイディアを共有し、戦略を練るべきなのだが、そのようば「場」は少ない。果たして、今後どのような青写真が描かれるのか。まだ、具体的な見通しは立っておらず、コンサルタント任せになるのでは、との懸念の声がある。
<なぜ参政党の人気が沸騰したのか>
参政党はなぜ大幅に躍進したのだろうか。
NHKと共同通信の出口調査によれば、沖縄では、れいわ新選組支持層の20~25%が参政党公認の和田知久候補に投票した。また、投票率が前回の参院選より約6%上昇したが、増加した票のほとんどが参政党に流れたようだ。
このデータが示すのは、既存政党への不信と怒りだ。
沖縄では、2014年以来、「オール沖縄」と自民党(と公明党)が対峙する政治が続いた。だが、県民の生活は苦しくなるばかりで、将来の展望も見えない。
また、各政党が固定支持層の利害や立場を重視する選挙を続けたことも、一般県民の政党離れを招いた。その好例は、自民党の「業界依存」であり、共産党などの反日米同盟イデオロギーへの執着である。
既存政党は、県民の生の声を積極的に聴こうとしなかった。「選挙政党」になってしまった各党は、手っ取り早い選挙戦術として、従来からの支持層固めを優先した。県民からは、惰性に流れているように見えた。政党に「軽視された」と感じた人々が、フラストレーションを抱え、新しさをアピールする参政党を支持したと言える。
見逃してならないのは、参政党に投票した人たちが、この党の政策全体に賛同しているとは限らないことだ。
たとえば、西田氏の「ひめゆり発言」を嫌悪するが、彼を擁護した参政党に投票したり、夫婦別姓を求めつつ「夫婦別姓を否定する」参政党を支持した人も少なくない。
「極右政党」とされる同党だが、沖縄の若い世代は、「右寄り」の政治理念より、とりあえず、減税政策などに共感して、参政党に投票したと見ることもできる。この党の支持層はまだ流動的なのだろう。
▲写真 沖縄県沖縄市コザ十字路で演説する神谷宗幣参政党候補。左は沖縄選挙区に出馬した和田知久候補
<参政党の政策は矛盾を孕むが、熱狂的な支持者が少なくない>
参政党は、企業や団体からの支援を受けないため、「利権」とは無縁としている。食の安全性と透明性の確保、偏差値重視の管理教育の否定、メガソーラーなどによる自然破壊の阻止、ペット殺処分ゼロなどを掲げ、自民党とは違うクリーンな保守を目指しているように見える。
一方で、憲法改正のための「構想案」では、日本は、「神聖な存在」である天皇による「君民一体」の国家であるとし、「教育勅語」や「愛国主義」を尊重して、伝統的「家族観」も強調するなど、復古主義、国粋主義的な色彩が濃い。
非現実的な公約も多い。手取り収入増を目指す大幅な「減税」と「社会保険料減額」、さらには「子ども一人につき月10万円の教育給付金」などは、一見魅力的だが、実施すれば財政は破綻する。
キャッチフレーズの「日本人ファースト」に沿うように、外国人の「非熟練労働者の受け入れに制限を設ける」とも強調する。
だが、「非熟練外国人労働者」受け入れを制限すれば、たちまち土建工事は立ち行かなくなる。大型施設の清掃や、コンビニのレジなどでも、外国人労働者は欠かせない。参政党は、日本が直面している「人手不足」を無視している。
「外国人労働者」は沖縄では問題になっていない。ただし、尖閣問題などで強硬な中国を警戒する県民は多く、中国人による企業や不動産の買収、観光客のマナーの悪さへの反感はある。「中国人」がいつの間にか「外国人一般」と混同され、「外国人受け入れ規制」を叫ぶ参政党に惹きつけられたようだ。
他方で、日本人が外国人を痛めつけるケースについては、この党は一切触れない。
たとえば、1993年に始まった、「外国人技能実習制度」のもとで訪日した外国人労働者を、奴隷のように扱う企業などがあったが、政府は放置した。「非人道的」との批判が抑えられなくなり、新しい制度に転換したのは2024年である。だが、参政党はそのような経緯を指摘しない。
参政党躍進をもたらした要因の一つは、神谷宗幣代表や党がSNSなどで発信する激しい内容だ。しかし、中には、誤りが数多く含まれる。その上、同党シンパによると見られる根拠のない「断定調」の見解もネット上に溢れる。
「海外へのバラマキが多い」「外国人が国民健康保険を悪用し、高額医療を無料で受けている」「外国人は優先的に生活保護を受けている」などというものだ。誤情報だが、同調する人は多い。
感情にアピールするメッセージは「心に刺さり」、拡散される。今やSNSはフェイクニュースで溢れている。
<自民党と参政党の関係はどうなるか>
参政党は、一時的に注目を集めただけの「ポピュリズム政党」なのか、それとも危険な「極右政党」なのか。既存政治に不満を抱える民衆をバックに、強引な手法を連発するトランプ大統領から、神谷代表は多くのヒントを得たという。その神谷氏を、ドイツの「極右政党」AfDの共同代表が訪れ、意気投合した。
自民党や保守系の右派と参政党との間の親和性も指摘されている。8月17日に行われた石垣市長選で、保守系右派の中山義隆氏が5回目の当選を果たしたが、選挙の告示直前に、同氏は神谷代表とユーチューブで対談し、支援を要請している。
中山市長は、公文書偽造問題で市議会の不信任決議を受け、失職した。その後の市長選に再出馬したが、当選危うしと見られた同氏は参政党を頼ったのだ。
石垣市で3,000~4,000とされる参政党票の、かなりの部分が中山候補に流れたという。対抗馬の砥板芳行候補との差は約1,800票。参政党の支援があったからこそ、中山氏は当選できたと見る人が多い。
参院選比例の沖縄での政党別得票数は、自民約17%、参政約13%、その他、公明、れいわ、立民、国民民主が10%前後で、多党化が顕著だった。
流動化する沖縄政治の中で、参政党はどのような位置を占めるのか。来年1月の名護市長選で、自公陣営に参政党が参加して保守系現職を当選させ、「石垣モデル」を 再現させるのかどうか。政界関係者は注目する。
トップ写真)日本の国会議事堂の建築家日本東京の写真素材
出典)CHUNYIP WONG by getty images































