Japan In-depth編集部 髙橋十詠
【まとめ】
・ネパールのデモは、政府がZ世代の抗議を真剣に受け止めなかった結果。
・この動きは民意の覚醒と変革への希望の兆しである。
・これからは十分な教育を受けた人物こそが国を担うべき。
ネパールでは政府のSNS規制に対し激しい抗議デモが巻き起こり、国内は混乱に包まれている。現地にいるNATHM(Nepal Academy of Tourism and Hotel Management)の学生、ヤダブ・ガイレ氏(28歳)へのインタビューを交え、現状をまとめた。
■背景と経緯
そもそもこのデモの原因はSNS規制に対する怒りだけなのだろうか。
ガイレ氏の話から、国民、特にZ世代を中心とした若者が長年蓄積してきた政府への不満が見えてきた。
ネパールでは、政治家の汚職と進行する貧困が依然として深刻な問題である。
「国民の生活が困窮していく中、多額の国際的借金が積み上がったにもかかわらず、何も成果はありませんでした。人々の声は抑え込まれ、不正資金は政治家の家族や子どもたちに使われていました。国民は貧困と数々の問題に苦しむ一方で、政治家とその家族は贅沢な暮らしを送っていたのです。」
とガイレ氏は説明した。
次第に、Z世代の若者たち(Gen-Z)がこうした政治家の不正を告発するようになった。具体的には、政治家等の富裕層と国民の暮らしの差の比較動画をSNSに投稿するという動きだ。
これらは、一般的に親の七光りで活躍する子どもたちを表す「NEPO KIDS(Nepotism Kids)」をキーワードに、次々と拡散されていった。
政府はこのような若者の声を抑圧すべく、2025年9月8日、SNS禁止に踏み切った。同時に、今回のデモのきっかけをつくってしまったと言える。
平和的に行われる予定だったデモも、政府が防衛部隊を動員して弾圧を試みたことで、各地で拡大することとなった。
怒りを募らせた若者たちはカトマンズの国会議事堂に集まり、状況は緊迫へと一変した。政府側は発砲し、19人の若者が死亡、300人が負傷。2025年9月11日までには死亡者30人、負傷者は1033人に増加した。
動画:国会議事堂前の様子-カトマンズ、ネパール(ガイレ氏提供)

写真:使用されるはずだったと思われる期限切れの催涙弾
(ガイレ氏提供)
■最新の動きと暴動の激化
「この出来事はさらに強い怒りを呼び、翌日には親や子どもたちも一体となって抗議に立ち上がりました。群衆は石を投げ、政治家の家に火を放った。最初に狙われたのはカトマンズにある大統領の旧邸宅で、その後ほかの政治家の家も取り囲まれ、破壊されました。状況は完全に制御不能となり、警察署が焼かれました。初日に発砲を許可したと言われる中央地区責任者(CDO)のチャビ・リジャル氏も若者たちに見つかり、殴打されました。多くの公共財産が破壊され、政治家たちも襲撃を受けました。」
と、ガイレ氏はカトマンズの大統領旧邸や政治家の邸宅、公共財産の破壊・焼き討ちが相次いだ様子を説明した。
動画:政府中枢機関が置かれている宮殿シンハ・ダルバールが燃えている様子-カトマンズ、ネパール(ガイレ氏提供)
そして、2025年9月9日ネパール時間14時05分、首相のK・P・シャルマ・オリ氏が辞任を表明。その後も混乱は収まらず、最高裁や政府本庁舎、議会、さらに多くの政治家への邸宅襲撃・焼き討ちが続いた。
動画:政府職員が道端に引き摺り出され、車が焼かれた-バナスタリ、カトマンズ
(ガイレ氏提供)
同日のネパール時間22時には軍が国の統制を引き継ぎ、事態は徐々に収束し始めたが、一部の地域では緊張状態が続いた。
続けてガイレ氏は、
「この結果は、政府がZ世代の抗議を真剣に受け止めず、適切に対応せず、むしろ市民に発砲したことが引き起こしたものです。最も悲しいことは、警察署が焼かれた際に多くの犯罪者が刑務所から逃走してしまったことです。また、正体不明の人々が様々な財産や国有財産を略奪しました。現在、囚人たちは逃亡を試みています。」
と、この事態の原因と連鎖する不安を伝えた。
■若者の声
この混乱に乗じた首相の辞任について、ガイレ氏の個人的意見を聞いてみた。
「私たちが腐敗や不正に対する彼らの強固な意識を打ち破ることに成功したことを嬉しく思う。」
と述べ、以下のように続けた。
「K・P・オリは国で最も腐敗した指導者の一人でした。彼は非常に悪質な人物で、医療や司法、教育など国のあらゆる分野に政治を持ち込みました。縁故主義と不正支援により、資格も能力もない者が地位を得て、多くの犯罪者がのさばり市民を抑え込もうとしました。
彼は自分を強大で『手出しできない特別な存在』にしようと考えていましたが、それは全くの誤算でした。若者を甘く見たことが今回の大規模な破壊や政治家への脅威につながったのです。
K・P・オリは事態を制御できず、自らを守るために辞任しました。彼はいまだに国民の前に出て何かを語ることができず、今やネパール軍の監視下で「生贄」にされています。オリの辞任は若者に新たな希望をもたらしています。」
と、長年にわたったオリ政権を厳しく批判したと同時に、この動きは民意の覚醒と変革への希望の兆しであることを語った。
動画:シンハ・ダルバール前 車が炎上する様子-カトマンズ、ネパール
(ガイレ氏提供)
■今後の展望
先行きが全く不透明な事態に思えたが、ガイレ氏はすでに未来を見据えているようだ。
「これからは、きちんと教育を受けた人物こそが国を担うべきです。私たちはすでに人生やアイデンティティ、生活の多くを失ってきました。それらを取り戻し、発展に向けて前進しなければなりません。」
とガイレ氏は訴え、以下のように続けた。
「国にとって最大の失敗のひとつは、腐敗した指導者を持つことです。これは現在ネパールが直面している大きな問題の一つです。私はネパールが再び自信を持ち、より強く、より良い未来に向かって立ち上がることを願っています。」
ネパールの若者たちの闘いは決して一時的な騒乱ではなく、腐敗撲滅と国家の再生を目指す歴史的な一歩といえるかもしれない。
一方、政府機能が失われる中、暫定政権の発足に向けた議論が始まっている。9月9日から軍幹部と若者の代表が暫定政権のリーダーを誰にするか議論を進めているとされ、一部報道によると、元最高裁判所長官スシラ・カルキ氏の名前が浮上している。
こうしたなか、ポーデル大統領は公の場に姿を現しておらず、新体制の議論を軍が主導していることへの懸念の声も上がっている。暫定政権樹立に向け、民主的なプロセスがないがしろにされるようなことがあると、若者たちと軍との軋轢が生じる可能性は否定できず、事態はいまだ流動的だと言わざるを得ない。
動画:若者が国会議事堂敷地内に乗り込み興奮する人々-カトマンズ、ネパール
(ガイレ氏提供)
最後に、ガイレ氏自らが2025年9月9日に行った街頭スピーチの日本語訳を以下に綴る。
「気を散らされたり、仲間から離れたりしないでください。今、ひとつになり、この場所から共に声をあげましょう。
人々は若者の運動を妨害し注意をそらそうとします。しかし、惑わされず、この場の枠を越えないでください。それは更に良くない事態を招いてしまいます。
あなたも、私も、私たちみんながこの国には必要です。だからどうか、冷静に、そして自分を犠牲にするようなことはしないでください……。私は警察が若者に発砲するのをこの目で見ました。倒れた若者を救い、救急車に運び込んだのもこの手です。彼らは私たちを抑え込もうとしていますが、私たちは抑えつけられず、士気を失わず、今日よりも明日、もっと強く在り続けましょう。
今日はここから声を上げ、政府に警告を発する日です。政府は私たちの声や権利を抑え込もうとしています。しかし私たちは、同じ心を持ち、同じ考えと志を共有して、この国を腐敗から解き放ちましょう。
祖国万歳 ― ネパール万歳。」
動画:ガイレ氏スピーチ(ガイレ氏提供)
トップ写真:ヤダブ・ガイレ氏 –シンハ・ダルバール前、カトマンズ、ネパール(ガイレ氏提供)





























