「多数なき議会」の時代:フランス政治から日本が学ぶべき合意形成の重要性

Ulala(著述家)
【まとめ】
・フランス政治の混乱は、「決められない政治」の危険性を示している。
・政治的麻痺や国際的信認の低下、統治能力の喪失は、分断型連立、街頭の力、善悪二分論が招くものだ。
・日本は、このフランスの状況から合意形成の重要性を学ぶべきだ。
フランスは現在、予算案を通すことができずに「国家機能の麻痺」と「国際信認の低下」が同時に進行している。
というのも、予算が通らなければ、政府は法的に新たな支出ができず、公務員給与や社会保障、地方交付金などの支払いが停止する可能性がある。また、現在のように何度も国民議会の解散が続き、議会が機能不全に陥れば、格付け機関や投資家は「統治不能国家」と判断し、国債金利が上昇し、(利払い費などの)財政コストが膨張するだろう。さらに膨れ上がった財政赤字は、ユーロ圏ではEUの財政規律に違反することになり、制裁や補助金削減の対象にもなりかねない。
この混乱の背景には、2024年以降、マクロン陣営が国民議会で過半数を失ったことがある。現時点での首相のセバスチャン・ルコルニュ氏は、予算案の行き詰まりを受けていったん辞任したものの、後任となる適任者が見つからず、最終的にマクロン大統領によって再び指名された。しかし、与党は依然として絶対多数を持たない少数政権のままで、法案を通すたびに野党の一部と取引を重ねなければならない。このため政治は常に不安定で、いわば「案件ごとの連立」が続いている状態だ。
そんな中、左派連合(社会党や急進左派が結集したNUPES)や、極右政党・国民連合(RN、ルペン氏率いる反移民・保守勢力)は、それぞれ政府への不信任案を繰り返し提出しまくっている。議会は賛否が拮抗し、法案の採決すら進まない「採決不能」の状態が続いており、フランスは現在「首相がいても統治できない連立の罠」に陥り、政府が国を正常に動かす力を失っている状況なのだ。
日本も、もし政党の分裂や「その場しのぎの連立」が進めば、同じように政治が動かなくなり、国全体が迷走するおそれがある。だからこそ、現在のフランスのような「決められない政治」にならないようにしていかなければいけない。
そのために、今、フランスから日本が学ぶべき教訓をまとめてみた。
1.国家の意思決定を麻痺させた「分断型連立」
2022年の議会選挙以降、フランスの国会は「左派連合(NUPES)」・「中道勢力(マクロン支持勢力)」・「極右(国民連合=RN)」という三つのブロックに分かれ、いずれも単独で過半数を取れない構図が定着した。Le Monde紙はこの状況を「フランスは“多数なき議会”の時代に入った」と表現したが、以前はフィクションと思われていたことが現実に起きたのだ。
この結果、政府側は議会承認を得る安定多数を確保できず、重要法案では憲法49.3条 (採決を省略して法案を成立させる権限) を多用するしかなくなった。年金改革や予算案も 憲法49.3条 で通す傾向が強まり、制度としての民主主義の信頼を揺るがせている。その混乱は、投資家や格付け機関に不安を抱かせ国債格下げが続き、国家の分断がそのまま財政リスクに直結しているのだ。
日本も現在政党分裂が進んでないだろうか?その結果、もし、日本も、フランスのように分断が進み「案件ごとの連立」をうまく形成できない問題が常態化すれば、意思決定の停止と国際的信頼の低下という同じ罠に陥る可能性がある。だからこそ、日本が目指すべきことは「安定した責任政党制」の維持であることを心にとめておきたいところだ。
2.熟議を壊す危険がある「街頭の力」
フランスでは、議会や政党のあいだで合意がまとまらなくなると、政治的な不満がすぐに街頭デモやストライキとして現れる。
2023年の年金改革の際には、政府が議会採決を省略できる憲法49.3条を発動した直後、全国で108万人(労働組合の発表では350万人)が抗議行動に参加し、パリでは車両火災や警察との衝突も発生した。こうした動きは一見「市民の声の表れ」のように見えるが、長期的に見れば、理性的に考えての判断を通すことができず、そのかわり多数で反対したもの勝ちの原理に陥る危険性がある。
こうした状況は「議会の権威」と 「民衆の声」 、どちらに正統性があるのかという根本的な問いを突きつけている。政府は「選挙で選ばれた政権の正統性」を強調する一方で、抗議する市民や労組側は「民意を無視する政治に抵抗するのは当然だ」と主張する。この「制度の正当性」と 「街頭の正当性」 の衝突こそが、いまのフランス政治の混迷の象徴であり、感情の動員が理性的な熟議を覆い隠してしまう危うさを浮き彫りにしている。
ここから日本が学ぶべきなのは、抗議そのものではなく熟議を制度として、その対話に重みを持たせる仕組みだ。公聴会や市民討論会、パブリックコメントなどを政策形成の一部として機能させ、対立を「街頭」ではなく「対話の場」で解決する政治文化を育てることが重要である。
3.現実調整力を失う政治スタイル「善悪二分」
フランスの政治では、議論がすぐに「善か悪か」「正義か不正か」という二分法の構図に陥りやすい。理念を明確にすることは立場をはっきりさせる利点もあるが、その一方で、妥協や調整を“正義を裏切る行為”とみなす風潮を生みやすい。これが、政治の柔軟性を失わせている。
その典型が2023年の年金改革だった。マクロン政権は「財政の持続可能性」を、左派は「社会的公正」を訴え、どちらも“自分たちこそ正義”と主張している。そして議論は現実的な制度設計から離れ、理念の対立にすり替わっていった。議会で合意が得られず、政府は最終的に憲法49.3条を使って採決を省略して法案を通したが、これに反発して、全国で100万人以上が抗議デモに参加し、政治の主戦場が議会から街頭へと移った。このような 理念のぶつかり合いは、やがて統治の力そのものを弱めていくことになる。
フランス議会の分断が続いた結果、現在では予算審議も滞り、2025年には格付け機関フィッチがフランス国債を引き下げた。理由として挙げられたのは、「政治的分裂と財政運営への不安」だった。つまり、理想を掲げる純粋さが、国の信頼を損ねる逆説が現実化したのである。
このことからの日本への教訓は明確だ。もしフランスのように「善か悪か」という構図で政治を進めれば、議会・地方・産業界の間で築かれた制度的合意の網が壊れ、社会が対立で引き裂かれる危険がある。理想を掲げることは大切だが、同時にそれを現実に橋渡しする妥協と調整の技術を忘れてはならない。フランスが示しているのは、理念が国家を動かし、同時に止めてしまう危うさである。日本が学ぶべきは、理想を失わずに現実を動かすような、日本の成熟した合意形成の政治文化を守ることだろう。フランスのように常に二分法の構図で対立する文化ベースではないことは、日本の強みでもある。
理想を失わずに現実を動かす力を
フランスはいま、「決められない政治」の象徴的局面を迎えている。ルコルニュ首相は最終的に、マクロン政権の柱だった年金制度改革を2027年の大統領選後まで停止すると発表した。左派の圧力に屈した形で政権維持を優先した妥協だ。それでもなお不信任決議に脅されている。
改革の停止についてフランス人の67%は賛成しているものの、財政赤字は2027年までに約20億ユーロ拡大する見通しで、政治的譲歩が経済不安を広げつつあるが、現時点ではそれ以外の解決策はなさそうだ。こういった理念対立が妥協を阻み、国家運営を麻痺させている。これが今のフランスの現在の姿と言えるだろう。
日本もまた、政党の分裂や短期的な取引型連立が進めば同じ危機に陥りかねない。しかし、そうなってはならない。議論を進めて理想の内容が違っても、相手は排除すべき敵ではない。 現実を動かすための調整と合意の文化を守ること。これこそが、フランスの政治危機から日本が学ぶべき最も重要な教訓である。
参考資料
2022年議会選挙:「過半数のない議会は、有権者により近く、その行動により責任を負う」|LeMonde
「街頭、議会、政府の正当性:だが、誰が決定するのか?」|Regards.fr
フィッチ、政治危機の中、フランスの信用格付けを史上最低水準に引き下げ|FRANCE24
仏首相、年金改革を27年まで停止 不信任案回避へ左派に譲歩 | ロイター
10月15日に発表された「L’Opinion en direct」調査
BFMTV世論調査 – セバスチャン・ルコルニュ新政権について:大多数のフランス国民は不信任決議が可決されることを望んでいない|BFMTV
トップ写真)NATO国防相がブリュッセルに集結
中央の人物がセバスチャン・ルコルニュ首相(当時は国防相)
ブリュッセル-ベルギー 2025年6月5日
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この記事を書いた人
Ulalaライター・ブロガー
日本では大手メーカーでエンジニアとして勤務後、フランスに渡り、パリでWEB関係でプログラマー、システム管理者として勤務。現在は二人の子育ての傍ら、ブログの運営、著述家として活動中。ほとんど日本人がいない町で、フランス人社会にどっぷり入って生活している体験をふまえたフランスの生活、子育て、教育に関することを中心に書いてます。












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