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スポーツ  投稿日:2025/11/14

クラブワールドカップに見た“黒船”DAZNの変革、CTOが語ったXR、AIによる未来のスポーツ視聴体験


松永裕司(Forbes Official Columnist)

 

【まとめ】

・DAZNはサブスクサービスから「デジタルスポーツプラットフォーム」へと進化。

・受動的消費者から能動的消費者への促進を実現。

・次のステップはXRとAIの活用でエンドユーザー体験をパーソナライズしていくこと。

 

スポーツ専用OTTチャンネルとしてDAZNが2016年8月、日本上陸を果たした際、日本のスポーツ関係者から“黒船”と揶揄されたのは記憶に新しい。DAZNは17年からJリーグと10年間総額約2100億円という巨額の放映権契約を締結。プロ野球でさえ放映権料が地盤沈下を起こしていた日本市場に殴り込みをかけたかのように取り沙汰されたからだ。

 

その後、新型コロナウイルス感染症拡大の余波により17年から28年までの12年間で約2239億円と見直しがなされたが、23年から33年までの11年間で約2395億円というさらに大型の契約更新がなされた。プロ野球は相も変わらず旧態依然とした体制に革新は見られず、Jリーグにもメジャーリーグベースボール(MLB)にも習わず巨人が年間約20億円で放映権契約を締結するなど、自球団さえ潤えばよしとばかりに、ばら売りで結束もない。このばら売りが日本スポーツ界における放映権料低迷を招き、放映権料で莫大な収益を産んでいる世界の潮流から水を開けられているという点は、また別の機会に譲ろう。

 

グローバルにおいては16年1月にNetflixが先んじてサービスを開始したため、一部のメディアでは「スポーツ界のNetflix」として描写されたのも頷ける。Netflixがエンターテインメント界で実行したように、DAZNは手頃で柔軟なサブスクリプション・モデルを、視聴者が選んだデバイス上においてグローバル規模で提供、スポーツの有料テレビ放送世界に破壊的変革をもたらした。

 

しかしDAZNは実際のところ10年前とは異なる企業として良い。当初のビジョンと価格設定は、商業的な現実と、権利に対する数十億ドル規模の支出を回収する必要性を反映し、大きく進化。現在のDAZNは、もはや自らを単なるサブスクリプションサービスとは見なさず、むしろライブ映像を提供する、複数のサービスから構成される「デジタルスポーツプラットフォーム」と位置づけられよう。

 

DAZNの国際的なサービスは、格闘技、モータースポーツ、女子サッカーといった様々なコンテンツに加え、広告付き無料配信チャンネルやサードパーティのプラットフォームで構成されている。ドイツ、イタリア、スペインにおけるDAZNのローカライズされたプレミアムサービスは、依然として主にサブスクリプション主導だが、現在ではプラットフォーム上で幅広い無料コンテンツを提供し、ユーザーを収益化、将来的には有料会員に転換させるモデルを敷いている。これは日本も例外ではない。

 

■FI FAクラブワールドカップ配信という挑戦

 

今日に至るまで、DAZNの国際的なポートフォリオの大半は、地域的またはニッチな魅力を持つものであった。だからこそ、2025年FIFAクラブワールドカップ(CWC)の全世界放映権を獲得するために、10億ドル(約1548億円)を費やし、それを世界中で無料配信すると発表した。この支出が、その直後に2034年FIFAワールドカップ開催国であるサウジアラビアの政府系ファンド(PIF)の子会社「SURJ Sports Investment」からの同等額の投資によって相殺された点も指摘されている。しかし、同社は明らかに、世界中のほぼすべての市場にアピールする、主要サッカー大会の全世界放映権を獲得するという、またとない機会を見出したのも事実だ。

 

拡大された本大会は、FIFAの公式視聴者数発表によると全世界で27億人の視聴者を集めたとされている。詳細なデータは公表されておらず、多くの視聴者が地上波テレビで大会を観戦したとも囁かれるが、CWCはDAZNにとって成功であり、そのインフラにとっての大きな試金石となった。

 

DAZNの最高技術責任者(CTO)サンディープ・ティクも24年12月の契約締結から25年6月の開会式までわずか7カ月であったことを省みると、もっと準備期間が欲しかっただろう。しかしティクは22年の入社以来、自身が構築を支援してきた、高性能でグローバルに拡張可能な放送・配信プラットフォームにより「この任務を遂行できると確信していた」と、ロンドンに拠点を置くグローバルスポーツ・メディア『SportsPro』に語っている。

 

「過去3年間で、我々は大規模な変革を遂げました。(中略)我々は意図的に、グローバルなプラットフォームを構築。毎週ウィークデイ、ウィークエンドを通じ何百ものライブイベントがありながら、世界中で需要のピークに対応できるプラットフォームを構築、管理し、維持できた点、我々が乗り越えてきた挑戦です」と語った。

 

1981年からスタートしたトヨタカップ(CWCの前身)を産み落とした日本市場と異なり、英国を含む多くの市場において、CWCはニッチなサービスの一部に過ぎなかった。だが、大会はバスの側面広告やデジタルマーケティングキャンペーン、そしてサブライセンス契約を通じて宣伝され、DAZNにとって本大会が本格的なお披露目の場、メインストリームへと躍り出た。

 

大会までの準備期間は、DAZNのプラットフォームが、複数のデバイスや接続タイプに対応できるだけの強靭性と信頼性を持ち、需要の急増にも対処できることを確実にするために費やされた。同CTOは「クラブワールドカップはこれまでとまったく異なる挑戦でした。我々は有料放送であったがゆえ、毎月一定額を支払う加入者のためだけに、インターネット接続と高性能なバックエンドを持っていました。しかし、クラブワールドカップは無料配信、突如として世界200カ国から、ドイツや日本(DAZNが本格的なローカルサービスを展開している市場)と同レベルの膨大なトラフィックが押し寄せる状況になりました。ほとんどのユーザーは観たい試合が始まる直前に登録。何百万人ものユーザーを数時間、あるいは数分で獲得、登録させなければなりません。この新規ユーザーにとって、初めてDAZNを利用する機会であるとわかっていたので、失敗は許されませんでした」と振り返った。

 

DAZNはCWCを収益創出のツールとして利用したいと考えていたが、第一印象における信頼性を認識しており、そのため派手な機能よりも、高品質で信頼度の高いストリーミングを優先した。同社は大会の全63試合を、アラビア語、中国語、オランダ語、英語、フランス語、ドイツ語、ヘブライ語、イタリア語、日本語、韓国語、ポルトガル語、スペイン語を含む多言語で配信、各試合には20以上の地域別バージョンを用意。映像はスタジアムからニューヨークの国際放送センターに送られ、テキサス州ダラスのDAZNマッチセンターを経由、DAZNの各地域の制作施設を通じて世界中に配信された。

 

大会前にAmazon Web Services(AWS)と実施したテストでは、DAZNのインフラが3億人の同時接続ユーザーをサポートできることが確認され、同社はさらに複数のコンテンツ配信ネットワーク(CDN)を追加し強靭性を高め、既存のCDNの能力が不十分な場所では、独自のCDNを立ち上げた。アルゴリズムが、視聴者を自動的に最適なCDNに移動させ、帯域幅を過剰に消費する可能性のあるアプリ機能さえも無効にした。

 

「過去にこれほどのことを成し遂げた放送局は他にないでしょう」とティク。「驚くべき規模です。試合前には何百万人が登録し、そして何百万人がストリーミングを視聴した。サポートを要請する人はほんの一握りだったので、我々のカスタマーサービスチームは、ほとんど手持ち無沙汰な状態でした」と勝ち誇った。

 

サブスクリプション・モデルからの転換と拡張

 

ベッティング企業「Entain」からティクが移籍してきた事実もまた、過去数年間でDAZNに起きた文化的な変化の表れである。インプレーベッティングの開始に加え、同社はeコマースで「Fanatics」と提携し、アプリ内スポーツチケットマーケットプレイス「Daimani」を買収し、ゲーミフィケーションやコミュニティ機能を導入し、ファンがエコシステム内でより多くの時間とお金を費やし、スポーツコンテンツの受動的な消費者から能動的な消費者になることを促した。その一例が、ボクシングファンが審判の判定が発表される前に試合を採点する機能である。

 

「DAZNは伝統的な放送プラットフォームから、インタラクティブなスポーツプラットフォームへと進化しました」とティクは説明。「我々のファンは参加し、放送と対話し、その一部となっています。我々のデータからは、視聴者のかなりの割合が、大画面でストリーミングを観ながら、同時にアプリをFanzoneのチャットやクイズのために使っていることがわかります。我々はユーザーをアクションの中心に置いているのです」。

 

だからといって、DAZNがそのコアであるストリーミング能力に投資してこなかったわけではない。DAZNの有料会員は、CWC中に、HDR(ハイダイナミックレンジ)画質やDolby 5.1サラウンドサウンドなど、強化されたストリーミング体験を享受できたはずだ。

 

しかし、これらの技術力と収益源の多様性は、同社がサブスクリプションへの依存度を低下させ、放映権市場の変動性に左右されにくくなっていることを意味する。同社は依然として、主要なローカル市場での事業を支えるために、プレミアムな権利の大きなポートフォリオを維持しているが、その新たな理念は、サブスクリプションを必要とするか、そうでないか関わらず、自社のプラットフォーム上にコンテンツが存在していることに重きをおいている。目標は、ユーザーベースを可能な限り拡大することであり、幅広いアクセシビリティと共にプレミアムなサービスを提供することで、DAZNは複数の層の顧客に対応している。

 

同社は新たな権利契約で無料領域を強化、米国のナショナル・フットボール・リーグ(NFL)のGame Pass Internationalやナショナル・ホッケー・リーグ(NHL)のNHL.TVなど、いくつかのサードパーティDTCサービスを自社プラットフォームに統合した。これらのサービスは、CWCが示してきた多くの利点、つまりDAZNのグローバルなリーチ、技術投資、そして既存の課金関係の恩恵を受ける。本質的に、DAZNはDTCプラットフォームを管理する負担とリスクを取り除き、既存のユーザーベースと課金関係を最大化することで、視聴者を拡大する方針だ。その見返りとして、DAZNは自社のエコシステムにより多くのユーザーを獲得し、双方がインタラクティブな機能と収益創出機会というサービスレイヤーから利益を得る。NFLはこの種の提携の象徴的な事例であり、2023年の提携開始以来、Game Passは30%成長し、その後、他のパートナーシップでもこのモデルが再現されている。

 

「我々は非常に拡張性の高いグローバルプラットフォームを構築しました。つまり、それを使えば使うほど、コストは下がり続けるのです」とティクは説明する。

 

■エクステンデッド・リアリティ(XR)への挑戦とAIによる未来

 

没入型体験は、DAZNが価値を見出しているもう一つの分野である。CWCでは、米国市場向けにXR(エクステンデッド・リアリティ)アプリケーションを制作し、ファンが全63試合を3Dのテーブルトップ形式で視聴できるようにした。大会の終盤ステージでは、180度の視野角を提供し、ファンがサイドラインからの視点を得ることで、アクションに完全に没頭できるという。

 

XRは自社のプラットフォームがまったく新しいスポーツ観戦の方法を提供し、ファンと権利保有者の双方に付加価値をもたらす。また、これにより放送権を取得せずとも新しい形のコンテンツを創造する可能性も生まれる。例えば、ゴールライン・テクノロジー(GLT)や半自動オフサイドテクノロジー(SAOT)システムによって広く取得されている光学トラッキングデータは、試合の重要な瞬間をデジタルで再現し、数多のデータリッチな没入型体験を動かすために使用可能だ。

 

「我々は多くのコンテンツを取得しますが、あまりにも高額なために取得しない選択肢もあります」とティクは言う。「(その代わりに)データ権を取得、パートナーからデータを得て、没入型体験として可視化することも可能です。すると莫大なコストを必要としない新しい製品が生まれます。デバイスの観点からは業界の進化を待つ必要がありますが、我々の準備はできています」。

 

今となっては何ら驚くことではないが、同CTOがもっとも可能性を見出しているのがAIだ。AIモデルはすでにストリーミング配信の最適化やカスタマーサービスに利用されており、次のステップとして、DAZNはインテリジェントなアルゴリズムを導入し、エンドユーザー体験をパーソナライズしていく。

 

「我々は、顧客獲得、維持、エンゲージメントのためのパーソナライゼーションに取り組んでいます。これは非常に大きなインパクトとなるでしょう。我々のAI対応製品は非常にパーソナライズされ、消費者はこの製品が自分だけのものだと感じるようになるはずです」。

 

その一例がコンテンツである。例えばユーザーが「井上尚弥のノックアウトシーン」といったプロンプトをDAZNに与えると、アプリがそれに応じたビデオを作成する未来さえ構想している。これにより、DAZNは変化するファンの期待に応えられるだけでなく、コンテンツの寿命そのものをライブ放送だけに留めず、より長くすることができると彼は言う。

 

「10年後、あるいは5年後でさえ、ファンは今日の人々と同じ方法でスポーツを消費しないでしょう。ショートフォーマットやTikTokスタイルのビデオを好む人もおり、そのようなフォーマットを作るのは簡単ですが、一気見したくなるようにコンテンツを適切な順序で取りそろえる手法ももっとも重要です。AIはそれをシンプルにし、実現可能にします。だからこそ、我々は多額の投資を行っているのです」と結んだ。

 

 DAZNがグローバルで展開する戦略のどこまでが国内で具現化されるかは、まだ未知数だ。一般的に日本市場においてコンテンツの視聴スタイルの変化は、グローバルと比較し、遅々として進まないとされる。そんな日本でも、40代以下の世代ではすでにテレビを所有しない時代。全米バスケットボール協会(NBA)の試合中継はNTTドコモが提供する「Lemino」で、26年開催のワールドベースボールクラシックは(WBC9はNetflixで……テレビではスポーツの視聴ができない時代がすぐそこにやって来ている。ティクが示唆するように、10年後のスポーツ視聴スタイルは、どのように変革を遂げているだろうか。我々は、そんなコンテンツ消費における産業革命を目撃する時代に生きている。

 

参考:https://www.sportspro.com/insights/features/dazn-cto-sandeep-tiku-interview-club-world-cup/

 

トップ写真:DAZN解説者ガレス・ベイルとサミ・ケディラパリ・サンジェルマン-対レアル・マドリードCF:準決勝 – FIFAクラブワールドカップ20252025年7月9日、ニュージャージー州イーストラザフォード

出典:Jean Catuffe/Getty Images




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