「パートナー」か「ライバル」か?マクロン大統領が試される対中「バランス外交」

Ulala(著述家)
【まとめ】
・仏エマニュエル・マクロン大統領は12月3日から5日にかけて中国を訪問予定。
・仏の対中政策はEUの三つの評価軸に基づき、分野ごとに協力と警戒を切り分けている。
・中国との対話チャンネルを維持しつつ、EU域内産業と自国の価値・利益をどう守るのか、バランス感覚が試される。
フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、12月3日から5日にかけて中国を訪問し、北京と成都で習近平国家主席らと会談する予定となっている。フランス大統領府(エリゼ宮)は、この訪問を「仏中戦略的パートナーシップにおける主要な課題」と「現代の世界的課題に対応するための国際的な案件や協力分野」を協議する機会と位置づけており、今回の訪問は、2023年4月の訪中、2024年5月の習主席のフランス訪問に続き、ハイレベルな往来を継続するものだ。フランステレビ局TF1は、 フランス大統領府が「仏中関係の発展を引き続き進める」場だと伝えている。
■中国訪問の目的
フランス大統領府の声明によれば、マクロン大統領は中国側と「絶えず、かつ要求水準の高い対話」を維持する意向を強調し、経済・通商面では「協力とバランス」を優先的に取り組む方針としている。 フランス大統領府の公式の発表には、現在はまだ詳細については述べられていないものの、TF1は、ロシアによるウクライナ侵攻をめぐる情勢や、中国がロシアと緊密な関係を維持していることから、この戦争が主要な議題の一つになると報じている。前回の訪中時と同様、戦争の長期化を抑えたいフランス側と、「ロシア支援にどこまで歯止めをかけるのか」が問われている中国側との間で、立場のすり合わせが図られると見られているのだ。
また、フランスメディアは経済面にも焦点を当てており、ここ数年の仏中間の通商摩擦、特にフランス産コニャックやアルマニャックに対する中国の追加関税など、経済面の緊張について話し合いがあるかもしれないと報じている。その背景には、EUが中国製電気自動車(EV)に対して反補助金調査に基づく追加関税を導入したことで、中国側はその対抗措置としてフランスを代表する高級ブランデーに高関税を課しているからだ。そのため、TF1や地方紙(ル・ドーフィネなど)は、「 フランス大統領府が経済・通商の『協力とバランス』という言葉を強調しているのは、こうした報復の応酬を抑え、一定の妥協点を探る狙いがある」と解説している。今回の訪問では、エネルギー移行、航空宇宙、農業・ラグジュアリー分野などにおける協力を確認しつつ、EVとアルコール飲料をめぐる対立をいかに管理するかが焦点となる可能性がある。
■仏中関係とEUの「三つの評価軸」
フランスと中国の関係を理解するうえで重要なのが、EUが採用してきた中国に対する「三つの評価軸」である。欧州委員会とEU理事会は公式文書の中で、中国を「協力のパートナー」「経済的な競争相手」「価値や体制の面での体制的ライバル」という三つの軸で位置づけており、フランス外務省も、フランスの対中政策はこのEUの枠組みに沿う形で行動している。
「協力のパートナー」という軸では、気候変動、生物多様性、地球規模の保健危機、途上国の債務問題など、単独の国では対応できない課題で中国の役割が不可欠になっている。2024年の習主席の訪仏時には、生物多様性や海洋保全、人工知能(AI)の国際ルールづくりなどについて、仏中共同声明が出されている。パリ協定や生物多様性枠組みを機能させるには、中国を排除するのではなく、一定の形で巻き込む必要があるという認識がフランス側にはあるのだ。
「経済的な競争相手」という軸では、EV、太陽光パネル、バッテリー、通信機器など、戦略的産業での競争が激しい。中国企業は国内補助金と規模の優位を背景に低価格攻勢をかけており、EU側は「不公正な競争条件」と見なして調査や追加関税に踏み切っている。フランス政府は自動車産業やワイン・ブランデー産業を守る立場から、EUの対中是正措置を強く支持している。一方で、中国市場を失えばフランス企業の打撃も大きいため、対立と依存が同時に存在する状態が続いている。
「体制的ライバル」という軸では、人権、法の支配、民主主義といった価値・制度のレベルで、欧州と中国の方向性が根本的に異なる点が意識されている。フランス外務省は、新疆ウイグル自治区やチベット、香港の自由の問題に関して懸念を公式に表明しており、EUが採択した対中人権制裁にも参加している。サイバースパイ活動や情報操作の疑い、海洋進出をめぐる国際法上の問題なども含め、「国際秩序のあり方をめぐる根本的な違い」があるというのが、EUとフランスの公式な認識である。
このように、フランスは中国を一つのラベルで「味方」か「敵」かに分類しているわけではない。分野ごとに、協力すべき相手なのか、競争相手なのか、あるいは価値観の面で対立するライバルなのかを切り分け、その時々の案件に応じて政策を組み立てている。今回のマクロン訪中は、この三つの軸すべてが絡み合う象徴的な場となるのだ。
■フランス人の対中感情
フランス国民の対中感情はどうだろうか。最近では、中国系ファストファッション大手SHEINが、パリ中心部の老舗百貨店ル・BHV・マレに世界初の常設店舗を開いたことが、大きな論争を呼んでいる。2025年10月にBHVを所有する不動産グループSGMがSHEINとの提携を発表すると、環境・労働条件への懸念などを理由に複数のフランスブランドが出店取りやめや契約終了を表明し、11月5日の開店当日には店舗前で抗議集会が行われた。さらに、SHEINのオンラインサイトで違法武器や子どもの姿を模した性人形などが販売されていた問題を受けてフランス政府がマーケットプレイスの一時停止手続きに踏み切り、パリ市もBHV前での恒例クリスマスイベントを中止させるなど、この提携は対中ビジネスをめぐる象徴的な摩擦になっている。
こうした動きについて、「国民のあいだで中国への印象が良くないため、SHEINに対する批判も厳しくなっている」と見る向きもある。しかし、実際のところ一般的な国民感情はどうなのだろうか。
2025年春に Pew Research Center が実施した「Spring 2025 Global Attitudes Survey」の24カ国調査のトップラインを見ると、フランスの中国に対する好意的な見方は、2024年から2025年にかけて13ポイント増加しており、2025年時点で「好意的」が36%、「非好意的」が58%となっている。非好意的な見方も、2024年の70%からは一定程度低下しており、依然として多数派ではあるものの、ピーク時よりはやや和らいだと言える。
ちなみに、同じ調査における日本では、中国に対して「非好意的」と答えた人が2025年で86%に上り、2024年の87%からほぼ横ばいで推移している。この数字と比較すると、Pew の調査結果が示すかぎりでは、フランスの方が中国に対して好意的な印象を持つ人の割合が相対的に多く、日本の方が中国に対する警戒感・否定的感情がはるかに強いことがうかがえる。
■多層的な対中戦略を行うフランス
こうした国民感情とEUの三つの評価軸を背景に、フランスは多層的な対中戦略を構築している。一方では、日本を含む価値観を共有する国々と「例外的パートナー」として連携し、「インド太平洋と欧州・大西洋は安全保障上連続した空間である」という認識のもと、海洋安全保障や経済安全保障の協力を進めている。他方では、中国との関係も「包括的戦略的パートナーシップ」という枠組みを維持し、気候変動や生物多様性などの地球規模課題での協力は続ける姿勢を崩していない。
フランスの対中政策は、EUの三つの評価軸(パートナー・競争相手・体制的ライバル)に基づき、分野ごとに協力と警戒を切り分ける構造に沿っている。12月のマクロン大統領の中国訪問は、EVやコニャックをめぐる通商摩擦、ウクライナ戦争、気候変動といった複数の争点が交錯する中で、この多層的な対中戦略を具体的な外交成果としてどこまで可視化できるのかが問われる場になる。フランスにとっては、中国との対話チャンネルを維持しつつ、EU域内産業と自国の価値・利益をどのように守るのか、そのバランス感覚が改めて試されることになる。
■関連リンク
・「絶え間なく、そして厳格な対話を」――エマニュエル・マクロン大統領、12月3日から5日にかけて中国を国賓訪問
・エリゼ宮によると、マクロン大統領は12月初旬に国賓として中国を訪問する — 2025年11月26日17時31分(Boursorama)
・アルマニャックとコニャックが、中国とEUの貿易戦争の最前線に立つ
・外交:エマニュエル・マクロン大統領は、12月3日から5日にかけて中国を国賓訪問する
トップ写真:「欧州デジタル主権サミット」で演説するマクロン大統領:ドイツ・ベルリン — 2025年11月18日




























