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.国際  投稿日:2025/1/3

石破茂氏は有事の宰相たり得るか(上)アメリカとの折衝の失敗


内外透視925回  古森義久

 

【まとめ】

・石破首相は米の信頼を得ることに失敗、日米関係に暗い影を投げかけた。

・石破氏のアジア版NATO構想、米側で冷笑され、非現実的と評価。

・日本は自国が攻撃されないのに他国を助ける戦闘行動はできない。

 

  石破茂氏が首相となった日本国は新しい年を迎えた。国際激動が危機をも招く現在の世界で石破氏はそうした危機や有事に対処できる日本の宰相となれるのか。

 この課題を私が報道の拠点とするアメリカの首都ワシントンの反応を踏まえて報告したい。

  まず結論を冒頭で述べるならば、石破氏は新首相として残念ながら出発点でアメリカ側の信頼を得ることに失敗した。

  現在の日本の国家安全保障の状況下では、たとえどんな首相が出ても、その首相がどんな安保観、アメリカ観を抱いていても、まずアメリカとの同盟関係の堅持を確認せねならない。中国の大軍拡、尖閣諸島への侵犯、北朝鮮のミサイル発射、核兵器の開発、そして好戦傾向をみせる北朝鮮がウクライナに侵略したロシアと手を結ぶ。

日本を囲むこんな状況は戦後の日本の「平和外交」ではなんの対処もできない。対話もむなしい。なにしろ日本に危機をもたらす勢力は軍事力を信奉し、機をみればその軍事力をためらわずに使う。日本は独自ではその軍事力の威嚇や行使を抑える能力を持っていない。敵性国家に対しては独自では屈服してしまう以外には対処の手段がないのだ。だから巨大な軍事力をなお保持するアメリカに頼ることとなる。日米同盟の効用である。

  石破首相がこのアメリカとの信頼の絆を確認することに失敗した。この事態はこんごの日米関係、さらには日本の安全保障に暗い影を投げることとなった。

  石破首相が就任後、最初にアメリカ側に向けて発したメッセージはアジア版NATO(北大西洋条約機構)構想だった。

  石破氏のこの構想は当初は日本でよりもアメリカ側で明確かつ具体的に広まった。石破氏自身が自民党総裁に選ばれるとほぼ同時にワシントンの大手研究機関のハドソン研究所にその構想を送ったのだ。実際の送付の作業は政策面での側近の内閣官房参与とされる川上高司氏という学者があたったという。

  その構想は「石破茂の日本の新安全保障時代・日本の外交政策の将来」と題され、ハドソン研究所から9月28日に公開された。明らかに新首相として政策発表だった。その骨子は以下だった。

 ▽ウクライナがロシアに侵略されたのはウクライナがNATOに加盟していなかったからだ。今日のウクライナは明日のアジアだ。ロシアを中国に置き換え、ウクライナを台湾に置き換えるべきだ。

 ▽アジアではNATOのような集団防衛システムの不在が戦争の危険を生む。中国を抑止するには米欧側の諸国によるアジア版のNATOの創設が不可欠だ。

 ▽アジア版NATOは中国、ロシア、北朝鮮の核戦力への抑止を確実にすべきだ。そのためにはアメリカの核のシェア(共同使用)、アメリカの核兵器のアジア地域への持ち込みを考慮すべきだ。

 ▽日本の自衛隊は従来、日本本土への攻撃のみへの対処の軍事行動を認められてきたが、アジア版NATOでは国内法を変え、他の同盟諸国の防衛にも出動して戦うようにする。

 以上のように石破氏は新首相として日本国内では明確には述べてこなかった重大方針をアメリカ側に向けて発信したのだ。 

  アメリカ側はどう反応したか。総括すれば、一笑にふす、という感じだった。私自身が接触した数人の専門家たちはみな「非現実的」とか「無知」という言葉を使った。冷笑とか嘲笑とさえいえる反応だった。

  そのなかで最も丁重にみえたハドソン研究所日本研究部の上級研究員ジェームズ・プリシュタップ氏の見解を紹介しておこう。同氏は国務省や国防総省で40年ほども日米安保関係分野を担当してきた超ベテランである。当然ながら日本の安保政策や東アジアの安保情勢に精通している。

 「アジア版NATOとは巨大な発想だが、その時期はきていない。いや実現することは決してない。インド太平洋地域の戦略環境は多数の国家間の安保上の国益の相違を明示し、NATO的な概念の実現を困難にしている」

 石破新首相を酷評はしたくないという配慮をにじませた丁寧な言葉だった、だが「実現することは決してない」という部分に本音が出ていた。

  アメリカ側の他の専門家たちの反応はもっと直截で厳しかった。ランド研究所のジェフリー・ホーナン日本部長も「非現実的だ」と一蹴した。外交関係評議会のシーラ・スミス研究員も同様に「実現できない発想」と述べた。リベラル派のジョセフ・ナイ氏までが実現できるはずがないと評していた。

  この種の否定は実はアメリカの専門家たちの言を借りなくても明白だといえる。実際のNATOとは欧州と北米の計32ヵ国が一体となった集団防衛組織である。加盟国の一国に外部からの武力攻撃があれば、全加盟国が自国への攻撃とみなし、一体となって集団で反撃する。その抑止力はアメリカの強大な核戦力も柱とする。最大の脅威としての対象はいまはロシア、かつての東西冷戦時代はソ連だった。

  こんな集団防衛がアジアでできるはずがない。そもそも発案当事国の日本が自国が攻撃されないのに他国を助ける戦闘行動はできない。集団的自衛権の行使はなお憲法で禁じられているからだ。その変更は困難をきわめる。北朝鮮軍に攻撃された韓国に日本の自衛隊が出動して戦うのか。

(下につづく)

#この記事は日本戦略研究フォーラム(JFSS)季報2025年1月号に載った古森義久氏の寄稿論文の転載です。

 

冒頭写真)G20サミット2024に出席する石破茂首相  2024年11月18日 ブラジル・リオデジャネイロ

出典) Buda Mendes/Getty Images




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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