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.社会  投稿日:2026/9/23

街の中心で溺死する 線状降水帯が突きつけた新たな防災課題


執筆:上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)

■本稿のポイント

・9月7日、福島県いわき市鹿島町のアンダーパスが冠水し60代女性が死亡した事故は、線状降水帯による短時間豪雨が従来の台風対策とは異なる発想を必要とすることを示している。

・日本は伊勢湾台風(1959年、死者・行方不明者5098人)を契機に治水・避難体制を整備してきたが、2026年8月の千葉豪雨(1時間115ミリ、24時間367ミリ)でも気象庁は線状降水帯を事前に予測できなかった。

・米国の竜巻対策を参考にしつつ、線状降水帯についてはアンダーパスごとの排水能力調査や自動遮断など、地域ごとの対策を積み上げる必要がある。 

9月7日、福島県いわき市の市街地にあるアンダーパスが線状降水帯による豪雨で冠水し、60代女性が死亡した。台風であれば数日前からの予報や「垂直避難」が有効だが、局地的かつ急激に降水量が増す線状降水帯には、それが通用しない。医療ガバナンス研究所理事長の上昌広氏が、台風対策の歴史と米国の竜巻対策を手がかりに、新たな災害像の必要性を論じる。(Japan In-depth編集部)

◆街の中心で起きた溺死事故

「驚きました。まさか、街の中心で溺死する人が出るなんて」

福島県いわき市で研修する金田侑大医師(写真)はそう振り返る。

写真:福島県いわき市で研修する金田侑大医師

提供:筆者

9月7日午前、いわき市鹿島町の商業施設近くにあるアンダーパスが冠水し、車に乗っていた60代女性が死亡した。金田医師が研修中の病院にも同様の被災者が運ばれてきた。幸い一命は取り留めたが、普段から市民が行き交う街中で人が水難者、さらに溺死者がでたことに衝撃を受けた。

この事故は、線状降水帯に代表される短時間豪雨への対策が、従来の台風対策とは異なる発想を必要としていることを示している。

◆伊勢湾台風から積み上げてきた台風対策

日本は台風による犠牲を重ねながら対策を進歩させてきた。大きな転換点は1959年の伊勢湾台風だ。死者・行方不明者は5098人に達し、政府は「今日の我が国の防災対策の原点」と位置づけている。その後、1961年には災害対策基本法が制定され、堤防などの治水施設、気象観測、警報、避難体制が整備されていった。

重要なのは、行政制度だけではない。台風災害のイメージそのものが、日本社会で広く共有されてきた。

1959年の被害を描いたアニメ映画『伊勢湾台風物語』は、高潮によって街が水没する恐怖を子どもにも伝えた。1977年の山田太一脚本のテレビドラマ『岸辺のアルバム』では、1974年の台風16号による多摩川水害が重要なモチーフとなった。最終回で家が濁流にのみ込まれる場面は広く知られ、水害の恐ろしさを社会の記憶に残した。

映画やドラマも防災を支える。一度も大災害を経験していない人でも、何が起こるのかを具体的に想像できるからだ。

台風には、さらに時間という大きな利点がある。現在では数日前から進路予報が繰り返し報道される。前日になれば雨風も強まり、住民は「台風が来る」と認識する。河川氾濫の危険地域もハザードマップである程度正確に予測できる。

金田医師が働く浜通りでは、医師や研究者が災害による死亡を医学的にも検証してきた。常磐病院の尾崎章彦医師を中心とした研究チームは、2019年の台風19号による99人の死亡例を分析した。研究は災害医学誌『Disaster Medicine and Public Health Preparedness』に掲載された。

この研究では、99人の被害者のうち65人が65歳以上だった。屋内で溺死した20人のうち18人は洪水リスクの高い地域の1階で発見され、その18人中10人の住宅には2階以上があった。一方、6人には上階への移動を妨げる健康上の問題があった。高齢者に被害が集中すると同時に、状況によっては自宅の2階などへ移動する「垂直避難」が命を救いうることを示した研究である。

◆予測できなかった線状降水帯――千葉豪雨といわきの事故

ところが、線状降水帯は勝手が違う。積乱雲が同じ地域で次々と発生・通過し、数時間のうちに雨量が急増する。2026年8月13~14日の千葉豪雨では、千葉市で1時間115ミリ、24時間367ミリを観測した。それでも気象庁は、千葉県で発生した線状降水帯を事前に予測できなかった。局地的な冷気域や風の収束を数値予報モデルが十分に再現できなかったためだ。

台風のように巨大な低気圧が数日前から近づいてくるわけではない。強風が「異常事態」を知らせるとも限らない。

いわきの事故は、それをよく示している。前日の降水量はわずか4.5ミリだった。午後10時から雨が再び降り始め、午前5時には時間雨量10ミリを超え、午前7時までの1時間には32.0ミリに達した。一方、午前7時の平均風速はわずか4.0メートル毎秒だった。市民が普段通りの朝を迎えている時間帯に災害が進行した。

問題のアンダーパスは冠水する可能性が把握され、排水ポンプも動いていた。それでも雨量が排水能力を超えた。河川が堤防を越える前に、市街地の排水が追いつかなくなる「内水氾濫」である。

ここでは垂直避難という台風水害で有効な対策も使えない。車でアンダーパスに入ってしまえば、水位は急速に上昇する。水が見えてから通行止めにしたのでは間に合わない可能性がある。

◆米国の竜巻対策に学ぶ、地域ごとの備え

米国中西部の竜巻対策は参考になる。竜巻は台風以上に突発的だ。多数の犠牲者を出しながら、ドップラーレーダー、携帯電話への警報、学校での避難訓練、地下シェルターなどを発達させてきた。1996年公開の映画『ツイスター』も社会的認知を高めた。米海洋大気庁は、同作品が若者の気象学への関心を高めたことを紹介しており、2024年には『ツイスターズ』も公開された。

これと比べれば、線状降水帯について日本社会が共有している「災害像」は、まだ不十分だ。「線状降水帯」という言葉を知っていても、自宅近くのどの道路が危険になり、何分程度で車が水没し、いつ通行をやめるべきなのかまで理解している人は多くない。いわきのケースでは、排水ポンプが十分に機能しなかった。体制整備も不十分だ。

対策は地域ごとに積み上げるしかない。アンダーパスごとに、どの程度の雨で排水能力を超えるのかを調べる。一定の雨量や水位に達したら、人の判断を待たず遮断機を下ろす。病院への救急搬送路も冠水危険箇所を避けて設定する。そして事故が起きれば、雨量、水位、交通規制、被災者の行動を詳細に検証し、次の対策に反映する。

「街の中心で人が溺死するとは思わなかった」という経験を出発点に、どうすれば次の犠牲を防げるのか。東日本大震災、原発事故、そして度重なる地震や水害を経験してきたいわきから、こうした議論が始まっていること自体が、災害対策とは経験を社会の知恵に変えていく営みであることを象徴している。福島からの発信に期待したい。

【よくある質問(FAQ)】

Q1:「線状降水帯」とはどのような現象ですか?
A:積乱雲が同じ地域で次々と発生・通過することで、数時間のうちに雨量が急増する現象です。台風のように数日前から進路を予測することが難しく、記事では2026年8月の千葉豪雨(1時間115ミリ、24時間367ミリ)でも気象庁が事前予測できなかったことが紹介されています。

Q2:「垂直避難」とはどのような避難方法ですか?
A:自宅の2階など上の階へ移動することで水害から身を守る避難方法です。記事では、2019年の台風19号による死亡例を分析した研究をもとに、状況によっては垂直避難が命を救いうることが紹介されている一方、線状降水帯によるアンダーパスの冠水事故ではこの対策が使えないことも指摘されています。

Q3:「内水氾濫」とはどのような現象ですか?
A:河川が堤防を越える前に、市街地の排水が雨量に追いつかなくなることで発生する浸水のことです。記事で紹介されているいわき市のアンダーパス冠水事故は、この内水氾濫によるものとされています。

Q4:伊勢湾台風とはどのような災害でしたか?
A:1959年に発生した台風で、死者・行方不明者が5098人に達し、政府から「今日の我が国の防災対策の原点」と位置づけられています。この災害を契機に、1961年の災害対策基本法制定など、日本の治水・避難体制の整備が進みました。

Q5:ドップラーレーダーとはどのような装置ですか?
A:雨や雲の動きだけでなく、風の速度や向きも観測できる気象レーダーです。竜巻や積乱雲の急激な発達を早期に捉えるのに用いられます。

(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)

トップ写真:横浜の台風により公園やスポーツ施設が浸水したの写真素材
出典:Yoshiharu Takei / GettyImages




この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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