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.社会  投稿日:2025/8/26

いわき市長選の争点「医療の充実」:データで見る医師不足の実態


上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)

 

【まとめ】

・いわき市は極度な医師不足に直面し、人口10万人あたりの医師数は中核市で下から4番目。

・いわき市長選では、現職の内田広之氏が医師の招へい100人計画など医療政策を主要な争点として掲げている。

・若手医師の育成と地域定着が鍵であり、医療現場・市民・行政の連携により、医師不足対策が成果を上げ始めている。



いわき市長選が迫っている。8月31日告示、9月7日投開票の予定だ。現職の内田広之氏(53歳、1期)、2期8年市長を務めた前職・清水敏男氏(61歳)、元衆議院議員で4度目の出馬となる宇佐美登氏(58歳)の三人の争いになる。

 

主要な争点は、人口減少対策、観光・企業誘致、防災、農漁業振興、さらに医療の充実だ。現職の内田氏は、医師の招へい100人計画など医療政策を前面に掲げている。本稿では、いわき市の医療問題、特に医師不足の現況について解説したい。

 

いわき市の医師は極度に不足している。その人口34万人で、人口10万人あたりの医師数は189.6人だ。全国の中核市62市中、下から4番目(59位)だ。最も多い久留米市(543.9人)の35%に過ぎない。いわき市より少ないのは、川口市(154.0人)、船橋市(166.4人)、寝屋川市(175.9人)だが、いずれも東京や大阪の衛星都市であり、医療提供体制は東京や大阪に依存している。浜通りの中核都市であるいわき市とは状況が異なる。

 

医師配置で中心的な役割を担うのは大学だ。医学部の多くは県庁所在地にあり、医師は県庁所在地に集中しやすい。いわき市同様、医学部が設置されている県庁所在地から離れた中核市としては、函館市(336.7人)、八戸市(261.6人)、姫路市(268.4人)、下関市(287.5人)などが挙げられるが、その医師数はいわき市とは比べものにならない。

 

いわき市の医師不足は、かくの如く深刻だ。「医師100人招へい計画」は、全国的にも突出して医師不足が深刻ないわき市の医療体制を立て直すための柱だが、もし、100人招聘できたとしても、人口10万人あたりの医師数は220人程度で、中核市62都市で下から11位になるだけだ。

 

では、どうすればいいのか。まず、何をすべきか。私は、若い医師を呼び込み、育てるしかないと考えている。大学病院を持たない地方都市の中にも、医師数が多く、地域医療の質を高めている地域がある。その代表例が千葉県鴨川市だ。人口約3万人の小都市ながら、医師数は2020年末で約440人と多い。その背景には地域の基幹病院である亀田総合病院の存在がある。

 

同院は917の病床を有し、全国有数の民間総合病院として臨床研修指定病院の役割を担ってきた。早期から研修医教育に注力し、診療科の多様性と国際的な医療水準を背景に全国から若手医師を集め、地域への定着にも結びつけた。

 

本稿では詳述しないが、淡路島も同様の方法で医師を確保している。淡路島の人口10万人あたりの医師数は約250人で、兵庫県の平均(277人)は下回るものの、明石市や加古川市から構成される東播磨地域(約220人)を上回る。

 

これは、兵庫県立淡路医療センター(441床)を中核に、若手医師教育に力をいれているからだ。現在、医療ガバナンス研究所の関係者でも遠藤通意君が研修している。遠藤君は茨城県出身の外科医だ。医療ガバナンス研究所で知りあった、当時、兵庫県立淡路医療センターに勤務していた坂平英樹医師に誘われて淡路島に渡った。症例数および教育体制に惹かれたのだ。

 

いわき市で注目すべきは、近年、若手医師の受け入れ数が増えていることだ。図1は、いわき市の初期研修におけるマッチング状況を示している。2010年を除き、震災前から2018年まで、2〜7人程度で推移していたマッチング数が、近年急増し、2021年以降は15人を維持している。

図1

 

これは、いわき市医療センターが初期研修制度を充実させ、多くの医学生が勤務を希望するようになったことが多い。2024年度は12人の初期研修医を受け入れている。

もう一つの要因は、2021年にときわ会常磐病院が初期研修病院に認定され、翌22年から研修医の受け入れを開始したことが挙げられる。2024年度には3名の初期研修医を受け入れている。

この二つの病院以外に、福島労災病院が初期研修の研修指定病院に認定されているが、あまり振るわない(表1)。奮起を期待したい。

表1

表2は、福島県内の二次医療圏の医師数の実数の推移を示す。注目すべきは、いわき医療圏の医師数が2020年から2年間で21人増えていることだ。これは県内の6つの二次医療圏の中で最も多い。

表2

 

なぜ、急増したのか。それは、若手医師の育成の努力が実り始めたからだろう。21人の増加のうち、6人は初期研修医の増加で説明がつくし、福島県内の他の地域で初期研修を終えた医師で、後期研修の場所として、いわき市を選択した者もいる。2014年から2020年まで、横ばいであったが、いわき医療圏の医師数が、近年、急増しているのは、このような背景がある。

 

これはいわき市医療センターや常磐病院などの医療機関の尽力の賜だが、内田氏が市長として支援を続けてきたことも大きい。7月28日、いわき市医療センターは、フェイスブックに「初期臨床研修医を囲む会を開催しました!」という記事をアップしているが、その中で、「この会は、研修医が先輩医師や各部門の医療スタッフと親睦を深めるため毎年開催しています。当日は、内田市長もかけつけ、励ましのメッセージをいただきました。」と記している。

 

また、4月24日には、常磐病院の初期研修医5人が、いわき市役所に内田市長を訪問し、情報交換したことが、常磐病院のフェイスブックで報告されている。

 

いわき市には、「いわきの医師を応援するお姉さんの会」という組織が存在する。「20 × 20いわきの医療を支える医師たちに感謝し、少しでも応援したい!」と考える宮野由美子氏(常磐実業社長)が立ち上げたものだ。

 

2023年5月には、彼女たちが若手医師を招き、手料理でもてなした会合に、内田市長が参加した様子がネット上に公開されている。

内田氏は、このような活動を通じ、若手医師の声を集めているのだろう。このような活動を継続するのは、なかなかできることではない。私は、東日本大震災以降、浜通りの医療支援を続けている。地に足がついた市長がでてきたと注目している。

 

これがいわき市の医師不足対策の現状だ。いわき市の医師不足対策に特効薬はない。医療現場・市民・行政が連携した努力が、少しずつではあるが効果を発揮しつつある。微力ながら、私も出来るだけのサポートをしたいと考えている。

 

トップ写真)いわき市医療センター

出典)いわき市医療センター




この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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