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.社会  投稿日:2022/6/1

福島県の医師不足は改善されたのか その2


上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)

「上昌広と福島県浜通り便り」

【まとめ】

・最優先でやるべきなのは、医学部地域枠制度の運用の改善である。

・医学部地域枠制度の問題の一つが、若手医師の派遣先が国公立病院や公的組織に偏っていることである。

・派遣先を公立病院だけでなく民間病院にも拡充し、いわき市で働きたい若手医師が、希望する病院で働けるような制度設計にするべきである。

 

前回、福島県いわき市が医療崩壊の瀬戸際にあることをご紹介した。厚生労働省の「医師・歯科医師・薬剤師統計」によれば、2018年から20年の間に、人口10万人当たりの医師数が173.5人から142.1人に18.1%も減っているのだ。この間、日本全体の医師数は、人口10万人換算では269.2人で、2018年の258.8人から10.4人(4.0%)増えている。

なぜ、こんなに減ったのか。多くの医師が勤務する大病院が別の場所に移動した訳ではない。福島第一原発事故をはじめ、様々な要因が複合的に絡み合った結果だ。いわき市の人口は約33万人。東北地方では、仙台市に次いで多い。このままでは、多くの市民が被害を蒙る。本稿では、対応策について議論したい。

私が、最優先でやるべきと考えているのは、医学部地域枠制度(以下、地域枠)の運用の改善だ。地域枠とは、卒業後一定期間(通常9年間)を、医師不足が深刻な特定の地域で働くことを条件に、通常の医学部入試とは別枠で、入学を許可する仕組みだ。多くの場合、都道府県が奨学金を貸与し、通常、9年間、都道府県が指定する病院で勤務すれば、返済が免除される。

地域枠は2008年の導入以降、急速にその定員を拡大している。2020年度入試では、医学部定員9207人のうち、1879人(20.4%)が地域枠だ。地域枠の定員は大学により大きな差がある。東京大学や京都大学などの都市部に位置する一流大学は地域枠定員がない一方、北海道や東北地方の大学には多い。定員が多い順に札幌医科大学90人(定員の81.8%)、弘前大学82人(62.1%)、福島県立医科大学80人(61.5%)、東北医科薬科大学55人(55.0%)、旭川医科大学47人(44.8%)という具合だ。東北大学ですら、地域枠として42人(36.2%)の学生を採用している。

繰り返すが、地域枠で入学した学生は、卒業後9年間の勤務地を都道府県と地元の大学によって管理される。この状態が続けば、福島県の場合、約700人の若手医師を福島県庁と福島県立医科大学が計画的に配置することになる。福島県の医師数は3958人(2020年12月末現在)だから、20-30代の若手医師の大半を彼らが管理することになる。

この制度は問題だらけだが、その一つが、若手医師の派遣先が国公立病院や公的組織に偏ることだ。「福島県地域枠医師等キャリア形成プログラム」によると、2020年3月現在、82の医療機関に医師を派遣しているが、このうち民間医療機関は、大原記念財団大原綜合病院、同太田西ノ内病院、星綜合病院など、わずかに5つだ。

いわき市については、5つの医療機関に医師が派遣されているが、いずれも公立病院だ。さらに、市内で最大のいわき市医療センター(700床)は、東北大学の関連病院で、東北地方全域をカバーする同大学が、この病院に優先的に医師を派遣しているわけではない。この結果、いわき市に派遣される地域枠の医師は少なくなる。

従来、この地域の医療は民間病院が担ってきた。例えば、松村総合病院(206床)の歴史は、磐城平藩の藩医松村有輔が戊辰戦争で没した後、その子松村高知が1883年に設立した長春館病院に遡る。食品ラップフィルム「クレラップ」や抗がん剤「クレスチン」の開発で有名で、いわき市内に主力工場を有するクレハは呉羽総合病院(199床)を運営している。また、2010年にいわき市立常磐病院が委譲された財団法人ときわ会は、いわき市内に常磐病院(240床)と磐城中央病院(60床)を運営している。ところが、このような病院の名前は、「福島県地域枠医師等キャリア形成プログラム」の派遣先のリストにない。

このような医療機関に、地域枠の医師を派遣すれば、この地域の医師不足は大幅に緩和されるし、地域枠の主旨から考えても、そうすべきだ。いわき市の人口は、福島県(約180万人)の18%にあたるのだから、地域枠80人の18%にあたる14人を、この地域に派遣すればいい。9年経てば、120人以上の若手医師が、この地域で働いているようになる。いわき市の医師数は473人(2020年末現在)だから、状況は大幅に改善するはずだ。これは、運用の問題で、福島県がその気になれば、すぐにでも対応可能だ。

その際のポイントは、派遣先を公立病院だけでなく、民間病院にも拡充することだ。地域枠制度は、運用次第で、若手医師を公立病院に縛り付ける利権となる。医師が集まらない公的病院には、それなりの理由がある。そのような病院に半ば強制的に若手医師を派遣するのは、派遣される若手医師だけでなく、納税者にとっても不幸だ。

幸い、いわき市内には勢いのある民間病院がある。5月26日、松村総合病院はJRいわき駅北口に6階建ての病院を設立することを明かした。JR東管内で初の駅直結型の総合病院だ。利便性がよく、これまで多忙を理由に病院を受診できなかった現役世代も利用できる。新たな医療サービスが産み出されるだろう。

東日本大震災でお付き合いが始まり、顧問を務めているときわ会常磐病院も興味深い存在だ。この病院は泌尿器科が売りだが、2020年度の泌尿器科患者数は福島県内1位、全国で13位だ。最近は泌尿器科以外の診療にも手を拡げている。例えば、2018年、尾﨑章彦医師が南相馬市から異動して以降、乳腺治療の規模を拡張している。2020年に治療したのべ患者数は5,052人で、2018年の1,642人から急増した。いわき市内ではトップ、福島県内でも4位だ。尾﨑医師は37才。東京大学医学部を卒業後、福島県に飛び込んだ。これから成長が期待できる世代だ。現在、常磐病院には、尾﨑医師以外にも、外科の澤野豊明医師や血液内科の森甚一医師など、実力ある若手医師が集まり、診療実績を伸ばしている。

彼らが常磐病院での勤務を希望するのは、医師不足の地域なので、やる気さえあれば、多くの症例を経験出来ることに加え、常磐病院の支援により、臨床研究を行い、英文論文もかけるからだ。常磐病院が発表した英文論文数は、2013年の1報から21年には69報に増加した(図1)。加藤茂明・元東京大学分子生物学研究所教授を招聘し、「先端医学研究センターRIIM」を開設したことや、積極的に医学生を受け入れ、彼らに診療見学や臨床研究の機会を与えたことが大きい。その中の一人である東北大学医学部の村山安寿君は、尾﨑医師の指導の下、6報の英文論文を発表した。その中には『キャンサー・セル』や『ヘパトロジー』などの超一流誌での発表もある(写真)。尾﨑医師は、このような実績が評価され、福島県立医科大学の特任教授にも就任した。いわきで働きながら、福島県立医大の学生を指導している。

▲【表1】常磐病院が発表した英文論文数 出典:筆者作成

常磐病院には厚労省も注目しており、今春、同省は、常磐病院を基幹型臨床研修病院に認定した。日本で最も規模が小さい基幹型臨床研修病院の一つだ。ただ、医学生からは大きな注目を集めている。二名の定員に多数の医学生が応募し、福島県立医科大学と杏林大学卒業の医学生が採用され、研修を始めている。

常磐病院のあり方は、地域医療を考える上で一つのモデルとなる。いわき市のような医師不足の大都市は、若手医師にとってはチャンスだ。官民を問わず、志ある病院経営者がいれば、飛躍のきっかけとなる舞台を提供してくれる。尾﨑医師のような成功例が出れば、彼を慕い、若い学生や医師が集まってくる。これぞ良循環だ。そのために、すぐにやるべきは、地域枠制度の運用の見直しだいわきで働きたいと考える若い医師に、希望する病院で働けるような制度設計にすべきである

トップ写真:左から東北大学医学部の村山安寿君、そして常磐病院乳腺外科医の尾﨑章彦医師 出典:筆者提供




この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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