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.社会,未分類  投稿日:2025/2/21

震災復興と医療供給体制:神戸と福島の課題と教訓


上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)
「上昌広と福島県浜通り便り」

【まとめ】
・神戸市は、高齢化対策に税金を活用すべきで、医師不足が深刻な地域でのプライマリケアの充実が求められる。
・福島の復興策として研究開発に巨額の税金が投入されているが、小児科医不足が深刻で、持続可能な医療体制の整備を優先すべきである。
・少子化対策を本気で進めるなら、小児科医療への積極的な投資が不可欠。

 来年3月末をもって、世界保健機関(WHO)の研究機関「WHO神戸センター」が閉鎖される。兵庫県、神戸市、神戸商工会議所、神戸製鋼所などで構成される「神戸グループ」とWHOは10年毎に契約を更新してきたが、震災から30年を目途に、契約を終了することを決めた。
この組織は、阪神淡路大震災の復興目的として、神戸市と兵庫県が誘致したものだ。
兵庫県が年間200万ドル、神戸市が年間100万ドルを負担し、さらに「WHO神戸センター」が入居するビルのフロアを無償提供してきた。納税者の視点から考えて、妥当な判断だと思う。


 神戸市は「WHO神戸センター」に税金を使うなら、もっとやるべきことがある。それは高齢化対策だ。神戸市の高齢化率は28.7%(2024年)で、全国平均(29.3%)と同レベルだ。深刻なのは地域格差だ。中央区は23.5%と若いが、北須磨地区(36.1%)、長田区(32.8%)、北区(31.8%)、垂水区(30.5%、いずれも2023年)などの高齢化は深刻だ。

 ところが、このような地域に医師が不足している。神戸市の人口10万人あたりの医師数は321.9人だが、中央区など中心部に偏在している。神戸市の医師数(5,451人、2020年)のうち、2,110人(39%)が中央区で働いている。これは中央区に神戸大学医学部附属病院や神戸市立医療センター中央市民病院などの大病院が存在するからだ。中央区の人口10万人あたりの医師数は1430人になる。

 この結果、中央区以外の人口10万人あたりの医師数(242人)は全国平均(275人)を下回る。神戸市垂水区に至っては157人だ。これは途上国レベルだ。重症患者は、約20キロの距離にある神戸市立医療センター中央市民病院などに搬送すればいいが、プライマリケアはそういう訳にはいかない。垂水区など高齢化が進む地域で大切なのは、プライマリケアの充実だ。これは、予想できたことだ。私は震災からの復興に公衆衛生の研究機関を誘致するよりも、医療提供体制を充実すべきだったと考えている。


 神戸市の経験は、福島にとって参考になる。現在、「福島イノベーション・コースト構想」など研究開発を通じた町興しに巨額の税金が投入されている。これをそのまま進めて良いのだろうか。

 もし、進めるとしても、本気で「福島イノベーション・コースト構想」による復興を目指すなら、もっと地に足がついた対応が必要だ。
私が注目するのは、被災地である浜通りの小児科不足だ。地域復興のためには、若年世代が安心してくらせる環境構築が欠かせない。その際、小児科医療の体制整備は重要だ。

 ところが、浜通りの小児科不足は深刻だ。この地域最大で人口32万人のいわき市の場合、人口10万人あたりの小児科医数は5.7人で、全国平均の11.4人の約半分だ。いわき市内に小児科の入院患者を受け入れることができるのは、いわき市医療センターだけだ。4人の常勤医が、3181人の入院患者を受け入れている。単純計算で、常勤医が毎日2人以上の
入院患者を受け入れていることになる。この体制は持続不可能だ。

 勿論、行政も無策ではない。いわき市医療センターでは、日本医療科学大学と協力し、「小児地域総合医療学(いわき市)」という寄附講座を設置した。この講座は、小児科医やコメディカルスタッフの不足や高齢化といった問題の実態を分析し、持続可能な小児医療環境の構築を目指している。ただ、これはあくまで研究だ。「WHO神戸センター」と立ち位置は変わらない。

 復興に必要なのは、実際に現地で働く人を増やすことだ。そのためには、働く人の待遇を改善しなければならない。WHOが神戸に研究所を設置したのは、兵庫県や神戸市が金を払ったからだ。浜通りの小児科医療体制を強化したければ、小児科医療に投資しなければならない。
 市場メカニズムが機能していれば、供給が少なければ価格が高騰し、新規参入者が増える。ところが医療は違う。医師数も診療報酬も政府が管理しており、このような自律的調整メカニズムは働かない。

 小児科医の不足が深刻なのに、小児科に逆インセンティブがついている。CLIUSの調査によれば、関東地方の2020年度の診療科別平均診療点数(1点10円)は、小児科は974点で、彼らが調べた12の診療科のなかで皮膚科、耳鼻咽喉科についで安い。内科1184点とは210点も違う。患者一人当たり、2100円も収入が違う。これは厚労省が、小児科医療を軽視してきたことを意味する。

 小児科診療は手間がかかる。患者が症状を自己申告できず、保護者への説明が必要だし、乳幼児は泣いて診察が難しく、体も小さいため診察に工夫が必要だ。予防接種や急な発熱対応が多く、内科より診療の流れが複雑になりがちだ。これは、成人が対象で、患者が自ら症状を説明できるため診療がスムーズな内科とは対照的だ。

 さらに、小児科クリニックは高コストだ。予防接種や感染症対策のためのワクチンや設備費がかかり、待合室を感染症患者と分ける必要があるため、内装や空間設計のコストも増える。また、小児向けの医療機器や粉薬・シロップなどの調剤対応も必要だ。一方、内科クリニックは慢性疾患の患者が多く、検査機器や処方の標準化が進んでおり、診療効率が高いためコスト負担が比較的少ない。

 この結果、多くの小児科が赤字経営となる。経営サポートセンターが2022年3月に発表した調査によると、小児科診療所の約45%が赤字経営だ。小児科の事業利益率は-1.6%と、皮膚科(4.3%)、整形外科(1.7%)、内科(0.0%)より低い。これでは、新たに小児科に参入する医師がいなくて当然だ。

 浜通りの場合、小児科入院診療では、すでに民間病院は撤退を完了し、いわき市医療センターなど公立病院が担っている。赤字を出しても、税金で穴埋めするだろう。医師不足は深刻だが、お金の面の問題はない。問題は、プライマリケアを担うクリニックだ。このままでは、現在の世代が引退すれば、後継者は出てこない。早晩、小児科クリニックの廃業が相次ぐだろう。果たして、これでいいのだろうか。この状況で、浜通りに転居したい子育て世代が、どれだけいるだろうか。

 我が国にとって少子化対策は最優先課題だ。ところが、現状はこの通りだ。本気で日本の将来を考えるなら、もっと小児医療に金を投じるべきである。

トップ写真)東日本大震災と津波の犠牲者のために祈る僧侶(2021年3月11日)

出典)Yuichi Yamazaki/Getty Images




この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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