[田村秀男]【狂った羅針盤「税収弾性値」を正す新浪剛史氏】~消費税10%への再引き上げは不要に!?~
田村秀男(産経新聞特別記者・編集委員)
「田村秀男の“経済が告げる”」
国家運営の柱は財政にある。財政は福祉、教育、外交、国防そして税など、国民全体の幸福や運命を直接左右するので、政治家が責任を持つ。その国家財政には羅針盤というものがあるのだが、恐るべきことに政治家は財務官僚にその設定と操作を丸投げしてきた。羅針盤とは、経済成長率「1」に対して、税収がどれだけの割合で増えるかという、税収の「弾性値」のことだ。財務省は根拠のない低い数値を勝手に当てはめ、経済成長しても税収は伸びない、つまり財政再建は不可能だとし、増税や歳出削減、すなわち緊縮財政を正当化する手段に使ってきた。その結果、日本経済という巨船はデフレの大海に入り込み、漂流する。そう見た筆者はかなり前から、「狂った国家の羅針盤」と呼んで是正を求めてきたが、歴代の政権は動こうとしなかった。きわめて地味、専門的で取っ付きにくいせいか、国会もメディアもほとんど気にとめないので、有権者は関心を示さない。エリートの財務官僚にまかせておけばよい、という安易さによるのだろう。
ところが、ここへきて、初めて財務省が設定した弾性値はおかしい、という正論が安倍晋三首相の諮問機関、経済財政諮問会議の中で飛び出した。
経済財政諮問会議メンバーであるサントリーホールディングスの新浪剛史社長が1日の会議で、「過去の税収弾性値をみても、経済安定成長期は少なくとも1.2から1.3程度を示している。今までの中長期見通しではこれを1.0と置いていた。これは保守的すぎるため、弾性値を1.2から1.3程度にすることが妥当である」(経済財政諮問会議議事要旨から)と、言い放ったのだ。
諮問会議事務局である内閣府を牛耳るのは財務省である。「1」というのは、名目成長分だけしか税収は伸びないというわけで、経済成長しても財政再建を果たすことは不可能という財政見通しの計算根拠である。歴代の政権はその数値をうのみにし、デフレ下の消費税増税など緊縮財政路線を踏襲してきた。
実際には、景気回復期には弾性値は3~4と大きく伸びるし、低成長時でも1どころではない。岩田一政日本経済研究センター理事長を座長とする内閣府の研究会は2011年に01~09年度の弾性値が平均で4を超えるという分析結果をまとめた。ところが、当時の民主党政権は財務官僚の言いなりのまま、研究報告をお蔵入りにしたばかりか、消費税増税へと突っ走った。
「1.2~1.3という新浪案も低すぎるじゃないか」との冷めた見方もあるだろうが、拙論は政治的インパクトの大きさに期待する。というのは、新浪氏は諮問会議の民間議員としておそらく初めて、デフレ主義の財務官僚の欺瞞(ぎまん)を見抜き、正論を唱えたからだ。本来なら、諮問会議の重鎮である東大某教授などが発言すべきなのだが、財務省の意に沿う発言を繰り返してきた。だから、今更、「弾性値1は間違っていました」と訂正するわけにはいかない。さりとて、1にこだわっていたら、新浪氏に軽く論破されて大恥をかく。
グラフは1999年度から2014年度までの一般会計税収の弾性値の推移である。デフレ期は経済の安定成長期に比べて税収が上下に大きく弾む傾向があるのだが、それにしても1や1.2~1.3というのは、きわめて低い。しかし、数字は微小でも政治的には大きな一歩である。
実際に試算してみると財務官僚にとっては衝撃的な結果が出る。
内閣府が2月に発表した「中長期の経済財政に関する試算」の成長率や税収の予測値に弾性値1.3を当てはめると、17年度に予定している消費税率10%に引き上げしなくても、23年度には一般会計税収が消費税増税したケースよりも多くなる。つまり、10%に再引き上げしなくても済むことになる。安倍首相は任期中に10%を超す増税はしないと早々と財務官僚に対して言い放ったが、その10%への引き上げにこだわらなくてもよくなる。
今後、安倍政権は財政面でもごくまっとうな成長政策をとりやすくなるだろう。官邸主導で財務官僚による呪縛から財政を解き放ち、航空宇宙、バイオ、新エネルギーなど今後の日本の産業の基軸となる分野や、中国に対応するアジアのインフラ整備などで、資金の裏付けのある成長戦略を打ち出せる。
安倍首相は新浪氏のような気鋭の実力派経営者を自陣に取り込めば、財務省御用メディアも翻意せざるをえなくなる。財務官僚の神通力もうせる。長期政権が確実となる中で、日本のデフレの元凶ともいうべき財務省主導型経済政策からの転換が進むと期待したい。