あなたの『×』が司法を変える:国民審査を知っていますか?
Japan In-depth編集部 小宮山 葵
【まとめ】
・今回の国民審査の期日前投票は、衆議院選挙の期日前投票とスタート日が異なる。
・1月中に期日前投票を済ませた人は、国民審査をするためには再度投票所へ足を運ぶ必要があることに注意が必要。
・国民の司法への関与の機会を活用し、有意義な投票を行なってほしい。
2月8日に投開票が迫る衆議院選挙、投票所では3枚の用紙が配布される。1枚目が小選挙区、2枚目は比例代表、そして3枚目が、最高裁判所裁判官の国民審査に関する投票用紙である。
ここで、1月中に投票を済ませた方は「受け取った投票用紙は2枚だけだった」と疑問に思うかもしれない。それもそのはず。通常、国民審査は衆院選と同時に始まるため、本来であれば28日から期日前投票が可能なはずである。しかし、国民審査法には、「告示が衆議院解散から4日以内の場合は、期日前投票は投票の7日前から行われる」という例外規定が置かれている。
この規定が設けられた理由は、投票用紙に意思表示のための「空欄」のほか、審査対象となる裁判官全員の名前の印字が必要となることと、準備に時間がかかることが挙げられている。また、審査される裁判官が2人以上の場合、解散後に「くじ引き」を行ない記載順を決定しなければならないことも理由とされている。
今回は1月23日に解散、27日告示で、「告示が衆議院解散から4日以内」という例外規定に当てはまっため、国民審査の期日前投票は2月1日から行われることになった。
そのため問題が起こった。1月中に期日前投票を済ませた有権者が国民審査に投票するためには、もう一度投票所に足を運ばねばならなくなったのだ。
懸念されるのは、有権者の意識が日々加熱する衆院選に向けられており、同時に行われている国民審査がすっぽり頭から抜け落ちているのではないか、ということだ。
有権者として、「司法への関与」について改めて考える貴重な機会でもある。国民審査が行われていることを思い出してもらいたい。
■ 国民審査の概要
ここで、国民審査とはなにか解説する。
国民審査とは、既に任命されている最高裁判所の裁判官が、その職責にふさわしい者かどうかを国民が審査する「解職の制度」だ。
最高裁判所の裁判官は任命された後に初めて行われる衆議院議員総選挙の投票日に国民審査を受け、その後は10年経過ごとにこれを受ける。投票用紙に「×」が記載された票(=不信任)が、無記載票(=信任)の票数を超えた場合、その裁判官は罷免されることになる。
このような制度が置かれる背景は、最高裁判所、ひいては最高裁判所裁判官が有する強大な権限にある。最高裁は、法律などが憲法に違反していないかを審査する「違憲立法審査権」をもち、「憲法の番人」とも称される。最高裁が出した判例は全国の裁判所の判断を事実上拘束し得るなど、絶大な影響力と強大な権限を併せ持つ機関であることがわかるだろう。
にもかかわらず、選任者は国民ではない。最高裁判所長官は、内閣の氏名に基づいて天皇により任命される(憲法6条)。また、14人の裁判官は、内閣によって任命され、天皇の承認を受ける形で任官される(憲法79条)。市民生活において紛争や摩擦は常日頃から生起しているのだから、それを裁定する最高機関としての最高裁裁判官を国民の全く関与しない存在とするのは、権限の濫用を生みかねない。だからこそ、国民からのチェックの機会として国民審査が必要なのである。
■ 今回の対象者の概要と顕著な判例の紹介
今回の国民審査の対象者は2名である。以下、対象者の概要と、顕著な判例を紹介する。投票の際の検討材料としてほしい。
- 法政大学法学部卒業・弁護士出身
- 裁判官としての心構え:「最高裁判所裁判官として謙虚にそして真摯に職務に取り組んでまいりたいと思っております。」
- 好きな言葉:「真偽は紙一重、嘘の皮を被りて真を貫く」
- 顕著な判例:選挙無効請求事件(最判令和7年9月26日)
・事案:令和6年10月27日に行われた衆議院議員総選挙当時において、選挙区割りが、憲法における投票価値の平等の要求に反するという請求(いわゆる『一票の格差訴訟』)
・結論:合憲+意見付加
・要旨:多数意見と異なり「違憲状態にあった」との意見を付加した。
しかし、本件選挙は令和4年改正により定められた新たな区割りの下での最初の衆議院議員選挙であり、選挙後に違憲状態の存在が明確になったこと、この時点までに国会が更なる区割り改定を行うことを期待するのは現実的ではなく、違憲状態の是正のために十分な期間が経過したということはできないので、憲法14条に違反するとまでは言えないため、結論は多数意見と相違ない(=合憲)とした。その上で、今後の改正にあたり、立法関係者は肝銘する必要があるとの示唆を残した。

出典:最高裁判所
- 東京大学法学部卒業・学者出身(民事法領域)
- 裁判官としての心構え「最高裁判所の役割を念頭に置いて、様々な考え方や主張に複眼的に向き合い、何が法であるのかをしっかりと見極め、そうして最高裁判所に対する信頼に応えていきたいと思います。」
- 好きな言葉「風も吹くなり 雲も光るなり」「されど空の蒼さを知る」
- 顕著な判例:残存費用等請求事件(令和7年12月23日)
・事案:戸建住宅購入者がLPガス供給契約を10年未満で解約したことに対し、LPガス事業者が、設備設置費用の未回収分として残存費用の支払を請求。
・結論:設備設置費用の残存額支払を定めた本件条項は、消費者契約法9条1号の違約金等条項に当たり、同種契約の解除に伴う平均的損害が認められないため、全体が無効とされた。
・要旨:消費者契約法9条1号の適用範囲を明確化した点に注目が集まった。昭和の時代から、長年、「泣き寝入りが多い」と指摘されてきた消費者問題でもある本件について、消費者保護、消費者の選択の自由尊重の姿勢を明示した点で、生活者視点に立った結論には大きな意義がある。

出典:最高裁判所
2名とも、任官から日が浅く、携わった判例も十分に蓄積されているとは言い難い。審査に際し、様々な情報を元に、各個人が精査し、意味のある投票をすることで、司法への監視姿勢を示すことにつながれば幸いだ。
情報収集の際は、以下を参照されたい。
・各報道機関が実施するアンケートなど
■ 投票上の注意
国民審査は、候補者の名前や政党名を記載する衆議院選の投票方法とは異なるため、例年、一定数の無効票が生まれる。投票形式や下記の投票上の注意に留意し、貴重な一票を無駄にしないよう心がけたい。
①不信任の場合は「×」を書く
国民審査は「解職」の制度であるため、やめさせたいという意思を反映するために該当裁判官の名前の上の枠に「×」を記載することになっている。
②信任の場合は無記入
ここで勘違いされがちなのが、「◯」や「✔︎」は無効票となることである。信任の意図を示すのは「無記入」であることに注意が必要だ。
信任のつもりで「◯」を書き無効票になってしまう場合、不信任のつもりで無記入を投じたら信任の意思表示になってしまったなどの事態を避けるため、記載の方法は「×」か「無記入」の2択であることに留意してほしい。
■ 国民審査制度の評価
実は国民審査により不信任となった裁判官はこれまで1人もいない。これについて、投票率の低さなども引き合いに、制度の形骸化を指摘する声も少なくない。
一度信任されると次の審査は10年後であり、裁判官の高齢化が進む今日においては、事実上、国民に委ねられた最初で最後の審査になる場合も少なくない。実際、今回審査対象となっている2名も共に60代であり、本審査で信任されれば、退官まで(裁判官の定年退官年齢は70歳)審査されないわけである。司法に対する国民の監視という役割を果たすためには、この10年の空白期間をどう捉えるかは意見の分かれるところだろう。
しかし、罷免まで到達せずとも、国民の監視が確かに届いていることを反映できる制度であることには一定の評価がある。
特に、前回2024年に行われた国民審査では、最多の不信任を得た今崎幸彦氏、2番目に多くの不信任を得た尾島明氏は、共に性同一性障害の経済産業省職員に対するトイレの使用制限を巡る訴訟に携わったことで、注目を浴びた。身体的な性別は男性、心の性別は女性という性同一性障害の職員へ女子トイレ利用を認めた件で、賛否を呼び、大きく報道されたことが記憶に新しい。性的少数者の権利に関する論議が盛り上がっていた当時の情勢を鑑みると、注目度の高さが伺える結果とも言える。
「司法」「立法」「行政」の三権分立は、その中心に主権者である「国民」を据えることで機能する体制である。衆議院選挙に気を取られがちだが、司法へ意見を届ける重要な機会である「国民審査」の意義を今一度考えてみたい。
トップ写真)日本、東京、最高裁判所




























