[鈴木潤]【集団的自衛権の行使は合憲である!その2】~砂川判決を踏まえて~

鈴木潤(ジョージ・ワシントン大学ロースクール/弁護士)
「鈴木潤の米国ローレポート」
前回に続いて、砂川判決を踏まえながら、集団的自衛権の問題を考えていきます。砂川判決については「争点になったのは、憲法9条が個別的自衛権を認めているかどうかだけだから、最高裁が認めたのは個別的自衛権の行使だけだ」という見方もあります。裁判所の判断は必ずしも争点だけに限られるものではありませんし、前回書いたとおり、判決の表現も個別的自衛権に限定していません。ただ、仮にこの見方に立った場合でも、私は、政府案での集団的自衛権は実質的には個別的自衛権の拡張であるため、むしろ砂川判決によってサポートされると考えています。
一口に集団的自衛権と言っても、国際法上の集団的自衛権と政府案では大きく異なっています。最大の違いは、国際法上の集団的自衛権では、攻撃を受けた他国を守ること自体を目的にしているのに対して、政府案では、あくまでもわが国を守ることを目的にしていることです。
言葉を換えると、政府案では、他国の利益にしかならない状況では集団的自衛権を行使できないのです。わが国の安全に利益が還元される状況が必ず求められます。これは個別的自衛権の延長上にある考え方です。具体的にイメージしてみましょう。
国際法上の集団的自衛権のイメージは、例えば、どこかの国がアメリカに対して攻撃を行った場合に、日本が武力を行使し、アメリカの安全を守るというものです。次に、政府案のイメージは、どこかの国がアメリカに対して攻撃を行い、これが日本の安全にも大きな脅威となった場合に、日本が武力を行使し、日本自身の安全を守るというものです。
一方、個別的自衛権のイメージは、どこかの国が日本に対して攻撃を行い、日本の安全に大きな脅威となった場合に、日本が武力を行使し、日本自身の安全を守るというものです。こうしてみると、政府案と個別的自衛権の違いは、攻撃されたのがアメリカなのか日本なのかです。わが国への脅威があり、武力を行使することによって、わが国の安全が守られるという状況は変わりません。政府案が、実質的には個別的自衛権の拡張と言った意味がお分かり頂けると思います。
さて、もしも砂川判決が個別的自衛権に限った判断だとすると、この判決が国際法上のフルサイズの集団的自衛権までサポートしていると見るのはさすがに無理があるでしょう。しかし、個別的自衛権の延長上にある政府案であれば、砂川判決によってサポートされていると見ることは十分可能です。そうだとすれば、先のような判決の解釈に立ったとしても、少なくとも「憲法9条が、政府案を禁止する根拠として示された」とは言えません。したがって、集団的自衛権の中でも政府案については、違憲ではないことが一層強く言えます。
以上、2回にわたって書いてきたとおり、砂川判決に照らせば、憲法9条が集団的自衛権を禁止する根拠として機能しているとは言えません。まして、個別的自衛権の延長上にある政府案であれば、このことは一層明らかです。したがって、私は、少なくとも政府案の範囲であれば、集団的自衛権の行使は合憲と考えています。
なお、「集団的自衛権を認めるとアメリカの戦争に巻き込まれる」との声をよく聞きます。ただ、そもそも集団的自衛権は権利であって義務ではありませんから、実際に行使するかどうかはわが国の判断次第です。また、政府案では、わが国への脅威があり、武力を行使することによって、わが国の安全に利益が還元されることが求められていますので、わが国の利益と無関係のところで集団的自衛権が行使されることはあり得ません。したがって、この主張は的外れと言えます。
(この記事は【集団的自衛権の行使は合憲である!その1】~砂川判決を踏まえて~ の続きです。本シリーズ全2回)