アメリカ、日本、そして国際秩序とは (上) 反米の4件の攻勢
執筆:古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」1064回
■本稿のポイント
・トランプ政権の外交政策は国際秩序の「破壊」ではなく、既に崩れかけた秩序の「再建」と位置づけられる。
・ロシアのウクライナ侵攻や中東紛争などの国際危機は、トランプ政権の強硬な対応を引き起こした背景要因である。
・中国・イランなどへの対抗政策は、過去の米政権の対応の弱さによって生じた秩序の揺らぎへの修復措置とされる。
産経新聞ワシントン駐在客員特派員の古森義久氏は、トランプ政権の外交を「国際秩序の破壊」ではなく「再建」と位置づけ、ロシアのウクライナ侵攻や中東紛争、中国・イラン問題といった相次ぐ危機への対処としてその強硬路線を説明する。トランプ政権以前の米政権の対応がこうした混乱を招いた側面があるとし、第2期トランプ政権の政策を、崩れかけた国際秩序の立て直しを図る試みとして評価している。(Japan In-depth編集部)
■トランプ政権は国際秩序を「破壊」したのか
日本では多くの識者が「トランプ政権が国際秩序を破壊している」という主張がかなり顕著のようである。だがアメリカの首都ワシントンにいて、この課題を考察すると、国際秩序の「崩壊」よりも、むしろ「再建」という表現がより適切に思えてくる。なぜならいまの世界を揺るがす各地での紛争や動乱はアメリカ主体の自由民主主義陣営による秩序の再確立の努力にみえるからだ。
その秩序再確立の動きの先頭に立つのはやはりドナルド・トランプ大統領の統治下のアメリカである。
だがその一方、トランプ大統領が既存の国際秩序を壊しているとする主張は肝心のアメリカでも、わが日本でも少なくない。
しかしトランプ大統領が初登場してきた2017年1月ごろからの国際情勢を流れとしてみると、同大統領の大胆な政策はそれまでの世界の秩序の衰退や崩壊への反応であるという構図が浮かびあがる。崩壊のような状態という原因に対しての対応という結果がいまのトランプ大戦略だといえるのだ。
まずトランプ氏が2期目の大統領としてホワイトハウスに入った2025年1月の時点での世界情勢を再考察しよう。トランプ大統領の目前には国際秩序をぼろぼろにしたような動乱や混乱、変動がいくつか展開していた。その種の動乱への対処はまず新たな国際秩序の構築よりも、従来の国際秩序の再建とか修復が主体となった。
つまり2期目のトランプ大統領にとっては対外政策の中核はいま目前で崩れそうな国際秩序をまず建て直すことが主眼となったといえるのである。この因果関係は世界の動乱の時系列的な系譜によっても証明される。
■なぜロシアのウクライナ侵攻は抑止できなかったのか
2期目のトランプ大統領にとっての国際課題の第一は当然ながらロシアのウクライナ軍事侵略だった。切迫した国際危機だった。ロシアが隣国のウクライナに全面侵攻して、その独立国家を完全に自国の領土へと奪取しようとする動きは、第二次大戦後のアメリカとソ連との関係、さらにはソ連共産党政権の崩壊による東西冷戦終結後のアメリカ・ロシア関係、ひいては東西関係全体の根底を覆しかねない大変動だった。
そのロシアのウクライナ侵攻は2022年2月に起きた。バイデン政権の登場から2年目だった。バイデン大統領はロシアのウクライナ侵攻が迫っても、アメリカとしての対応は経済制裁に留めると言明し、ロシアのプーチン大統領の侵略を結果として許容した。トランプ氏は在野の野党指導者だった。だが2期目の大統領としては即座に対応せねばならない目前の危険な炎だったのだ。
■中東情勢の悪化がもたらした国際秩序の破綻
同じ2期目のトランプ政権にとって第二の課題は中東紛争だった。イランに支援されたパレスチナの過激勢力ハマスがイスラエルに大規模な奇襲攻撃をかけて、1千数百人を殺し、300人ほどを人質にとった事件だった。イスラエルは当然、激しく反撃した。パレスチナ全体とイスラエルとの戦争となった。年来、イスラエルの国家破壊を主張するイランもこの戦闘にときおりかかわることとなった。それまでわりに安定し、軍事衝突のなかった中東で戦火が燃え上がった。イスラエルを支援する米欧側にとって国際秩序の大きな破綻となった。
このハマスによるイスラエル攻撃は2023年10月に起きた。バイデン政権の3年目の時点だった。1期目のトランプ政権は中東に対しては「アブラハム合意」という和平工作を進め、アラブ側の数ヵ国にイスラエルを外交承認させることに成功していた。だからこのイスラエルとパレスチナの戦いは大きな挫折だった。だが2期目のトランプ大統領はこの戦いをなんとか停戦にまで持ち込むことを達成した。
■イラン核問題への強硬姿勢
2期目のトランプ政権が直面した第三の課題はイランだった。イランはかねて「アメリカに死を!」と宣言する反米国家だった。だがそのうえに最近は核兵器の開発を着々と進めていた。
アメリカ側はオバマ政権が2015年に西欧主要国と共同でイランの核兵器開発を規制する国際合意を結んだ。だがこの合意はイランに軍事用の核燃料備蓄を遅らせることを求めるだけで、核兵器開発の完全な放棄を迫ってはいなかった。トランプ陣営はその点を重視して、この核合意自体に反対し、第1期トランプ政権は2018年に破棄を宣言した。イランはその後も核兵器開発の作業をひそかに進め、アメリカ本土にも届く長距離ミサイルに核弾頭を搭載する技術までも推進した。2期目のトランプ政権は2025年6月、イスラエル軍と合同でイラン国内の核関連施設を攻撃した。
トランプ政権にとってはこのイランの核問題も民主党側のオバマ、バイデン両政権の外交政策によって残されてきた、好ましからぬ国際秩序破壊への動きだったのだ。2026年2月末からの新たなイラン攻撃もトランプ大統領は目前の切迫した危機への対処だとみなしていた。
■中国への対抗政策の転換
第四の課題は中国だった。トランプ政権は1期目の2018年にそれまで歴代の米国政権が採用してきた中国への関与政策を失敗だったと宣言して、新たな対決の抑止政策を打ち出した。
そもそもアメリカ官民の多数派の対中認識を変えた主要な原因は中国による南シナ海での不当な領土拡大だった。中国当局はフィリピンやベトナムが領有権を主張するスプラトリー諸島を2013年ごろから奪取し始めた。強大な軍事力を陰に陽に使っての領土の侵略的な拡張だった。2014年には習近平国家主席がアメリカを公式訪問した際、ホワイトハウス内でスプラトリー諸島は軍事化しないと明言した。だがすぐに同諸島の埋め立てによる拡大と、軍事用の航空基地の建設やミサイル配備までを開始した。米側の対中感情は一気に悪化した。
だが当時のオバマ政権はこの中国の無法な行動や習近平主席の虚言に強固な抗議行動をとることはなかった。ただしアメリカの議会や世論は中国への敵意に近い態度を強めていった。そして中国の大軍拡、周辺諸国への経済恫喝、さらにはアメリカ内での政治工作などを警戒する動きが広まった。この波が1期目のトランプ政権の画期的な対中抑止政策へと発展していったわけだ。この基本構図は2期目のトランプ政権にとっても変わっていない。(つづく)
※この記事は日本戦略研究フォーラムの2026年4月の季報に掲載された古森義久氏の論文の転載です。
■FAQ
Q1. アブラハム合意とは何か?
- 2020年8月13日、米国の仲介によりイスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)が国交正常化に合意した外交合意をいう。合意に伴い、イスラエルによるヨルダン川西岸地区への「主権適用」が一時停止された。その後バーレーン、スーダン、モロッコも相次いでイスラエルとの関係正常化に動き、これら一連の動きを含めて「アブラハム合意」と呼ばれることがある。
【出典】イスラエルとアラブ首長国連邦の国交正常化について(外務報道官談話)(外務省、令和2年8月14日)
Q2. 包括的共同作業計画(JCPOA)とは何か?
- 2015年7月14日、イランとE3/EU+3(英・仏・独・米・中・露)との間で、ウィーンにおいて発表されたイランの核問題に関する最終合意(Joint Comprehensive Plan of Action)をいう。イランの原子力活動に制約をかけ、その平和利用を確保するとともに、これまでに課された制裁を解除していく手順を定めたもの。2018年5月、米国はJCPOAからの離脱と対イラン制裁の再適用に向けた作業開始を発表した。
【出典】イランの核問題に関するEU3+3とイランとの最終合意(包括的共同作業計画)(外務大臣談話)(外務省、平成27年7月14日)
【出典】イラン核合意に関する米国大統領の発表について(外務大臣談話)(外務省、平成30年5月9日)
Q3. 南沙(スプラトリー)諸島とは何か?
- 南シナ海南部に位置する諸島で、中国、台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイが領有権などを主張している。中国は2014年以降、南沙諸島の7地形において急速かつ大規模な埋立てを実施し、主要な埋立てが完了した2015年後半までの埋立て面積は約12.9㎢に達した(同期間の他の係争国による埋立ては約0.2㎢)。埋立て完了後も、軍事目的に利用し得る各種インフラ整備や装備展開など軍事拠点化が進められている。
【出典】南シナ海情勢(中国による地形埋立・関係国の動向)(防衛省、令和7年4月)
■シリーズ紹介・バックナンバー
古森義久の内外透視 バックナンバーはこちら
トップ写真:トランプ大統領 ホワイトハウス・ワシントンD.C. 2026年4月18日
出典:Photo by Tasos Katopodis/Getty Images
あわせて読みたい
この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

執筆記事一覧




























