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未分類  投稿日:2026/4/23

アメリカ、日本、そして国際秩序とは (中) トランプ戦略の特徴


執筆:古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

古森義久の内外透視1065回

【本稿のポイント】

・トランプ政権は秩序の破壊者と目されがちだが、実態は前政権下で生じた混乱(ウクライナ、中東、国境問題)を米国の主権に基づいて立て直す「再建」に重きを置いている。

・史上最高額の国防予算(1兆ドル)を投じ、中国やイランに対し「米国と戦えば必ず負ける」と確信させる。この強力な抑止力こそがトランプ流の平和維持策である。

・同盟離脱ではなく、パートナー国に国防費増額などの公約履行を迫ることで、米国一極に依存しない強固な協力体制への再編と、実利的な「選別介入」を両立させる。

 

トランプ政権2期目の戦略を、巷の「孤立主義」というステレオタイプで読み解くことはできない。1兆ドルに達した国防予算やベネズエラへの奇襲攻撃の裏には、民主党とは一線を画す「アメリカ第一」の冷徹な軍事合理性が存在する。国際ジャーナリスト古森義久氏が、秩序再建を担うトランプ流ドクトリンの深層を三つの核心的視点から解き明かす。(Japan In-depth編集部)

 

■ トランプ氏が掲げる「アメリカ第一」の本質は

 前記のように今回のトランプ政権は冒頭から少なくとも4件の国際秩序破壊への巨大な動きに対処しなければならなかったのである。その基本はトランプ大統領自身がアメリカ主導の本来の国際秩序を変えようとするのとは異なり、まずその再建、修復を目指したと総括する方がより正確だといえる。

 

 この動きは失地の回復、あるいは攻勢よりもまず守勢ともいえよう。この点はトランプ大統領自身が2期目の冒頭で「私の大統領任期中には全世界で新たな戦争は一件も起きなかった」と頻繁に述べたことも実態の反映でもあった。ウクライナや中東での実際の戦争はアメリカの前政権、前々政権時代に炎をあげ、自分はその事後の消火にあたらねばならない、という苦情の一種でもあった。

 

 しかしその実際の対応は出発点では守勢であっても、具体的な戦略ではトランプ大統領なりの新要素があった。その要素には撃って出るという形の攻勢的、積極的な特徴もあった。そのトランプ新戦略の異色な要素、とくに民主党政権とは大きく隔たる部分に光をあててみよう。

 

 第一には「アメリカ第一」の思考である。

 

 国際問題を考える際にまずなにを優先すべき基準とするか。トランプ大統領はそれは自国にとっての利益だと明言する。アメリカの国益へのプラスになるのか否か、である。アメリカ合衆国の国家主権をその本来の価値観とともに最重視する。

 この点は民主党リベラル派の国際協調という主張とは異なる。トランプ政権がこの思考に基づき実施したのはバイデン政権時代に入ってきた不法入国者の国外送還であり、その延長とも呼べるベネズエラ攻撃だった。

 バイデン政権時代のアメリカへの不法入国者は少なくとも1100万人に達した。その種の外国人による犯罪も急増した。トランプ氏は2期目の選挙ではその不法入国者への強固な対策を公約の冒頭に掲げた。そして明らかに米国民多数の賛同を得た。まずアメリカとアメリカ国民の安全を、という主張だった。

 

 この内政に近い政策は対外面でも新たな国家安全保障戦略の最優先事項として打ち出された。「アメリカ本土の安全保障」という目標だった。トランプ政権はこの「アメリカ本土」という概念を西半球という表現で中南米にまで選別的に広げた。

 

その結果、南米の一角で長年、反米姿勢を保ってきたベネズエラの政権がアメリカ本土に合成麻薬を大量密輸し、さらに犯罪容疑者をも多数、不法入国者として送りこんでいたことを重視したトランプ政権はアメリカの国内法の違反を根拠にベネズエラの首都を奇襲攻撃して、マドォーロ大統領夫妻をアメリカに連行した。

 

■ 過剰なグローバリズムへの反発と「産業空洞化」への宣戦布告

第二にはグローバリゼーションへの反発だった。

 

グローバリゼーションとは周知のように国と国との境界線を越えて人間、物、資金が動く現象である。どの国家にも国民にも不可欠な現象だった。全人類がこのグローバル化により巨大な利得や恩恵を取得してきた。だが問題はそのグローバル化の程度である。

 

アメリカ国内では伝統的にこのグローバル化に民主党リベラル派がより積極的だった。バイデン政権の国境警備の事実上の放棄がその極端な例証だった。だが共和党保守派は自国の開放や他国との交流に留保をつけてきた。イスラム原理派テロリストによる9・11同時攻撃や中国からの新型コロナウイルスの世界的な感染が過剰なグローバル化の産物だとも警告を発してきた。

 

グローバリズムへの反発はヨーロッパの主要国でも広まっていた。外部からの入国者によるテロや経済へのゆがめが顕著となった結果だった。

 

トランプ大統領が2期目就任後に全世界の多数の諸国への一方的な関税をかけたことも一面、このグローバル化への反発の要素があった。国際貿易はある意味ではグローバル化そのものである。だがトランプ大統領はその国際貿易の現状がアメリカが一方的に利益を他の諸国に与えてきたと判断した。確かに日本も中国も韓国も、さらには欧州諸国もアメリカへの輸出で巨大な利益を得てきた。もちろん米側にも利益はあった。だがアメリカの貿易赤字は巨額となる。製造企業が生産拠点を他国に移し、アメリカ側の産業の空洞化が大幅に進んだ。

 

 トランプ大統領はこの実態の継続を拒んだわけである。その背後には「アメリカへの利益の優先」 「自国の主権最重視」という強い志向があった。

 

■ 1兆ドルの国防予算で構築する「力による平和」と対中抑止力

第三は「力による平和」である。

 

戦争や侵略を防ぐ最善の方法はその標的となる側が強い軍事力を保つことだとする戦略思考だといえる。アメリカの歴史でもロナルド・レーガン大統領など共和党保守派が保持してきた政策でもあるが、トランプ氏はとくにその「力」の効用を強調する。

 

トランプ氏が常に口にする「強いアメリカ」、「世界最強の米軍部隊」という言葉はアメリカの対外戦略での軍事パワーの強さを意味している。他国への侵略や戦争を意図する国は当然ながら軍事攻撃をかけた場合の結果を考える。どんな国も戦って確実に負ける相手国には戦争をしかけることはない。守る側は戦争を意図する敵に対して必ずや反撃して重大な損害を与える軍事面の能力と意思を保持すれば、相手は攻めてはこない。これが抑止の原則である。

 

トランプ大統領は1期目の国家防衛戦略でアメリカにとっての最大の軍事脅威は中国と明記したうえで中国との戦争は絶対に避けたいと述べて、「その対中戦争防止の最善の方法は中国と実際に戦争ができる準備を整え、しかも確実に勝利する能力を保持することだ」と言明した。

 

トランプ大統領は最新の2026年度の国防予算もほぼ1兆ドルという史上最高の額を決めた。しかもその内容は中国の抑止を明確にしたインド太平洋方面の軍事力に重点をおいていた。1兆ドルといえば日本円では約150兆円である。日本の一年間の国家予算全額に等しいのだ。

 

トランプ政権の2月末からのイラン攻撃に対して同じ保守派でもトランプ大統領の施策に反対することも多かった重鎮の論客ジョージ・ウィル氏が強い賛同を表明していた。ワシントン・ポストへの「ついにアメリカの抑止力への信頼性が回復された」という見出しの寄稿論文で今回の攻撃がテロ国家のイランの軍事冒険を効果的に抑えたと評価していた。

 

■ 「世界の警察官」の再定義――同盟堅持と選別的介入のドクトリン

第四は従来の主要同盟の重視である。

 

 トランプ政権は北大西洋条約機構(NATO)や日米同盟を軽視して、脱退や縮小もありうるとする見解は日本側の「識者」の間でもよく語られる。だが現実は逆である。従来のアメリカの同盟の絆はあくまで保つという構えなのだ。

 

 確かにトランプ政権は1期目からNATOのヨーロッパ側加盟国を批判することが多かった。だがその批判は欧州側が応分の防衛負担をしないことへの不満だった。NATO加盟国の全首脳は実はオバマ大統領の要請に応じて、国防費を国内総生産(GDP)の2%まで引き上げることを公約した。ところがドイツのメルケル政権などその公約不履行の国が続出した。

 

トランプ政権はこの点で欧州側を批判した。だが集団防衛の負担の増大要求というのはそもそも同盟自体の強化策だった。2期目のトランプ政権も欧州側の国防費増額を求め、欧州側も前向きな姿勢をすでにみせている。「トランプ政権はNATOを脱退」などという動きはまったくないのである。

 

トランプ大統領が昨年12月に署名した最新の国防権限法でもアメリカにとっての主要同盟の堅持と増強は明記されていた。欧州でのロシアの脅威に備えるNATO、インド太平洋では中国の脅威に対処する日米同盟、米韓同盟、米豪同盟などの堅固な保持である。この点では民主党側もほぼ同様の政策を保っている。

 

第五は選別的な対外介入である。

これまた日本側ではトランプ政権は孤立主義になるとの宣託が述べられた。その際には「アメリカはもはや世界の警察官にはなれないと大統領自身が言明した」という引用がよく提示される。だがこの言葉は2013年に時のオバマ大統領が述べた言明だった。トランプ大統領はこんなことは述べていないのだ。

 

 だが日本の「識者」はオバマ大統領の13年も前の言葉をトランプ政権のいまの政策に当てはめる。そこから出てくる結論は「トランプ政権は他国の内情に介入しない」とか「アメリカには他国への軍事介入するだけの勢いがない」という孤立主義の誤断である。

 

 だがいまのトランプ政権はベネズエラやイランへの直接の軍事介入だけでなく、ウクライナ戦争や中東紛争の解決にも熱心に手をつけてきた。世界の警察官と呼んでも間違いではない積極介入を続けているのだ。

 ただしトランプ陣営は対外介入でも「アメリカの利害第一」という条件をつける。米側にとって明らかに有害な他国の政治勢力を倒してもその後の新たな国づくりにはかかわらないとも宣言する。対外介入は継続するが、その方法がきわめて選別的なのである。

 

(下つづく。上はこちら

 

#この記事は日本戦略研究フォーラムの2026年4月の季報に掲載された古森義久氏の論文の転載です。

 

■FAQ

Q1:トランプ大統領の「アメリカ第一」は、かつての孤立主義と同じものですか?

A1: 明確に異なります。孤立主義は対外関与を絶つものですが、トランプ戦略は「米国の利益に直結する場合、これまで以上に強力に介入する」実利的な攻勢を特徴とします。ベネズエラへの奇襲攻撃などは、その「選別的介入」の象徴といえます。

Q2:なぜトランプ政権は、2026年度に1兆ドルもの巨額国防予算を編成したのですか?

A2: 中国やイラン等の敵対勢力に対し、「米国と戦えば必ず負ける」と確信させる圧倒的な軍事力を示すためです。これがトランプ氏の掲げる、戦争を未然に防ぐ「力による平和」の具現化です。

Q3:トランプ政権はNATOや日米同盟から脱退する可能性はありますか?

A3: 事実は逆です。2025年12月署名の国防権限法でも主要同盟の堅持は明記されています。トランプ氏が求めているのは同盟の解消ではなく、パートナー国に応分の防衛負担(GDP比2%以上)を迫ることによる、同盟の質的な強化です。

Q4:トランプ大統領が「グローバリゼーション」に反発する最大の理由は何ですか?

A4: 過度なグローバル化が米国内の産業空洞化を招き、貿易赤字を増大させただけでなく、パンデミックやテロといった安全保障上のリスクを米国本土へ直輸入する結果となったと判断しているためです。

Q5:「世界の警察官にはなれない」という言葉は、トランプ氏の信念ではないのですか?

A5: それは2013年のオバマ大統領による言明であり、トランプ氏は一度も述べていません。現在のトランプ政権は、米国の利害が絡む事案には世界のどこへでも積極的に介入し、秩序の「消火」と「再建」を主導する姿勢を鮮明にしています。

 

(本稿のポイント、リード、FAQの文責は編集部)

 

■シリーズ紹介

本稿は古森義久氏による「内外透視」シリーズの一編です。

 

トップ写真:トランプ大統領 ホワイトハウス・ワシントンD.C. 2026年4月16日

出典:ⓒTheWhiteHouse




この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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