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スポーツ  投稿日:2026/4/29

遺伝子レベルで「やらない言い訳」が得意な日本人は、女子サッカー8億人市場を取りこぼすのか


松永裕司(Forbes Official Columnist)

 

■本稿のポイント

・世界の女子サッカーファンは現在5億人超、2030年までに8億人に達するとNielsen×PepsiCoのレポート「Undervalued to Unstoppable」が予測。スポーツビジネスのトップ5入りも視野に入る。

・スポンサー領域では「男女セット」から「女子のみ」へとシフトし、英WSLでは女子独自スポンサーが1社→5社に急増。バークレイズの事例ではブランド好意度・購入検討の双方で男子プレミアリーグを上回る数値が出ている。

・国内リーグの活性化が次の成長軸。Reddit創業者アレクシス・オハニアン氏のチェルシー・ウィメンへの2,000万ポンド投資など、民間資本の戦略的参入が始まっている。

・日本企業はこの流れに乗り遅れつつあり、データとROIに裏付けられた優良市場を「やらない言い訳」で逃せば、欧米企業に主導権を完全に握られる懸念がある。

 

Nielsen×PepsiCoのレポート「Undervalued to Unstoppable」(2025年)によれば、世界の女子サッカーファンは現在5億人を超え、2030年には8億人規模に達する見通しだ。女性ファン比率は2030年に60%を超え、ROIでも男子を上回る事例が相次ぐ。男女セットから女子独自へとスポンサー戦略が転換し、美容・ヘルスケア・フェムテック等の参入も加速するなか、日本企業はこの巨大市場の波に乗り遅れつつある。本稿は東京・港区のスカイライト・コンサルティングの提言を踏まえ、日本特有の課題と打開策をForbes Official Columnist・松永裕司が考察する。(Japan In-depth編集部)

 

スポーツビジネスの世界地図が今、劇的に塗り替えられようとしている。

その震源地は「女子サッカー」だ。

かつては企業のCSR(企業の社会的責任)の文脈で語られることが多かった女子スポーツだが、現在地は全く異なる。それは、極めて高いROI(投資利益率)を約束する、巨大な商業的フロンティアへと変貌を遂げつつある。

ここではグローバルなデータと最新事例を交えながら、世界のメガブランドがなぜ今、女子サッカーに巨額の資金を投じているのか、そして、その波に乗り遅れつつある日本特有の課題について考える。

 

■5億人から8億人へ、スポーツを再定義する女性マーケットの伸長

まず、事実として押さえておくべきは、その圧倒的な市場規模と成長スピード。現在、世界の女子サッカーファンはすでに5億人を優に超え、そこからさらに38%成長し2030年までに8億人以上の巨大マーケットになると、グローバルにおけるマーケティング企業ニールセンスポーツは予測している。現在の成長軌道に基づけば、2030年までに世界のスポーツトップ5に食い込むポテンシャルを秘めている。

この成長を力強く牽引しているのが、女性ファンの爆発的な増加。

過去5年間で女性ファン層は60%増加しており、2019年には43%だった女性ファンの比率は現在51%に達し、2030年までには60%を超えると見込まれている。女子サッカーは、男性ファンよりも女性ファンの方が多いという、スポーツ界において極めて稀有な存在になりつつある。

さらに注目すべきは、その人口動態(デモグラフィック)。

ファンの50%が25~44歳という働き盛りの年齢層であり(一般人口は44%)、47%がトップ層の稼ぎ手(同37%)という高所得層で構成されている。

ニールセンIQのリポートによれば、2028年までに女性は家計の購買決定の75%以上を担うとされる。女性は世界全体で32兆ドルもの支出に影響力を持っており、女子スポーツの未来が商業的に極めて強力なポテンシャルを持つことは明らかだ。

 

「おまけ」から「主役」へ 劇的に変化するスポンサーシップ戦略

この市場の熱狂に、世界のブランドはすでに気づき、動いている。2024年、女子スポーツ全体のスポンサーシップ価値は2019年比で152%増加し、女子サッカー単独の契約総額も42%増加した。英国のスポーツファンの75%が「ブランドは女性スポーツへの投資を増やすべき」と考え、72%が「女性スポーツへの投資はブランドに好影響を与える」と回答している。

スポンサーシップの形態も急速に進化している。 欧州市場のトレンドを見ると「男女セット」のスポンサーから「女子のみ」のスポンサーへと企業のニーズが明確に変化し。特にイングランドのWSL(ウィメンズ・スーパーリーグ)では、24/25シーズンから25/26シーズンにかけて女子独自のスポンサーが1社から5社へと増加。

協賛企業の顔ぶれも、男子スポーツとは明確に異なる。

男子スポーツのスポンサーが金融やインフラ系などの大企業で、男性向けやユニバーサルなプロダクトを扱うことが多いのに対し、女子スポーツでは、フィンテックなどの新興企業に加え、美容、ヘルスケア、D2Cコスメ、フェムテックなど、女性向けのプロダクトを扱う企業の参入が相次いでいる。

米国の女子スポーツ市場のスポンサートップ10には、銀行・金融、ヘルスケア、旅行、ウェルネス、美容といった多種多様な業界がランクインしており、美容や女性用ケア用品などの業界においては、約92%が過去3年間にスポンサーシップを開始したというデータもある。

投資に対する効果(ROI)も男子を凌駕する結果が出始めている。

バークレイズの事例では、男子のプレミアリーグ(PL)のスポンサーシップ効果と比較し、女子のWSLの方が、ブランドへの好意度(WSL 46% 対 PL 36%)や購入検討(WSL 24% 対 PL 16%)において高い数値を示している。

具体的な成功事例も急増中。例えば、アーセナル・ウィメンとパートナーシップを結んだ美容ブランド「IL MAKIAGE」は、美容×デジタルという親和性の高さを活かし、スタジアム来場者へのプレゼントやラッピングバスなどのキャンペーンを展開。結果として600万インプレッションを獲得し、46%という驚異的な購入検討率を記録した。また、フェムケア業界のスタートアップ「Snuggs」はマンチェスターシティ・ウィメンと提携、欧州初の吸水ショーツパートナーに。さらに試合での得点や無失点に連動して下部組織の全選手に製品を無償提供する取り組みを行い、コラボ商品は発売直後から話題を呼び、企業の知名度を一気に高めた。

 

ナショナリズムの力と、国内リーグという未開拓市場

もちろん、成長の起爆剤としてワールドカップなどの国際大会の影響は極めて大きい。2023年のFIFA女子ワールドカップのメディア接触者数は20億人に達した。自国開催を控えるブラジルでは国民の39%が女子サッカーファンと認識。ファン認識率で、そのブラジルを4位に追いやるのは、コロンビア、UAE、メキシコ。特にコロンビアは、その認識率はほぼ50%に届く勢い。また、スイスでも2025年のUEFAホスト国として関心層が22%増加しており、次のホットスポットと目されている。

しかし、やはり現在最大の未開拓の機会は「国内リーグ」。国際大会が世界的な注目を集める一方で、永続的な成長を築く基盤となるのは国内リーグの活性化だ。イギリス、アメリカ、スペインなどは目覚ましい進歩を遂げているが、全体として国内リーグの観客動員数は依然として国際大会に遅れをとっている。

これを打破するためには、ブランドは明確な意図と投資を持って関わり続ける必要があり、クラブはより大きなプラットフォームと強力なストーリーテリングによって女子チームの影響力を増幅させなければならない。

民間資本の参入も始まっている。SNS「Reddit」の創業者であるアレクシス・オハニアンは、チェルシー・ウィメンに2,000万ポンド(約43億円)もの投資を行った。民間資本が参入するこの新時代への動きは単なる象徴ではなく、極めて戦略的な投資である。

 

日本特有の課題 遺伝子レベルの「やらない言い訳」乗り越えられるのか

世界が女子スポーツという巨大市場に向け猛烈なスピードでシフトしている中、日本市場はどうだろうか。ここで立ちはだかるのが、日本特有の課題だ。

新しい潮流が来ると、日本のビジネスシーンでは決まって「日本はヨーロッパと違う」「日本はアメリカとは違う」という声が上がる。日本人はとにかく「やらない言い訳」が大の得意だ。

興味深いことに、こうしたリスク回避傾向は遺伝子レベルの違いとして指摘される点もある。人間の個性を構成する特性に「新奇性探求傾向(Novelty Seeking = Neophilia)」がある。これは新奇な刺激を求め、行動が活性化されやすいかどうかに関わる特性で、発明家や探検家、パイオニアに多いとされる。

この特性はドーパミン4受容体遺伝子(DRD4)の「7リピート(7R)」型と関連があるが、この遺伝子の世界分布には極端な偏りがある。アメリカ大陸ではおよそ48%に見られる一方、日本人にはわずか約2%しか存在しないという研究もある。

この「斬新なことを好む傾向」の低さは、新しいビジネス領域への投資を遅らせる要因の一つとなり得る。さらに日本には、果敢にリスクを取って海に飛び込む「ファーストペンギン」を、自らは行動を起こせない層が非難し冷笑するという悪しき風潮まである。

しかし、背景がどうあれグローバルな競争環境において、そうした性質を言い訳にすることは通用しない。女子スポーツはすでに、リスクを取るべき未知の領域ではなく、明確なデータとROIに裏打ちされた「成長確実な優良市場」だ。

東京・港区に本拠地を置くスカイライト・コンサルティングが提言するように、男子スポーツとは異なる独自の世界観を理解し、自社の解決すべきイシューを特定、司令塔となる専門部隊を構築し、「共に成長するスポンサーシップ」を実行する社内体制を整える企業だけが、この8億人市場の果実を手にすることができる。

日本メディアにおいては、欧米女子サッカーのニュースも極めて稀だ。グローバルスポーツにおける構図の変化をファンが認識できない現状は、日本メディアの責任でもある。

しかし急増する競技参加者数、変化する人口動態、画期的なメディア契約、そして状況を一変させる投資など、女子サッカーの勢いは「リアル」だ。日本企業はいつまで「やらない理由」を探し続けるのだろうか。欧米企業に市場の主導権を完全に握られる前に、リスク回避の殻を破り、果敢に投資への舵を切ることはできるのか。そして、その取り組みをスタートさせる日本企業は現れるのか。

 

■参照資料

https://www.nielsen.com/insights/2025/undervalued-to-unstoppable/

https://forbesjapan.com/articles/detail/81309

https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3560519

【よくある質問(FAQ)】

Q1. 世界の女子サッカー市場はどのくらいの規模ですか? A. Nielsenとペプシコによる2025年のレポート「Undervalued to Unstoppable」によれば、世界の女子サッカーファン人口は現在5億人を超え、2030年までに8億人に達すると予測されています。同レポートは、2030年にはファンの60%が女性となり、男女比で女性が多数派となる稀有なスポーツになるとしています。

Q2. WSLとは何ですか? A. WSL(Women’s Super League)は、イングランドFAが運営する女子サッカーの最上位リーグで、2024-25シーズンからは独立法人「WSL Football」が運営しています。バークレイズが冠スポンサーを務め、欧州女子サッカーの商業化を牽引するリーグの一つです。日本人選手では長谷川唯選手(マンチェスター・シティ)らが活躍しています。

Q3. WEリーグとは何ですか? A. WEリーグ(Women Empowerment League)は、2021年に発足した日本初のプロ女子サッカーリーグで、公益社団法人日本女子プロサッカーリーグが運営しています。2025年6月にはスカイライト・コンサルティングと共同で海外女子リーグのビジネスモデル調査レポートを発表しました。

Q4. 女子サッカー市場でROIが男子を上回るとはどういうことですか? A. 女子サッカーは、女性ファン比率が高く購買決定権を持つ層と直接接点を持てるため、ブランドの好意度や購入検討率といったマーケティング指標で男子スポーツを上回る事例が報告されています。NielsenがバークレイズのWSLスポンサーシップを分析した結果、ブランド好意度や購入検討で男子プレミアリーグを上回る数値が得られています。

Q5. DRD4(ドーパミン4受容体遺伝子)とは何ですか? A. ドーパミン受容体D4遺伝子(DRD4)は、神経伝達物質ドーパミンの受容体をコードする遺伝子で、エクソン3にある48塩基対の繰り返し配列(VNTR)の長さに地域差があることが知られています。7回繰り返し型(7R)は新奇性探求や注意欠陥多動性障害との関連が一部研究で報告されている一方、2008年のメタ分析では新奇性探求との関連は確認されなかったとされ、現在も学術的議論が続く領域です(PNAS論文等参照)。

(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)

シリーズ・アーカイブの紹介

本連載は、スポーツを切り口に、ビジネスやテクノロジー、社会構造の変化を読み解く松永裕司によるコラムです。個別の競技やイベントを超えて読み進めることで、現代社会におけるスポーツの意味と役割を立体的に理解することができます。

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出典:Photo by Gualter Fatia/World Sevens Football via Getty Images

 




この記事を書いた人
松永裕司Forbes Official Columnist

NTTドコモ ビジネス戦略担当部長/ 電通スポーツ 企画開発部長/ 「あらたにす」担当/東京マラソン事務局初代広報ディレクター/「MSN毎日インタラクティブ」プロデューサー/ CNN Chief Directorなどを歴任。


出版社、テレビ、新聞、デジタルメディア、広告代理店、通信会社での勤務経験から幅広いソリューションに精通。1990年代をニューヨークで、2000年代初頭までアトランタで過ごし帰国。

松永裕司

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