.テクノロジー,.社会  投稿日:2015/7/12

[須藤史奈子]【全編iPhoneで撮影された映画が凄すぎる】~トランスジェンダー2人が主人公 “Tangerine” ~

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須藤史奈子映像ディレクター、プロデューサー)

執筆記事プロフィール

7/9(木)ニューヨーク・リンカーンセンターにて、映画「Tangerine(タンジェリン)」の特別上映会が劇場公開に先立ち行われた。ニューヨークタイムズ紙で絶賛されたこともあったのか、会場は満席。内容は、ロスのウェストハリウッド地区を舞台に、トランスジェンダー(この映画では、生まれは男性だが外見は女性)の二人が織りなすスタイリッシュなコメディーだが、リアルで魅力的な登場人物と甘く切ない友情が心に残る良作だった。

主演のマヤ・テイラーには早くも「トランスジェンダー初のオスカー賞候補」という声もあがっており、また、アメリカ全州で同性婚が合法になったばかりということでも話題性たっぷりなのだが、この作品が全編iPhone 5sで撮影されたということにも注目が集まっている。

高性能のビデオカメラが安価になって「誰でも映画が撮れる時代」といわれるようになってから久しいが、何せiPhoneである。今や「iPhone映画祭」が開催される時代にはなったが、ここで重要なのは、監督はアマチュアではないということだ。これが5本目の長編映画、テレビドラマも数多く演出してきたショーン・ベイカー監督、44歳。脚本、カメラ、監督、編集全てをこなせる筋金入りの自主映画監督だ。

iPhoneを使ったのは話題作りのためだと思っていたのだが、聞いてみたらそうではなかった。「もしお金があったら35ミリのフィルムで撮ったよ。予算がない中どうやって撮ろうと考えて、苦肉の作だったんだ。」逆に、iPhoneで撮ったことは当初は言いたくなかったそうだ。実際、もし言われなければiPhoneで撮影したとは分からなかっただろう。ワイドスクリーンを撮影するために付属のレンズをつけ、フォーカスをロックできるアプリを入れ、編集で様々なフィルターを駆使して、独特な色彩の映像美を作り出している。

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iPhoneを使ったのは色々な意味で成功だった、とベイカー監督はいう。「主演の二人は今回が映画初出演だったんだ。普通だとカメラに慣れるのに時間がかかるものだけど、iPhoneを使ったおかげでそれが全くなかった。それから、映画の撮影をしてると集まってくるギャラリー、それが皆無だった。誰にも気づかれないから人止めをするスタッフがいらなかったよ。バスの中でさえ誰も気付かなかったしね。」結果的に自然な日常を切り取ることが可能になり、ドキュメンタリーを見ているようなリアリティーを醸し出している。

この映画の面白いところは脚本の作り方にもある。まず、ロケーションを娼婦が多く出没することで有名なロスの一角と決め、そこを共同執筆者と共にひたすら歩き回って協力者を集めた。その結果、出会ったのが後に主人公となるマイヤ・テイラーとキタナ・キキ・ロドリゲス。ストーリーは二人が体験したことや見聞きしたことをベースに、一緒に作っていったという。これは、同監督が「プリンス・オブ・ブロードウェイ(2008年公開)」で、ニューヨークで違法コピー商品を密売し生計をたてるアフリカ系移民の男性を軸に物語を組み立てていった時からの手法だ。

トランスジェンダーという複雑なテーマを扱うにあたって、ベイカー監督は当初シリアスな作品にすることを考えていたそうだ。「でも、マイヤが協力する条件として言ったんだ、『必ずリアルな現実を伝えてほしい。それがいかに残酷なものであっても。それから、私たちが見て楽しいと思えるものにして欲しい。いつも厳しい現実と戦いながら生活しているから、それを忘れて思いっきり笑えるような、そんな作品にして欲しいの。』それを聞いて、考えが一変したんだ。」

大量生産・大量消費の時代を経て、映画に限らず全てのものが小規模に臨機応変に作られる時代がやってきている。メジャーと呼ばれるものとマイナーと呼ばれるものの垣根がどんどん取り払われていく中で、米国においては「良いもの」を見極めて育てていく土壌が培われていると思う。最近の意識調査(注1)で、アメリカン・ドリームが“alive and well (今も健在だ)”と答えた人がたった4分の1だったという悲しい状況ではあるが、ベイカー監督のように逆境をプラスへと革新を探求し続ける人がいて、それに光があたるシステムがある限り、これからもアメリカから次々とエキサイティングなものが生み出されていくだろう。

(注1)米アトランティック誌がコンサルタント会社ペン・シェーン・バーランドに依頼して実施された世論調査。アメリカ在住のおよそ2000人を対象に今年6月に実施された。

※トップ画像:写真上右から:ショーン・ベイカー監督、俳優犬Boonee、Shih-Ching Tsou(プロデューサー)、Radium Cheung(撮影)、 Chris Bergoch(シナリオ共同執筆)、James Ransone(助演)、下段:Karren Karagulian(助演)

※文中画像:映画「Tangerine」より(写真右から)主演のKitana Kiki Rodriguezと助演のMickey O’Hagan (c) Magnolia Pictures 2015

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