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.国際  投稿日:2015/7/26

[俵かおり]【なぜエチオピアは貧しく飢えに苦しむのか】~断食年230日、宗教と貧困~


俵かおり(在エチオピアジャーナリスト)

執筆記事プロフィール

なぜエチオピアは多くの人々がいまだに貧しく、飢えに苦しんでいるのか。エチオピアで暮らし、貧困の現場を目の当たりにしている私にとって、これは永遠のテーマであり、3年間住んでも明確な答えが出せていない。

実際、その理由は国連内でも様々挙げられてはいる。食糧生産は9400万人の人口をまかなうだけあるのだが、人口の80%以上を占める自給自足の貧しい農民たちは現金がなく食べ物を買うことができない、生産性が極めて低い、灌漑などのインフラがない、旱魃や洪水などの自然災害に遭いやすい、などなど。国連世界食糧計画(WFP)は現在、毎年約600万人に食糧支援を行い、その予算は6億ドルに上る。

しかし、これらとは全く別の理由があることをエチオピア人の専門家から聞き、驚いた。それは、「エチオピア人の食事に関する態度がもう少しリベラルであったら、現在の栄養不足もかなり解消されているかもしれない」という論である。そしてエチオピア人が食に対して保守的な理由は宗教にある、という見方である。

これは、国連食糧農業機関(FAO)に勤めるエチオピア人、Hassan Aliとの会話の中で彼が言っていたことである。彼によると、40万人が犠牲になった1980年代のエチオピアの大飢饉でさえ、エチオピア人が食べ物摂取に対して寛容であったら、あそこまで被害が大きくなかったかもしれない、という。

エチオピア人は世界でもおそらく最も信仰心が篤い国民の一つだろう。多く人々がエチオピア正教を深く信仰している。(イスラム教徒も多く、今ではエチオピア正教徒の数を超えたとも言われている。)信仰の篤さが見られる一つの例が断食。断食期間が長いだけでなく、断食をきちんと実行する人が実に多い。

まず、毎週水曜日(キリストが生まれ変わった日)と金曜日(キリストが死んだ日)は断食日なので、動物性タンパク質(肉類だけでなく、バターや牛乳もだめ)一切は食べてはいけない。これら毎週の断食日に加えて、クリスマス(エチオピア正教では1月7日)前に43日間、イースター前には55日間、その他にも30日間の断食期間が年に2回など。全て合わせると、1年365日のうち、実に230日ほどが断食日となる。

私などはエチオピア人の断食日や断食期間についてすぐに忘れてしまうのだが、この断食期間に日本からのおせんべいなどのお土産をあげる時などに「これ何?これは断食用?」とよく聞かれ、ああ、断食中だったと思い出すことがしょっちゅうある。

またエチオピア正教では、イスラム教と同じく不浄とされている豚肉は禁止であり、さらに蹄が割れていない動物は食べてはいけない。よって、食べるのは牛とヤギ、羊のみ。山岳の国であるから、海からの恵みは全く食文化に入っていない。

特に日本で生まれ育ち、ほぼ何でも―肉類は豚も馬も食べる、魚でもタコ、イカも、蛇のようなウナギも、エチオピア人から昆虫と言われるような貝類も―食べる、それもいつでも。そんな文化で育った私がこの地で食に関して極めて厳しい制限を感じるのは自然のことだろう。

もし、と考える。エチオピアが宗教から自由で、いつでも何でも食べる、という文化であったなら、Hassanの言うように、ここまで栄養不足が蔓延していないかもしれない、という考察は、かなり現実味を帯びている。もし、ここまで宗教の戒律に従うことがなかったら、社会の中に、もっとタンパク質を取ろうというインセンティブが働き、それが生産という方向へつながるかもしれない、などと考える。

しかし、これは宗教に関わることで、この国では少なくとも表立って議論されることのない、タブーのトピックなのだ。いつも思っていること、宗教と貧困は関連している。これがこの国にも当てはまる。

タグ俵かおり

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