「戦争しない米国」は実現するか?
渡辺敦子(研究者)
「渡辺敦子のGeopolitical」
先月、映画監督のオリバー・ストーンの話を聞く機会があった。私の学ぶウォリック大学で名誉博士号を受けることになり、その授与式をのぞいてみたのだ。
1946年生まれ、ベトナム戦争に従軍し、その体験を基にしたとされる、『プラトーン』『7月4日に生まれて』『天と地』の三部作をはじめ反戦映画で知られる。その彼が学生たちに、苦難の連続だった半生を語ってくれたのだが、印象的だったのは「僕は、アメリカを変えようと思って映画をつくってきた。しかし結局、何も変わらなかった」と言ったことだ。
今回の大統領選挙に触れ、民主党の有力候補である「ヒラリー・クリントンだってイラク戦争に賛成した」。アメリカは彼の願いにもかかわらず、戦争をし続けてきた。WikipediaのList of wars involving the United Statesによれば、ベトナム以降だけでも17の戦争にかかわってきた。
アメリカは、本当にストーンの言うように「変わっていない」のだろうか。これは、なかなか大きな問いである。イラク戦争の最中に行われたオバマの2008年の大統領選の標語は、Changeであった。その当時私は米国にいたのだが、多くの人が本気にしていなかった初の黒人大統領誕生の熱気は、今も記憶に新しい。
8年を経て予備選真っ只中だが、今回話題をさらっているのは、共和党有力候補は不動産王のドナルド・トランプである。もちろん共和党と民主党の違いはあるにせよ、8年で時代は変わった、というべきだろう。
アメリカが「相変わらず」戦争をしているのは、国際環境が変動し続けているからだ。1991年の冷戦終結時、多くの人が信じたのは、平和の訪れだった。しかし逆にこれにより引き起こされた構造変化により、いくつもの国で内戦が起きた。
これは冷戦がある種の力の安定をもたらしてきたからにほかならない。
その正当性の議論はさておき、唯一の超大国となったアメリカは、「世界の警察」としてあちこちに軍隊を派遣してきた。2001 年の同時多発テロもまた、冷戦にその起源をもつ。アメリカ社会に大きな衝撃を与えたこの変化も結局、アメリカの「変わらぬ戦闘性」を強める結果となった。
社会の大きな変化は、人々の保守化をもたらす。社会の閉塞感は、実は変化の証左である、という逆説は、「失われた20年」の間の日本の政治にも言えることだ。つまり、相も変わらず自民党が政権を握っているのは、より大きな変化にさらされ、人々の思考が保守化した結果である。ストーンが変化を夢見ることができたのは、彼が良き時代のアメリカに育ったことと無縁ではないはずだ(ちなみにトランプと同い年、ヒラリーは一歳下である)。
アメリカさえ良ければいい、という「内向き」なトランプの人気は、彼の口約束が実現すれば、国際社会に大変な変化をもたらしかねない。彼によれば、アジアで戦争が起きてもアメリカは同盟国を助けない。つまりトランプ大統領は、ストーンの期待した「戦争しないアメリカ」を、意外な形で実現するということになる。
だが恐らく、そうはならないだろう。トランプ大統領があり得ないからではなく、彼が「弱い」と罵るオバマが止められなかったアメリカの戦争を、彼が止められる保証はどこにもないからだ。
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この記事を書いた人
渡辺敦子
研究者
東京都出身。上智大学ロシア語学科卒業後、産経新聞社記者、フリーライターを経て米国ヴァージニア工科大学で修士号を取得。現在、英国ウォリック大学政治国際研究科博士課程在学中。専門は政治地理思想史。