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.国際  投稿日:2017/7/9

核兵器禁止条約報道の欺瞞


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・7月7日、核兵器禁止条約、国連で採択。投票した124ヵ国のうち122ヵ国が賛成。核保有国の米露中英仏と日本は投票せず。

・米の核の傘に入っている日本が本条約に賛成できないのは自明の理。

・本条約が核兵器廃絶に繋がるものでないとわかっていて礼賛する報道は、核兵器忌避する人への偽善や冒涜といえる。

 

「被爆者 世界を動かした」――朝日新聞7月9日付朝刊の国連での核兵器禁止条約の採択を報じる記事の見出しだった。だが実際には核兵器の禁止とか削減という観点からみれば、この条約の採択はなにひとつ、動かすことはできないのが現実のようだ。その現実を同じ朝日新聞朝刊の別の記事が「核禁条約 実効に壁」と認めているのだから皮肉である。

まず強調したいのは、日本の被爆者の方々の悲劇である。その悲劇から生まれた反核運動にも私自身、同じ日本人として敬意と同情は十二分に抱いている。たとえ日本の反核運動が反体制勢力や共産主義陣営に政治利用されてきた経緯があっても、その核心部分の人間の心情や人道主義に根差すところは尊重されるべきである。

しかし広島や長崎で核兵器への反対やその廃絶をいくら叫んでも現実の核兵器の削減や廃絶にはまったくつながらないという過去70年の歴史も無視できない。核兵器という重大なテーマを真剣に考える際に欠かせない理性、合理性、現実認識という要因に背を向けることはできない。反核運動が単に自分を慰めるだけの情緒的運動や、特定の国家の力を弱めることを目的とする政治的運動であってよいはずがない。

もし日本の反核運動が心から核兵器全体の削減や不拡散を願うならば、当面は北朝鮮の核武装を最重点の抗議対象とすべきだろう。公式の核兵器保有国のなかでその増強を進める唯一の国である中国の核戦力強化にも強く反対すべきだろう。だが日本の反核運動にはそんな動きはみせていない。言葉だけの面でも、反北朝鮮、反中国の声は聞こえてこない。

そんな情勢下での国連での核兵器禁止条約の採択は日本では大きく報道された。7月7日、の採択だった。投票した国124のうち122ヵ国が賛成だった。だが核兵器を公式に保有するアメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランスなどは投票しなかった。核保有国の核抑止力に自国の防衛を依存する日本のような国も投票しなかった。この条約には反対を表明したわけだ。

この条約はその名のとおり核兵器の保有も実験も導入も、すべて禁止している。だが強制的な力はない。核保有国はみな自国の防衛や安全のためにこそ、あるいは同盟国の防衛のためにこそ、核兵器をあえて保有するのであり、その放棄や破棄は主権国家として絶対にできない、という立場を明らかにした。核保有国の政府は次のような声明を出していた。

「この条約は国際的な安全保障環境の現実を無視しており、一つの核兵器の削減にもつながらない」

(アメリカ)

 

「わが国の安全保障政策は核抑止に基づいており、その核の放棄は弱さを認めることであり、この条約の署名も批准もすることはできない」

(フランス)

 

「この条約ができてもわが国が核兵器について負う法的な義務にはなんの変化も起きない。いまの国際情勢下でこの条約は認められない」

(イギリス)

核保有国ではないが、日本も政府代表たちが明確にこの条約への反対を述べていた。

岸田文雄外相や別所浩郎国連大使ら政府当局者たちが

「アメリカの核のカサに依存する日本が核兵器全面否定のこの条約には賛成できない」

「北朝鮮がこんな状況なのに核保有国の存在を認めない条約には絶対に反対だ」

と語っていた。

周知のように日本の安全保障は同盟国アメリカの核拡大抑止力に全面的に依存してきた。日本が万が一にも核兵器による攻撃や威嚇を受けた場合、アメリカが核での報復を誓っているため、そうした攻撃をかけようとする側は自国への核報復を恐れて、自制するというメカニズムが核拡大抑止、つまり核のカサである。

アメリカが自国の防衛のためだけでなく 同盟国のためにも最悪の場合の核兵器使用をするという政策は自国の核抑止の同盟国への拡大として「拡大」抑止と呼ばれるわけだ。

日本への敵性をときにむき出しにする北朝鮮や中国が実際に日本への核攻撃を考えれば、当然、アメリカからの核反撃を覚悟しなければならないことになる。そんなときに日本としてはアメリカの核兵器の存在や効用を全面否定する今回の条約に賛成するわけにはいかないのは自明だといえよう。核兵器が平和や安全を守るという皮肉な実効はアメリカとソ連がたがいに多数の核兵器を配備して対立した東西冷戦時代にも実証されたのである。

だがそれでも朝日新聞は核兵器禁止条約の採択を「国連総立ち 拍手・涙」という筆致で歓迎していた。この条約を支持した日本の被爆者たちの「やっとここまでこぎ着けた」というようなコメントを大きく伝えていた。この条約がいかにも実際の核兵器の禁止につながるように思わせる報道だとすれば、真に核兵器を忌避する人たちへの偽善や冒涜だともいえるのではないだろうか。

トップ画像:広島市原爆ドーム ©UNITED NATIONS 2017


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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