日本も安価な火力発電でAIを推進すべきだ このままでは米中に置いてきぼりを食らう

杉山大志(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹)
【まとめ】
・世界的なAI普及で電力需要が急増し、安価で安定した供給が競争力を左右。
・米中は火力発電を軸にAIデータセンターを拡大、日本は電力制約で後れ。
・日本もGX依存を見直し、火力発電活用でAI産業基盤を強化すべき。
世界の電力需要は、これから10年で歴史的な拡大局面に入るという。背景にあるのは、生成AIが利用するデータセンターの爆発的増加だ。AI はもはや単なる流行りの技術ではない。国家の競争力を左右し、経済成長率を左右する産業インフラに変わった。AIを使いこなせる国が勝ち、使いこなせない国は衰退する。
データセンターの電力消費は今後さらに跳ね上がる。米国のマーク・P・ミルズ氏著のAIとエネルギーに関する詳細な報告書「The Rise of AI: A Reality Check on Energy and Economic Impacts」にあるように、世界のデータセンター向け電力需要は 2024 年の 415TWh から 2030 年には 945TWh に達し、約530TWh増えると国際エネルギー機関(IEA)は予測している。増加分の約半分が米国(約240TWh)とされる。
更にミルズ氏は、データセンターだけでなく、ネットワーク・半導体工場を含む「デジタル関連電力需要」全体で、2030年代初頭までに、米国だけで最大年間1,000TWhの追加電力が必要になる可能性があると試算している。これは日本全体の電力消費量に匹敵する規模である。
同氏によれば、米国ではこの データセンターの電力は主に火力発電でまかなわれることとなる。すでにその動きは始まっている。たとえば今年、米国ペンシルベニア州で開かれた「AI&エネルギーサミット」では、天然ガス火力を利用した電力供給インフラとデータセンター関連インフラへの並行した 920億ドル(約13兆円超)規模の投資計画がアナウンスされた。
さらに米国では、トランプ大統領の「美しくクリーンな石炭」大統領令によって、石炭を国家・経済安全保障上重要なエネルギー源とし、石炭火力インフラをAIデータセンター向けに活用し得る地域を特定し、その拡張策を検討するよう関係省庁に命じた。
一方で、中国では、2023年の1年間だけで、約4,700万キロワットの石炭火力発電所が運転開始したと報告されている。これは、日本の全石炭火力発電所の設備容量(約4,800万キロワット)にほぼ匹敵する規模だ。日本が何十年もかけて建設してきたのと同じだけの石炭火力発電所を僅か1年で建設している。中国は安価な石炭火力発電所で勝負を仕掛けてくるのだ。
前述のミルズは、データセンターのトータルコストにおいて、光熱費(電気代)は設備投資と並ぶ最大級のコスト要素になっていると指摘している。すると 電気代が高い国は、AI 競争で負けることになる。逆に、安くて安定した電気を迅速に供給できる国は、AI投資を世界から引きつけることになる。
太陽光発電や風力発電では、電気代は高くなる。また24時間稼働を続けるデータセンターへの安定的な電力供給もできない。原子力発電を新設するとなると時間がかかる。当面の解決策としては火力発電に頼る他無いのだ。
翻って日本はどうだろうか。データセンターの立地は米中に比べて動きが鈍い。それでも、千葉県印西市などでは、すでに電力系統への接続待ちが発生していて、データセンター建設の申込が電力会社の受け入れ能力を大きく上回っていると報じられている。
日本のエネルギー政策は菅義偉政権の2050年カーボンニュートラル宣言以降、GX(グリーントランスフォーメーション)の軛の下に置かれてきた。再エネ最優先なる構想に固執した結果、電気代は高騰し、毎年のように節電要請が出されるようになった。原子力再稼働は急務だが、これだけでは2030年代のデータセンター向け電力を賄い切れない。再エネは高価かつ不安定である。
いまこそ、日本はGX の軛を解いて、火力発電でAI を推進する国家戦略を発動すべきである。
そうすれば、以下のような展開が可能になる。
まず第1に、既存の火力発電所の稼働である。近年、CO2排出を理由として、火力発電所に対して不利な規制や賦課金などがいくつも導入されてきた。このため、多くの火力発電所が低稼働になり、あるいは廃止に追い込まれている。このような制度は廃するべきだ。
元来、石炭火力と天然ガス火力は、安価で安定した電源である。GXの軛から解放し、その実力を発揮させるべきだ。
その上で、データセンター誘致を進めることで、既設の火力発電所をデータセンター 用電源としてフル稼働させる。
第2に、新規の火力発電所の開発を進めることである。米国が天然ガスと石炭を、中国が石炭を活用するように、日本も天然ガス火力と石炭火力を活用すべきである。
第3に、既存の火力発電所にデータセンターを建設することである。これについては、すでにJERA が横浜港臨港地区に立地する火力発電所構内におけるデータセンター事業に関する覚書を締結したと発表しているが、同様な事業は全国で各社が展開できるだろう。
第4に、新規の火力発電とデータセンターのパッケージ型インフラ開発を国家の戦略として進めることである。これには、火力発電インフラがすでに整っている地域、例えば千葉湾岸、大阪湾岸、北海道苫東などが候補地になり得るだろう。
日本はこれまでGXのために「脱炭素電源地域」「水素モデル地域」などを作ってきたが、再エネや水素などでは経済成長に何ら資することはない。また政府はデータセンターの電力需要対策が必要なことを認め「ワット・ビット連携」を謳っているが、GXの軛があるために、最も重要な解決策である火力発電所の活用という手段が欠けてきた。火力発電を活用することによってこそ、電力インフラとデジタルインフラを同時に建設する一体型開発が競争力を持つようになるのだ。

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この記事を書いた人
杉山大志キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
【学歴】
1991年 東京大学 理学部物理学科卒業
1993年 東京大学大学院 工学研究科物理工学修士了
【職歴】
1993年~2017年 財団法人 電力中央研究所
1995年~1997年 国際応用システム解析研究所(IIASA)研究員
2017年~2018年 一般財団法人キヤノングローバル戦略研究所 上席研究員
2019年~ 一般財団法人キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹
2019年~ 慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 特任教授

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