高市外交の出自と展望(下)日本を「普通の国へ」

古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
【まとめ】
・高市首相は、国際会議や日米会談で「自由で開かれたインド太平洋」を掲げ、中国の行動を批判し、日本の防衛力強化と日米同盟強化を推進している。
・高市首相の政治姿勢は、日本の主権を基盤とし、これを脅かす外部勢力を排除するという明確な意思の表れであり、靖国神社参拝もその一環だ。
・高市首相は、故・安倍晋三氏の志を継ぎ、戦後日本の「異端国家」状態を是正し、国際基準に合致した「普通の国」への国家正常化を目指している。
高市早苗氏は10月21日に総理大臣となった。だがその直後の26日には東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議に出席した。場所はマレーシアのクアラルンプールだった。
高市首相は本来、日本とは良好な関係にあるタイ、フィリピン、インドネシアなどの首脳と親密な交流ぶりをみせた。この点は石破茂前首相のいつも一人ぽっちとは対照的だった。
この首脳会議で高市首相が最も強く主張したのが「自由で開かれたインド太平洋」という政策標語だった。この標語は明らかに中国への抗議であり、抑止だった。中国の体制は国内では完全な政府の独裁、国際的にも問答無用の軍事力の行使へと走る。つまり「自由」でも「開かれ」てもいないのだ。この点での対中抑止はアメリカやイギリスの主張とも一致する自由民主主義の主唱である。
高市首相はこの会議の直後、東京でのトランプ大統領との日米首脳会談にのぞみ、日本の防衛力の抜本的な強化を誓った。日本を防衛するための抑止力の増強であり、この点は保守主義というよりも、どの国家でも最重視する自国の安全保障である。
トランプ大統領は高市首相のこの宣言を歓迎し、アメリカの日本防衛の責務を強調したうえで日米同盟の大幅な強化を言明した。トランプ氏は高市氏について「安倍氏からあなたへの高い評価をよく聞いていた」とも述べ、明らかに保守志向への連帯感を示した。
高市首相は日米首脳会談の直後、韓国へ飛び、アジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会談にも出席した。この場でも高市首相は中国やロシア、北朝鮮の国名をあげて、「国際紛争を軍事力で解決し、他国の主権を脅かすことへの反対」を繰り返した。
中国の習近平国家主席との首脳会談でも高市首相は尖閣周辺への中国の武装艦艇の侵入などを日本の主権への侵害だとして非難した。歴代の日本の首脳よりも明確な表現で中国の行動を批判したのだった。
さて高市氏が頻繁に言明する日本の主権とはなにを意味するのか。
主権とは独立国家の絶対の権利である。他国から干渉されない独自の権利としてそれぞれの独立国家が固有の権限として保持する。その主権を国民が保持する、つまり、主権在民こそが民主主義の基本である。だから日本の主権とは日本国の独自の権利であり、利害となる。この保持を強く主張することは独立国家では自明となる。
高市氏はこの日本の主権を日本の防衛や安全保障と結びつけて、明確に語る。日本が独自の主権の執行を主張する限り、その主権を脅かす外部勢力の動きは断固、排さねばならない、という趣旨である。
高市氏が中国や韓国の反対にもかかわらず靖国神社への参拝を続けてきたのも、この日本の主権の保持という基盤があるといえる。自国を守るために戦って命を落とした先人の霊を悼むのは、現国民の自然な慣行である。その祈りを外国からの政治的な命令で止めるとなれば、日本の主権の自損行為となろう。
こうみてくると、高市早苗という政治家の基本姿勢は日本を主権国家として国際基準からみて普通の国にすることを志すといえるようだ。
戦後の日本はアメリカ占領軍によって作成された憲法を押しつけられた異端国家である。敗戦後からわずか半年の1946年2月、米軍を主体とする連合国総司令部は日本国憲法を10日ほどで書き上げた。私自身、その作成の実務責任者だったチャールズ・ケーディス氏にその後、長時間、回想を聞いたことがある。その際にこの憲法の米側の最大の狙いは何だったのかと問うと、彼は「日本を無期限に非武装にしておくことだった」とあっさり答えた。「無期限」とはつまり、永遠に、という意味である。
その結果が憲法9条の戦争や戦力の放棄、憲法前文での自国の安全を他国民の信義や公正に委ねるという主張だった。日本の国民の多数派はこの枠組みを受け入れ、政府はアメリカとの同盟に日本の防衛を依存する道を選んだ。
戦後の日本は政治、経済、社会、文化と国づくりの多様な面で成功を重ねてきた。だが自国を防衛するという安全保障だけは自縄自縛だった。自国の防衛を自ら抑えるという国家は国際的には異端である。ハンディキャップ国家だともいえよう。防衛という面に大きな穴があることは国家の主権にもブレーキをかけてしまう。
この日本の異端を憲法改正などにより是正して、普通の国、正常な国家にしようとしたのが故・安倍晋三氏だった。日本の主権の完全な回復を目指す努力だともいえた。この日本を全世界の他の諸国のように、自国の防衛をきちんと果たす主権国家にしようという意図だった。
高市早苗氏もこの安倍氏の志に同調してきたことは明白である。だから高市氏もまず日本を国際的にみて普通の国にすることを目指しているのだといえる。日本を政治、経済、社会だけでなく防衛面でも国際基準に合致した国家にする志だろう。その努力自体を保守主義という言葉だけで総括することは正確ではない。その目的は日本という国の国家としての正常化、国際基準への合致という要素が主体だからである。
(終わり。上はこちら)
写真)日・ASEAN首脳会議に出席する高市首相 2025年10月26日 マレーシア・クアラルンプール
出典)首相官邸




























