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スポーツ  投稿日:2025/12/5

電通調査が示した東京2025世界陸上スポーツビジネス「新勝利の方程式」 支持率65%の熱狂が暴いた成功の正体


松永裕司(Forbes Official Columnist) 

 

【まとめ】

・「テレビの復権」と「デジタルの補完」という、現代的なメディア接触の構造が浮き彫りになった。

・スポーツにおいて、若年層は「記録」よりも「リアル」を求めている。

・2025世界陸上はスポーツの「求心力」を再認識させた。

 

2025年9月、18年ぶりの日本開催となった「東京2025世界陸上」は、国立競技場において61万9288人の動員を記録し、成功裡に幕を閉じたのは既報通り。

61万9288人が目撃した「日本の復活」

https://japan-indepth.jp/?p=88926

株式会社電通は12月1日、同グループ会社「スポーツ未来研究所」によるレポートを発表。本調査データは、世界陸上が単なる「スポーツ大会」の枠を超え、社会的・経済的インパクトを日本に残した事実を詳らかにし、成功をさらに裏付ける形となった。

実際の調査は、株式会社電通マクロミルインサイトが担当。日本全国の18歳から69歳までを対象とし、9月24日から28日にかけ、サンプル数3000人のインターネット調査を実施した。このデータに基づき、行動、感情、そしてメディアの観点から「東京2025」の成功を因数分解、今後のスポーツビジネスおよびイベントマーケティングにおける重要な示唆を掘り起こしてみた。なお、電通は世陸を含む国際陸上競技連盟(現在のワールドアスレティックス)主催大会2020年から29年までの独占マーケティング権および放送権を取得している。

■分断の時代における支持率65%の重み

大規模な国際スポーツイベントの開催には、常に巨額のコストと運営リスクが伴い、開催是非を巡る世論の分断がつきものだ。批判が相次ぐ状況により、札幌五輪招致のように立ち消えとなるケースさえ散見されている。しかし、本データは東京での世陸がその壁を乗り越えたことを示している。

調査によると、大会が日本で開催され「良かった」と回答した人は全体の65.2%に達した。一方で「そう思わない」とするネガティブな反応はわずか4.9%。現代の多様化した価値観の中で、ひとつのイベントに対し6割を超える層が肯定的、かつ否定派を5%以下に抑え込んだという事実は、驚異的な「社会的合意」の形成と評価できる。

着目すべきは、この数字を牽引したのが若年層だった点。18〜29歳の男性層に絞ってデータを見ると、開催肯定派は70.1%に跳ね上がる。女性18〜29歳層でも69.3%と極めて高い。一般的に、若年層はテレビ離れや既存の権威的なイベントへの無関心が叫ばれて久しい。しかし、本大会において若年層は、シニア層(60〜69歳男性の66.5% )をも上回る熱量でこのイベントを受け入れた。これは、スポーツコンテンツが持つ本質的な魅力が、デジタルネイティブ世代にも十分に通用する証明でもあり、適切なコンテクストさえあれば、若者も「リアルな体験」を期待している現れと受け取れる。

イベントの成功指標として欠かせないのが「関与率」。調査によれば、世陸のテレビ中継等を含む観戦経験者は61.3%に達した。単純計算では、国民の5人に3人がこの大会を目撃したことになる。

ビジネス視点で見れば、単一のコンテンツで市場の60%にリーチできるメディアは現代において多くはない。大谷翔平の大車輪の活躍により、侍ジャパンがワールド・ベースボール・クラシック(WBC)において世界一奪還を果たしたレベルだ。また、その内訳も興味深い。もっとも観戦率が高かったのは60〜69歳男性(69.7%)だが、次いで高かったのが18〜29歳男性の69.0%。「シニアが観る」という陸上競技のステレオタイプは覆された形だ。孫の世代と祖父母の世代が、同じコンテンツをほぼ同等の熱量で消費。これは、マーケティングにおいて極めて稀な「世代間共振」現象であり、マスマーケティングの理想形とも言えそうだ。

■「テレビ×SNS」ハイブリッド・エンゲージメントの勝利

では、こうしたファンはどのように熱狂したのか…。データは「テレビの復権」と「デジタルの補完」という、現代的なメディア接触の構造を浮き彫りにした。

なにしろ圧倒的な情報接触経路となったのは、依然として「テレビの試合中継/告知」、その割合は71.9%もあった。Web記事(12.6%)やSNS(8.4%)を大きく引き離し、ライブコンテンツにおけるテレビ中継の王座はいまだ揺るぎがない点が示された。中継局TBSの幹部は、このデータを眺め狂喜しているのではなかろうか。スポーツという「ライブ中継」が重要視されるコンテンツにおいては、テレビは「オワコン」ではないという証だ。日本ではなかなか見られない現象ながら、海外においてスポーツの放映権料が高騰する理由は、この「ライブ中継」という、唯一残された金脈であるからに他ならない。現代において、ドラマもリアリティショーももはやライブ視聴する必要はない。オンデマンドにより、いつでも好きな時間に視聴できる時代となった。しかし、スポーツだけは、ライブ視聴しなければ、その価値を失うが故に、米市場などではCMが高騰し、その恩恵を受けている。ご理解頂ける通り、ライブ視聴でなければ、CMなど早送りでスキップすれば済むからだ。世界的には、そこにスポーツ・ライブ中継の価値がある。

しかし、ここで見落としてはいけないのが「世代によるチャンネルの使い分け」。全体では8.4%に過ぎない「SNSの投稿/広告」は、18〜29歳男性においては20.8%に急増。彼らはテレビで試合を観戦しながら、手元のスマートフォン、SNSを通じ共感や裏側の情報を補完していた。

出典)電通「東京 2025 世界陸上」の観戦実態・ メディア接触調査 を実施

さらに、若年層男性において「Webの記事」への接触も15.7%と、全体平均(12.6%)を上回っている。彼らは受動的にテレビを見るだけでなく、能動的に情報を検索し、深掘りする。この「テレビで認知と感動を作り、デジタルで理解度を深める」という両輪こそが、今回の若年層の高い満足度(開催して良かった70.1%)を生み出した要因だろう。

■若年層は「記録」よりも「リアル」

なぜ、これほどまでに人々は熱狂したのか。その「魅力の源泉」に関するデータに、次世代のスポーツビジネスのヒントが隠されている。

全体で見れば、最大の魅力は「世界最高峰のアスリートが集まる大会である」(30.0%)という、競技レベルの高さそのものにあった 。次いで「世界記録や名場面が期待できる」(20.1%)が続く。しかし、ここでも世代間の「感性のズレ」が興味深いデータとして表れている。18〜29歳男性は、他の世代に比べ「競技場の臨場感・演出が魅力的」、「SNSやメディアで選手の素顔が知れる」を魅力として挙げる割合が高かった。

この世代は単に「速い」「高い」という競技記録、結果だけを消費しているのではなく、スタジアムの光や音の演出、そしてSNSを通じて垣間見えるアスリートの人間性やバックステージのドラマ……すなわち「文脈(ナラティブ)」と「没入感(イマーシブ体験)」を含めたパッケージ全体をエンターテインメントとして消費したのだろう。一方、60代層は「世界記録」や「日本人選手の活躍」に重きを置く傾向がある。この「競技中心のシニア」と「演出重視の若年層」という二つのニーズを、一つの大会運営の中で満たしたことが、今回の高い評価に繋がったと考えられる。

さて、気になるのは、この熱狂が一過性の「打ち上げ花火」で終わったのか、それとも社会に持続的な「種」を蒔いたのかという点。結論から言えば、世陸は日本人のメンタリティと行動に変化をもたらしたとして良いようだ。

観戦後の変化として、24.0%が「選手の活躍や大会運営に感動し、勇気をもらった」と回答。これは抽象的な感情論に聞こえるかもしれないが、無視できない「社会的資本」の向上でもある。

さらに重要なのは、具体的な行動変容。「陸上やスポーツ全般への関心が高まった」と回答した人は21.2%に上る。そして一部の層では「健康維持や体力づくりを意識するようになった」「自分も運動やトレーニングを始めたい/増やしたいと思った」という、直接的な健康行動への意欲向上が確認された。スポーツ観戦が、自身の健康投資へのトリガーとなったのである。これはスポーツジム、ウェア、栄養食品、ウェルネス産業全体にとっての追い風であり、大会がもたらした見えざる経済波及効果と言えるだろう。

また、50〜59歳女性や18〜29歳男性においては、「家族や友人との会話や交流が増えた」という回答も目立った。デジタルデバイスによる個の孤立が進む現代において、スポーツという「共通言語」がコミュニティの紐帯を再結合させた意義は深い。

■スポーツの「求心力」を再認識させた2025世界陸上

電通のデータが語る世界陸上成功の正体。それは、単なる大会ではなく、分断された世代を繋ぎ、停滞したマインドセットを再起動させる「社会的装置」としての成功だ。

まずは、デジタルとリアルの融合演出により、若年層の取り込み、Z世代をも熱狂に巻き込んだ。また、いまだテレビの力強さを示しつつデジタルの拡散力を組み合わせ、国民の6割に観戦を促した。さらに「見る」スポーツから「する」スポーツ、そして「語る」トピックへと昇華させ、ウェルネスとコミュニケーションの活性化に寄与。こう結論づけることができるだろう。

ビジネスの世界では、ROI(投資対効果)が厳しく問われる。しかし、本大会が示した「支持率65%」と「勇気を受け取った24%」という無形資産は、短期的な収支決算書には表れない、日本の未来に対する投資と前向きに捉えたい。

先日、長年「世陸のオフィシャルタイマー」を務めるセイコーの、コーポレートブランディング部マネジャーによる講義に参加。そこに集ったメーカーや連盟の関係者から「世界陸上は成功にはほど遠かった」などという意見も聞かれたが、やはり「成功」の基準はデータに基づき検証すべきであり、個人の感傷や感情にあまり重きをおくべきではないだろう。待望された東京五輪が無観客開催となり、その後の各種スキャンダルにより、大手代理店が官公庁から締め出され、日本スポーツ界は弱体化。一時は、国際大会の開催があやぶまれた経緯を振り返れば、この「新勝利の方程式」は、次世代への投資として、しっかり活かしたいものだ。

こうしてデータが示した「人は何に心を動かされ、どう行動するのか」という知見は、他ビジネスにとっても貴重なベンチマークとなるに違いない。

参考文献

・電通「東京 2025 世界陸上」の観戦実態・ メディア接触調査 を実施

写真)Day 3 – World Athletics Championships Tokyo 2025

出典)Patrick Smith / スタッフ/Getty Images

 

 


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