首相の「そんなこと」発言、存立危機問題にも影落とす?

樫山幸夫(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員長)
【まとめ】
・高市首相の「存立危機事態発言」をめぐって中国が対日圧力を強めているが、日本国内でも批判する動きが台頭している。
・首相のミスが発端であるにせよ、いまは論難すべきではなく、国家・国民が結束して中国に対抗する時だろう。
・そうしたなか、政治資金をめぐって飛び出した「そんなこと」発言は、首相支持の機運に水を差す事態を招きかねず、極めて有害だった。
■ 政治資金問題軽視の姿勢を露呈
高市首相による「そんなことより・・」云々は、甚だしく不見識、「存立危機事態発言」より深刻だろう。
11月26日、立憲民主党の野田佳彦代表との党首討論で、企業・団体献金の規制強化について聞かれた際、首相はあろうことか「・・そんなことより、ぜひ(議員の)定数削減をやりましょう」と言い放ち、話題を定数問題にすり替てしまった。
討論はここで時間切れ。野田氏は終了後、「政治の信頼に関わる重大な姿勢だ」、公明党の斎藤鉄夫代表も政治改革への姿勢に疑問を感じざるを得ない」とそれぞれ非難、同様の指摘が広がっている。
木原稔官房長官は「残り時間が少なくなったため、急いで話題を転換する必要があった」と釈明したが、どう好意的に解釈しても通るまい。
いくら言葉を費やしても、政治資金問題を軽視しているという批判に反論できないだろう。
「存立危機事態」発言をめぐる中国の圧力に対抗するためには、与野党、官民が一致団結することが必要だが、「そんなこと」発言が各方面からの失望、反発を呼び、首相への支持が離れて、結束が揺らぐ可能性もあろう。
そうなれば国益上、大きなマイナスになる。
■ 渡航自粛、水産物輸入停止―問題は長期化か
「存立事態発言」問題は依然として収束の兆しがみえない。長期化するとの悲観的な観測もなされている。
今回の事の起こりは11月7日の衆院予算委員会での高市首相の答弁。首相は「台湾を完全に中国、北京政府の支配下に置くためにどのような手段を使うか。戦艦を伴うものであればどう考えても存立危機事態になりうる」との見解を表明した。
中国側は「強烈な不満と断固たる反対」(外務省報道官)を表明し、発言の撤回を求めている。
他国非難の常とう句を弄するだけにとどまらず、先方は、「治安に問題がある」という言いがかりに等しい理由で国民に、日本訪問の自粛を呼びかけ、再開したばかりの日本産水産物の輸入も事実上停止した。
駐大阪総領事がSNSに投稿した「汚い首を斬ってやる」という野蛮なコメントは、これが外交官の言葉かと目を疑わせた。
日本側は、高市発言は従来の政府見解と軌を一にするものであることを強調、中国側の行動について「建設的かつ安定的な関係の構築といった大きな方向とは相いれない」(木原官房長官)と反論、総領事コメントについても強硬に抗議し、先方は投稿を削除した。
■ 日本側反応は抑制的
高市発言で不適切だったのは、自身が反省材料としているように台湾、北京政府など具体名を挙げて例示したことだろう。
しかし、軍事力の増強を続け、力による現状変更をいとわない中国は、日本だけでなく各国によっても脅威であり、高市発言の撤回に応じることは外交上、悪しき前例となり将来に禍根を残す。
ただ、日本の反応は全体に抑制的と言っていい。在大阪総領事を「(外交上)好ましくない人物」(ペルソナ・ノン・グラータ)として追放すべきなどという強硬論もあったが、これまでのところ、そうした手段は見送られている。
■ 立憲民主党は党首討論で批判
そうした中で懸念されるのは、官民一体、結束して中国の圧力に対抗しなければならないときに、日本の世論が分裂することだろう。
実際、与野党の一部は、高市首相の〝勇み足〟に対する批判のトーンを強めている。
立憲民主党の野田佳彦代表は11月26日の党首討論で、「独断専行で日中関係を悪化させた。どう責任を感じているか」と追及した。
首相は、先の習近平主席との会談で、戦略的互恵関係を確認したことに言及しただけ。高市氏らしい論点のすり替えで正面からの答弁を避けた。
衆院予算委員会での高市発言を引き出した立憲民主党の岡田克也元外相も、「聞いてもいないのに北京政府がどうこうという議論を展開した。まずいと思って話題を変えた」(11月21日、東京新聞のインタビュー記事)と述べ、質問者の岡田氏自身が驚くほどの問題発言だったことを強調した。
しかし、氏は質問にあたって、首相が昨年の自民党総裁選の際、今回と同様の発言をしていることにることに言及、記事の中でも「有事の瀬戸際など厳しい状況になったとき、間違った判断をするのではないかと心配している」(同)とことさら問題視している。岡田氏の説明を額面通りに受け取ることはできないだろう。
■波紋広げる石破前首相の苦言
野党が〝敵失〟に乗じるのは永田町では日常茶飯事だが、自民党内部、しかも首相経験者による首相批判となれば影響、波紋は大きい。
石破茂前首相は、インターネット番組で高市発言について、「日中国交正常化以後、歴代政権は注意しながら関係をマネージしてきた。言いたいことを言ってやったぜというものではない」(11月23日、ABEMA的ニュースショー)と強い調子で批判した。
石破氏の真意については、米増産の転換など自らの政策に高市政権が変更を加えていることへの不快感という指摘もなされているが、何といっても前首相だ。公開の席で後任を指弾することで、石破氏への同調が広がり国内世論の分裂拡大にを招くことも否定できない。
野田代表も首相経験者、岡田氏は外相経験者だ。世論分断を抑えるべき政界の重鎮が先頭に立って政権攻撃に憂き身をやつす罪は大きい。
繰り返すが、首相自身の失策がことの発端だったとしても、いまはその責任を声高に追及する場面ではない。
批判の矛先は高圧的な要求を振りかざしている中国にこそ向けられるべきだし、いま日本がなすべきは、官民が一致結束して、不当な圧力に対抗、外交交渉で問題解決を図ることだろう。
首相の責任追及はその後でいい。
■ 中国を利する石破前首相の発言
〝敵失〟を誘った野党が攻勢に出るのは、国会論戦の場では日常茶飯事といっていいが、与党内からも首相の責任追及の火の手があがるとなれば、話は変わってくる。
退陣後、動静が伝わってこなかった
■ 内政に影落とす外交の混乱
外交問題は過去、内政にも影を落としてきた。
最近の例では、トランプ政権との間で行われた関税交渉だ。困難な交渉だっただけに一時難航も伝えられ、立憲民主党の野田代表は、参院選のさなか、公然と日本側代表の赤沢亮正経済再生相(当時、現経産相)の更迭を要求した。交渉途中で首席代表が信頼を失うことがどんな意味を持つか首相経験者が知らぬはずがない。その後の展開に影響を与えた可能性も否定できないだろう。
古いところでは、1969(昭和44)年11月、佐藤栄作首相とニクソン大統領(いずれも当時)が沖縄返還で合意した日米首脳会談での共同声明に、「台湾の安全は日本にとって重要な要素」「朝鮮半島の安全は日本にとって緊要」と謳われた。「台湾・韓国条項」といわれる条文だが、冷戦が激しかった当時、革新勢力から格好の標的にされた。
1981(昭和56)年の共同声明事件は今でも語り草だ。
この年5月にワシントンで鈴木善幸首相(当時、鈴木俊一自民党幹事長の父)とレーガン大統領(同)との間で行われた首脳会談で、日米の「同盟」という表現が盛り込まれたが、会談後の記者会見であろうことか、鈴木首相は「『同盟』に軍事的な意味合いはない」と説明、周囲を驚かせた。
各国を刺激するのを避けたのか、「同盟」という表現になじみがなかったからだけなのか判然としないが、米側に強い疑念を抱かせ、日本国内では首相官邸と外務省の深刻な対立に発展。当時の伊藤正義外相が辞表をたたきつける騒ぎに発展した。
写真)野党党首との党首討論に臨む高市首相 2025年11月26日 国会議事堂
出典)Getty Images




























