クラウド電子カルテ、現場は悲鳴!「義務化」は時期尚早

上昌広(医療ガバナンス研究所理事長)
「上昌弘と福島県浜通り便り」
【まとめ】
・厚労省は、医療DX推進のため医療法を改正し、電子カルテの導入を事実上義務化しようとしている。
・しかし、現状は「義務化」できるレベルに到達していない。
・具体的な事例をベースに、着実に議論を積み重ねるべき。
医療情報の共有は災害対策における重要な課題だ。東日本大震災後では、従来型の紙カルテ・院内サーバーの被害が診療復旧を遅らせた。
この点で、クラウド型電子カルテは大きな利点を持つ。従来のオンプレミス型は施設内サーバーが被災すると情報喪失や診療中断が発生しやすいが、クラウド型はデータが遠隔地のデータセンターで多重バックアップされ、洪水・火災・地震時でも患者情報へのアクセスが確保される。
厚労省は、医療DX推進の柱として、医療法を改正し、電子カルテの導入を事実上義務化しようとしている。2030年までに全国の医療機関で100%の導入を実現する方針という。
私は、この方針に反対だ。なぜなら、現状でクラウド型電子カルテの開発は、「義務化」できるレベルに到達していないからだ。最近、このことを痛感する経験をした。本稿で、ご紹介したい。
11月15日、E社が販売するクラウド型電子カルテがシステム障害を起こした。私どもが経営するナビタスクリニックは、同社が販売するクラウド型電子カルテを導入しており、私は、この日、ナビタス川崎で外来診療に従事していた。
11時半頃に、電子カルテにアクセスできなくなった。E社は、平素からクリニックのローカル端末に患者データをダウンロードし、ネット回線の障害時などに対応できるサービスを提供している。
しかしながら、いざ使ってみると、入力作業が煩雑な上、カルテの反応速度が遅く、使い物にならなかった。普段は一人の診療に要するのは数分程度だが、10分以上を要するようになった。患者の待ち時間は伸び、不機嫌になるのがわかった。
事態はさらに悪化した。ローカル端末を使った診療もできなくなったのだ。それは、患者の受付システムがクラウド型電子カルテと連動しているためだ。診療は完全停止となった。待合には患者が溢れ、クリニックの外まで列を作った。

写真:電子カルテのシステム障害により溢れる患者(筆者提供)
この日は土曜日で、約450人の患者が予約していた。インフル接種を希望する家族連れも多かった。クラウド型電子カルテが復旧したのは午後4時。この日、ナビタス川崎で診療したのは357人。約100人が予約を取り消し、あるいは、クリニックにきたが、診療を受けずに帰宅した。
Xでは「システム障害で人をずっと待たせるし、病人ばかりで菌が移るからキャンセル。もう二度と行くことはない(中略)絶対に行かないほうが良い」とお叱りの言葉をいただいた。
当日、受付を担当する医事課の職員は強いストレスに曝された。様々な苦情が寄せられたようだ。業務終了後に慰めの言葉をかけると、涙声になる職員もいた。
11月18日、E社は障害の原因について、「過日に発生したクラウド版システムの障害に関する報告とお詫び」という文章を公表し、「インターネット回線に高負荷が発生したことが直接の原因」と説明した。そして、「当該領域は弊社が物理的にもソフトウェア的にも作業や操作等を与えることができない範囲」と付け加えた。
私は、彼らの主張を額面通りに受け入れることはできない。なぜなら、同社が販売するクラウド型電子カルテは日常的にトラブルを起こしているからだ。ナビタスクリニックは、直近の一ヶ月だけで、8回もトラブルを経験している。担当者からは、「10月14日 (火) 10:06~10:16 (10分)動作遅延 DBへのアクセス集中 サーバー増強作業に起因」などと報告される。このようなトラブルは、2024年4月にクラウド型電子カルテを導入して以降、ずっと続いている。
我々が、この電子カルテを導入したのは、元厚労省職員で、電子カルテなどのコンサルタントをしている人物の提案だ。ナビタスクリニックのような「多店舗・大型クリニックに相応しい」と推薦された。初期の導入費用は、総額2800万円、E社への支払いは、毎月約20万円だ。
機能を追加すれば、別個支払いが増える。例えば、生活保護の医療者証をオンラインで確認しようとすれば約8万円の追加出費が必要だ。
業界最大手のM社が提供するクラウド型電子カルテなら、費用は安い。M社とも相談したが、「個人開業医向けに開発しており、同時に複数の医師が診療するナビタスクリニックには合わない」という理由で導入を見送った。
結局、ナビタスクリニックに適合した電子カルテは、独自に開発しなければならないらしい。我々に、それだけの実力と経験がなかったため、高い授業料を払うことになった。
ただ、E社のクラウド型電子カルテが特別ひどい訳ではない。クリニックでのシェアは約2%だし、調剤薬局では最大手だ。それなりに評価されている。それで、このような状況だ。そもそも、クラウド型電子カルテのシステムが未熟なのだろう。
電子カルテの問題は、一旦導入すれば、他社に変更する敷居が高いことだ。経営難で中小の医療機関は、IT専門の人材を雇えないし、データのフォーマットの標準化が進んでいないため、電子カルテを変更するためには、手間と金がかかる。現時点で、厚労省が「義務化」を求めるには時期尚早だ。
これがクラウド型電子カルテの現状だ。残念ながら、このような状況は、広く国民の間で共有されていない。マスコミはもちろん、医療業界誌ですら、今回のクラウド型電子カルテの事故を報じないからだ。銀行のシステム障害に対する対応とは対象的だ。
ナビタスクリニックが、E社のクラウド型電子カルテを導入して、大きな損失を蒙ったのは「自業自得」だ。我々に実力がなかっただけだ。
義務化は違う。強行すれば、関連企業は巨額の利益を得るが、患者と医療現場には大きな負担を強いることになる。災害時には、改選に過大な負荷がかかり、様々なトラブルを起こす可能性が高い。今回のナビタスクリニックのようなことが起こるだろう。紙カルテやオンプレミス型では、こんなことは起こらない。
クラウド型電子カルテの導入は、具体的な事例をベースに、着実に議論を積み重ねるべきである。
トップ写真:電子カルテ(イメージ)
出典:metamorworks by Getty Images




























