ウクライナ停戦交渉の行方と揺れる東アジア情勢

宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2025#47
2025年12月1-7日
【まとめ】
・トランプ政権によるウクライナ停戦仲介は、当事者の力学を無視したており、ロシアもウクライナも立場を崩さず交渉は進まない。
・トランプ政権はウクライナの内政危機を好機と見たが、ロシアが妥協する状況にはなく、欧州も支援を続けざるを得ない。
・中国がサンフランシスコ平和条約を「無効」とする立場を示したが、サンフランシスコ条約が無効なら、カイロ宣言・ポツダム宣言も無効になり得るのではないか。
2025年もあと一カ月になってしまった。振り返ってみれば今年は例年よりも「疲れる」ことが多かった気がする。何故かな?と考えてみたら、当たり前だった、第二期トランプ政権が始まったからである。一日に「メディアが騒ぐ」ニュースを数本ずつ発信しながら、いずれも整合性がないことを全く意に介さない政権だから、恐れ入る。
ところで、最近は高市首相の「存立危機事態」に関する答弁をめぐる問題ばかり取り上げてきたせいか、他の地域のフォローが疎かになってしまった、と反省している。そこで今回は、久し振りに「ウクライナ戦争」を取り上げたい。それにしても、何故最近筆者はウクライナの話を書かなかったのか?考えてみたら、これも理由は簡単だった。
次の記事を読んで欲しい。12月2日の日経新聞ネット版は「ロシアのプーチン大統領は2日、首都モスクワを訪れた米国のウィットコフ中東担当特使と5時間近く会談した。ロシア政府高官によると、「米国が仲介するウクライナ和平案を巡り領土問題で溝が埋まらず進展はなかった。」と報じているが、これに筆者は全く驚かなかった。驚かなかったどころか、コメントする気にもならない。だって、こんな結末、初めから「分かり切っていた」と思うからだ。決して「後出しジャンケン」ではない。今年夏のアラスカでの米ロ首脳会談の際と同様、トランプ政権の「ウクライナ戦争仲介」の努力には基本的な欠陥があり、恐らく今回もそれが是正されていない、と考えるからだ。
「停戦交渉」成功には、少なくとも当事者の一方に「負けそうだ」と思わせる必要がある。ところが、ロシアは「勝っている」と信じ、当初の戦争目的の遂行に固執している。ウクライナ側も「負けてはいないし、負けられない」と考え、これを欧州諸国は、仮に米国抜きでも、支援せざるを得ないのが実態だ。これでは交渉は進展しない。
このように停戦交渉の基本的「力学」を無視する形で如何に議論を重ねても、進展が見られないのは当然。専門家諸氏は毎日の細かい兆候を解説する必要があるので、どうしても「希望的観測」や「政治的思惑」から、目新しいことを言わざるを得ないのだろう。幸い、専門家でない筆者は「大局」だけを見ているから一喜一憂しないで済む。
筆者の見るところ、汚職問題に直面するウクライナ大統領の内政危機状況を好機と捉え、トランプ政権は「一気に」物事を動かそうとしたのだろう。だが、簡単にロシアが妥協するとは思えないし、欧州諸国も、己の安全保障に直結する大問題だから、黙ってはいられない。まだまだ、「大局が変わる」ゲームチェンジャーは起きていない。
今週もう一つ、気になったのは「サンフランシスコ平和条約」に関する中国側の発言だ。
外交部報道官は11月27日の会見で質問に答え、同条約は「不法かつ無効」だとして、次の通り答えている。ちょっと長くなるが、重要なので全文再録する。
【報道官】いわゆる「サンフランシスコ平和条約」は、中国やロシアなど第二次世界大戦の主要当事国を排除した状態で、日本と単独講和を結び、発表した文書だ。この文書は、1942年に中国、米国、英国、ソ連など26ヶ国が署名した「連合国共同宣言」における敵国との単独講和禁止規定に違反し、「国連憲章」及び国際法の基本原則に違反している。台湾の主権の帰属など、非締約国である中国の領土及び主権的権利に関わるいかなる処置も、不法かつ無効である。
高市早苗首相は、十分な国際法上の効力を有し、かつ「中日共同声明」「中日平和友好条約」など二国間文書で明確に強調されている「カイロ宣言」「ポツダム宣言」には触れず、不法かつ無効な「サンフランシスコ平和条約」のみを強調した。これは、高市首相が今日に至るもなお悔い改めようとせず、中日の四つの政治文書の精神によって確立された中日関係の政治的な基礎を損ない続け、国連の権威を無視し、戦後の国際秩序と国際法の基本準則に公然と挑戦し、ひいてはいわゆる「台湾地位未定論」を煽り立てるという思い上がった企てを抱いていることを、改めて示すものだ。これは過ちに過ちを重ねる行為であり、中国側はこれに断固として反対するものであり、国際社会も強く警戒すべきだ。
中国側は改めて日本側に対し、しっかりと反省して過ちを正し、誤った発言を撤回し、中国への約束を実際の行動で表し、国連加盟国として最低限果たすべき義務を実際の行動で履行するよう促す 。(人民網より)
うーーん、敢えて細かいコメントはしないが、サンフランシスコが無効なら、カイロ・ポツダムも無効になり得るだろ?「第二次大戦後の国際秩序を否定」しているのは一体どちらなのかなあ?読者の皆さんはどう思われるだろうか・・・。
さて続いては、いつもの通り、欧米から見た今週の世界の動きを見ていこう。ここでは海外の各種ニュースレターが取り上げる外交内政イベントの中から興味深いものを筆者が勝手に選んでご紹介している。欧米の外交専門家たちの今週の関心イベントは次の通りだ。
12月2日 火曜日 米特使ら、ロシア大統領と協議
ウクライナ大統領のアイルランド訪問、アイルランド首相と会談
12月3日 水曜日 米を除くNATO外相会議(ブラッセル)
GCC(湾岸協力機構)年次首脳会議(バハレーン)
エジプトで議会選挙(2日間)
仏大統領の訪中(3日間)
12月4日 木曜日 ロシア大統領の訪印(2日間)
12月5日 金曜日 独首相のノルウェー訪問、ノルウェー首相と会談
12月6日 日曜日 独首相のイスラエル訪問、イスラエル首相と会談
12月7日 月曜日 香港で議会選挙
最後は、ガザ・中東情勢だが、ガザで「戦争でも平和でもない」状態が続く中、バチカンが精力的に動いている。ローマ教皇レオ14世は教皇就任後初の外遊先としてトルコとレバノンを訪問、ベイルートでは10万人規模の大規模なミサを開くなど、各地で宗教間の対話と平和共存の重要性を説いた、などと報じられている。日本ではあまり関心がないが、バチカンのカトリック外交は侮れないどころか、潜在的影響力は絶大である。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキャノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。

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