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.政治  投稿日:2018/1/8

酷い歪曲とすりかえ 朝日コラム


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・朝日新聞批判の理由は、言論機関としてあり方に大きなゆがみがあるから。

・去年末、米の9.11陰謀説を朝日新聞自体への非難と同じだとするコラムが掲載された。

・陰謀説は米では既にデタラメと証明されており、朝日新聞への批判とはなんの関係もない。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はhttp://japan-indepth.jp/?p=37957でお読み下さい。】

 

朝日新聞が自紙を批判した評論家らを非難し、訴訟(注1)まで起こした。その反発がさらなる朝日新聞批判を生んでいる。なぜ朝日新聞への批判がこれほどに続くのか。簡単にいえば、公共性を持つニュースメディアとして、言論、報道の公的機関として、そのあり方に大きなゆがみがあるからである。その実例をごく最近の朝日新聞の代表的な記事によって示してみよう。

その前に私自身の立場を明確にしておこう。

私は産経新聞記者として長年、活動し、いまも同新聞の嘱託のようなワシントン駐在客員特派員という立場で寄稿しているが、朝日新聞の批判はまったく一言論人、一ジャーナリストとしての見解の表明である。私は産経新聞に入る前に毎日新聞記者としても長年、活動してきたが、その時代にも朝日新聞を批判する記事や本は何回も書いてきた。朝日批判はあくまで自分自身の意見の表明ということなのだ。

さて最近の朝日新聞のゆがみの実例は以下である。

昨年1231日付朝刊の「日曜に想う」と題するコラム記事だった。筆者は編集委員の大野博人記者、見出しは「もっと『複雑』な自画像を」(リンクはWeb版)となっていた。

この記事の根本のゆがみを最初に総括して述べるならば、アメリカの陰謀説のデマを日本での「反日」というような朝日新聞自体への非難と狡猾に重ね合わせて同じだと断じる「すりかえ」である。

現実にはアメリカでのそのデマと日本での朝日新聞非難とはまったく異質の認識なのだ。だが同コラムは朝日新聞への批判は陰謀説のデマと同じなのだ、と述べているのに等しい。要するに、こざかしいすりかえ、ゆがめ、歪曲の言論なのである。

大野記者はまず東京都内の居酒屋で日本人の若い男性がその友人に語った言葉として以下を引用する。話題は2001年9月にアメリカで起きた9・11同時多発テロだ。

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▲写真 テロ攻撃を受ける世界貿易センタービル 2001年9月11日 出典:The Library of Congres

≪「ニューヨークの世界貿易センタービルなどを標的にしたテロは、ほんとうは米国自身が仕組んだんだ。今やほかの国ではだれもが常識として知っている。知らないのは日本人だけだ」≫

この言葉は大野記者が直接に耳にしたわけではない。ライター・編集者の望月優太さんという人が最近、都内で目のあたりにした場面だという。だがその内容はアメリカでも日本でも、世界の他の諸国でも、もうさんざんにうわさされ、すでにデマとして葬られた陰謀説である。「最近、実際に」聞いたというにはあまりに古く、あまりに手あかのついた根拠のないデタラメ言辞なのだ。

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▲写真 米同時多発テロの再調査を求めるデモ 2007年ロサンゼルス flicker:NoHoDamon

しかも、この都内の居酒屋での場面というのも、そもそも実際にどこの誰が、いつどこで、口にしたのか、まったくわからない。だが大野記者はそんな雲の中の「言葉」をこの長いコラム記事の最大の論拠として使っているのだ。

しかしこのコラムのゆがみの核心、その最もひどい部分は、その陰謀説の「言葉」からひねり出す教訓や意味である。そのひねり出しの過程が支離滅裂、一人よがりなのだ。そのユニークな9・11テロ米国政府陰謀説の日本にとっての意味づけは以下のようだった。

≪グローバル化や少子高齢化で、自分たちの暮らす社会がうまく把握できなくなっている。その不可解さ、複雑さにうんざりして、わかりやすいストーリーを求めたくなる。悪者をさがしたくなる。そこに陰謀論や排外思想、フェイクニュースがつけ込む

以上の大野記者が述べる日本での傾向は冒頭の居酒屋での「9・11テロは米国自身が仕組んだ」というデマと同じ現象だというのである。つまり9・11テロ陰謀説は日本社会の現状の結果であり、症候でもあるというのだ。

ここで9・11テロの実態について明確にしておこう。2001年9月11日に起きたこの事件はアメリカ捜査当局により、「サウジアラビア人のオサマ・ビンラディンを最高指導者とするイスラム原理派テロ組織アルカーイダのメンバー19人によって計画・実行された大量無差別テロ」と断定された。アルカーイダ側もその犯行を自認した。この断定には豊富な証拠が提示された。

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▲写真 アル・カーイダの兵士達 Photo by Noofa2401

これに対し、このテロはアルカーイダの犯行ではなく、アメリカ政府、あるいはユダヤ勢力などによるとする陰謀説は当初から多方面で語られた。だがその証拠が示されることはまったくないまま、アメリカではこの種の陰謀説は無根拠のデマや政治的プロパガンダだと断じられたところで終わっている。

ところが大野記者はこのデマを日本人が「グローバル化や少子高齢化で、自分たちの暮らす社会がうまく把握できなくなっている。その不可解さ、複雑さにうんざりして、わかりやすいストーリーを求めたくなる」から口にするようになったと断じるのだ。

ちょっと待て、である。当のアメリカでは同時多発テロの犯人がアルカーイダだという当局の発表は単純明快であり、真犯人は他にあるとする陰謀論の方がずっと複雑なのだ。

大野記者の主張する「社会の不可解さ、複雑さにうんざりして、わかりやすいストーリーを求める」となれば、むしろ当局の発表を信じればよいのだ。当局の発表が実はウソであり、真犯人は別にいるという説の方がずっと複雑、不可解なのである。

まして日本での「グローバル化、少子高齢化の社会がうまく把握できず、わかりやすいストーリーを求めたくなる」というのならば、9・11テロの犯人はアルカーイダだというアメリカ当局の発表を素直に信じておけばベストなわけだ。それを「複雑さがいやだから、陰謀説を信じる」というのは、「複雑さがいやだから複雑なストーリーを求める」ということになってしまう。そこにも大野記者の主張の支離滅裂さがあるのだ。

大野記者の矛盾は9・11テロの陰謀説の意味を日本に当てはめて「悪者をさがしたくなる。そこに陰謀論や排外思想、フェイクニュースがつけ込む」と断じる点でさらにあからさまとなる。同テロの陰謀説はアメリカでは自国政府を悪者にするのだから、排外思想ではないからだ。たとえ日本人が東京都内の居酒屋でアルカーイダのかわりにアメリカを悪者にしても、排外思想ではないのである。

大野記者は以上のような記述にすぐ続けて以下のように書いていた。

≪でも、日本の社会は簡単につけ込まれるほどヤワだろうか。

言論空間では、「反日」や「国賊」といった排他的な言葉が飛びかっている。(中略)

名指ししやすいだれかを犯人扱いしてすませる陰謀論や排外思想がこね上げるストーリーよりずっとこみいった現実と、それを受け止めている人々≫

この上記の部分がこのコラムの核心であり、本音だろう。「反日」とか「国賊」というのは明らかに最近、朝日新聞への批判で頻繁に使われている言葉だからだ。大野記者は「朝日新聞批判」という点は具体的にはあげていないが、その意図は明白である。朝日新聞に対する「反日」とか「国賊」という表現はコラム記事の冒頭の同時多発テロ陰謀説に等しいと主張しているのだ。朝日新聞批判もデタラメだと言いたい意図がにじんでいる。

だがこの陰謀説はアメリカではすでにデタラメと証明されており、日本での朝日新聞への批判とはなんの関係もないのである。であるのに2つをいっしょくたにする「日曜に想う」の言論はひどい歪曲、すりかえなのである。

 

(注1)朝日新聞の訴訟

森友、加計学園問題を巡る報道を「虚報」とする書籍の出版で名誉を傷つけられたとして、朝日新聞社が去年12月25日に執筆者である文芸評論家小川栄太郎氏と発行元飛鳥新社を相手取り、謝罪広告の掲載と計5千万円の損害賠償を求める訴訟を東京地裁に起こした件。

書籍は去年10月に出版された徹底検証「森友・加計事件」 朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪』飛鳥新社 小川榮太郎

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▲写真

朝日新聞の訴状関連:

小川榮太郎氏ならびに飛鳥新社に対する訴訟提起について」2017年12月25日 訴状全文(PDF

トップ画像(イメージ):flickr: Richard, enjoy my life!

 

【訂正】2018年1月8日

本記事(初掲載日2018年1月8日)の本文中、「いまも同新聞の嘱託のようなワシントン駐在特派員という立場で寄稿しているが」とあったのは「いまも同新聞の嘱託のようなワシントン駐在客員特派員という立場で寄稿しているが」の間違いでした。本文では既に訂正してあります。

誤:私は産経新聞記者として長年、活動し、いまも同新聞の嘱託のようなワシントン駐在特派員という立場で寄稿しているが、朝日新聞の批判はまったく一言論人、一ジャーナリストとしての見解の表明である。

正:私は産経新聞記者として長年、活動し、いまも同新聞の嘱託のようなワシントン駐在客員特派員という立場で寄稿しているが、朝日新聞の批判はまったく一言論人、一ジャーナリストとしての見解の表明である。


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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