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.国際  投稿日:2017/9/8

トランプ氏、弱腰韓国を非難


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・トランプ氏が韓国の北朝鮮に対する態度を「宥和的」とツイッターで非難。

・「宥和:appeasement」という言葉は、ミュンヘン会談でドイツの要求を受け入れた英チェンバレン首相を想起させる。

・韓国は猛反発、米韓関係に波紋広がる。

米韓関係はいま一つの単語によって揺さぶられている。こんな記述も決して誇張ではない。

トランプ大統領が得意のツイートで使った「appeasement(アピーズメント:宥和)」という言葉が大きな波紋をとげとげしく広げたのだ。

この語は敵性、侵略性の強い相手に不必要な妥協や譲歩をして、仲よくしようとする危険な友好姿勢を意味する。トランプ大統領が韓国の文在寅大統領の北朝鮮への姿勢を弱腰すぎると非難したように韓国側では受けとめられたのだ。

トランプ大統領は北朝鮮が6回目の核兵器爆発実験を断行した9月3日、次のようなツイートを発信した。英文を直訳すると以下となる。

「韓国は私がすでに告げていたように、北朝鮮とのappeasementの対話はうまくいかないことをいまや認知することとなった。彼ら(北朝鮮)はただ一つのことを理解するだけなのだ」

この言葉の意味は当然、韓国側がこれまで北朝鮮に対して核やミサイルの問題で宥和的な対話という態度をとってきたと断じたうえで、その宥和がうまくいかないことを、いまこそ思い知っただろう――ということである。

そのツイッターの後半の「北朝鮮が理解するのはただ一つのことだけ」という意味らしい記述はここではあまり問題ではない。最大のポイントはトランプ大統領が韓国に対して「宥和」だと断じたことだった。

appeasement という英語の意味をもう一度、吟味してみよう。英語の一般の辞書でも多様な定義が示されるが、今回のような文脈で使われる場合のその定義はだいたい以下である。

相手の好戦的な要求に対してとにかく和解を優先し、正義や原則を犠牲にしてまで譲歩、妥協、あるいは後退すること

だから日本語での訳は融和ではなくて、宥和とするのが適切だろう。

このappeasement という言葉は近代の世界史でも悪しき外交の実例を示す記録を残している。いわば汚辱の不名誉な言葉なのである。

1938年ドイツのヒトラー総統が拡大政策を開始し、チェコスロバキアの要衝ズデーテン地方の占拠を要求した。それに対してイギリス・フランス・ドイツ・イタリア4カ国の首脳会議がミュンヘンで開かれた。そのミュンヘン会談でイギリスのチェンバレン首相は、ドイツの要求を受け入れてしまった。この受け入れが悪しきappeasement として歴史に残ったのだ。

古森義久写真2 

▲写真:ミュンヘン合意後、英国に戻ったチェンバレン首相        1938年9月30日 /出典)Ministry of Information official photographer, the United Kingdom Government

チェンバレン首相はこの宥和を「戦争の回避」「平和主義のため」というような表現で説明した。だが結局はドイツの侵略を認めるだけでなく、激励する効果を招いたのだ。

そのドイツの動きは結局は第二次大戦の勃発へとつながっていった。安易な宥和政策はかえって戦争を招くという歴史の教訓だともされた。

トランプ大統領は約80年後のいま、その同じ汚辱の表現を韓国側へのレッテルのようにして使ったのだ。韓国側は政府、民間の両方で激しく反発した。いったい、韓国側の言動のどこか宥和なのか。反論反問も絶えない。トランプ大統領もさすがにその後は宥和についての説明も追加もなにも述べていない。

▲北朝鮮の中距離弾道ミサイル「火星12号」/出典)JamesMartinCNS

しかしトランプ大統領、そして彼の政権側に韓国の新任の文在寅大統領北朝鮮に対する宥和的な態度への不信があることは否定できない。文大統領は本来、北への友好的、協調的、融和的な姿勢で知られてきた政治家である。今回の北朝鮮の核やミサイルでの暴挙に対しても当初は対話の重要性を説いてきた。だがごく最近ではトランプ政権の圧力最優先の路線に同調は示すようになった。

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▲写真:就任式に臨む文在寅大統領と夫人 2017年5月10日/出典)flickr Republic of Korea

そんなところにずばりと「宥和」と批判されたのだから韓国側の反発も激しいのは当然でもあろう。文在寅政権は今後も果たしてトランプ政権からみての宥和策はとらないままでいくのかどうか。まだまだ予断は許さない。だがその一方、トランプ氏のこの「宥和」という一言が米韓両国関係を複雑な形で揺るがせているのも現状なのである。

*トップ写真:韓国文在寅大統領と会見するトランプ米大統領 2017年6月30日 ホワイトハウスにて/出典)flickr photo by Natig Sharifov

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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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