[渋谷真紀子]【日系人収容所の物語、ブロードウェイ進出】~GAMAN(がまん)精神で平和で平等な社会へ~
渋谷真紀子(ボストン大学院・演劇教育専攻)
1941年12月7日(日本時間12月8日)真珠湾攻撃は、当時の日本の運命を変える大きな史実ですが、その裏で、当時アメリカに住んでいた日系アメリカ人の生活も一変させました。翌年には、当時の敵国日本への不信感から、アメリカ西海岸に住む日本人移民と日系人約12万人は収容所暮らしを強いられることになったのです。
所有していた土地・家・財産・仕事が全てアメリカ政府に没収されたにも関わらず、収容所から出る際に渡されたのはバスチケットと25ドルのみで、戦後も日系人への差別も厳しかったといいます。このアメリカの歴史の一部は、今までほとんど語られることがなく、アメリカ人でも知らない人もいます。戦後70年ですが、アメリカ政府が正式に謝罪したのは1988年、補償金の配布が始まったのは1990年、今年になって収容伝承のため、国立公園局は全米の強制収容所管理団体や大学に助成金配布が決定される等、ようやくアメリカの歴史として表に出てきているのです。
そして今回、実際に収容所暮らしをした日系アメリカ人俳優ジョージ・タケイさんの経験をもとに創られた新作ミュージカル「Allegiance(アリージェンス:忠誠」が、10月6日プレビュー公演開始、11月8日に公開になります。私は演出部の研修生(全米演出家振付師組合基金より派遣)として携わっています。
新・ブロードウェイミュージカル「アリージェンス」
ジョージさんは、戦後も厳しかった差別を乗り越えて日系人俳優として成功し、ついに78歳で自らの経験から生まれた話でブロードウェー・デビューします。彼が戦ってきた人権問題、現在も続く異質差別(肌の色や祖先のルーツ、ジェンダーアイデンティティが異なることにより受ける差別)が緩和され、アメリカがどんな人にも自由で平等な社会になる為に、「気づき」を与える作品にしたいと多くのクリエイティブ・チームのメンバーも含め制作しています。更に、この作品は伝説のアジア人ブロードウェー・スターのレア・サロンガのブロードウェイ復活作品としても話題となり、チケット販売も好調です。
ストーリーは、主に日系アメリカ人で構成された第442連隊戦闘団の兵士として活躍した主人公サム・キムラ(現在:ジョージ・タケイ、過去:テリー・リアン)と、母親代わりに彼を育てた姉ケイ・キムラ(レア・サロンガ)を中心に描かれた、戦争によって引き裂かれた家族の物語です。
母国アメリカに忠誠を誓い戦い抜く主人公サムと、日本人移民でアメリカ政府の忠誠登録を拒否した父親、逮捕された両親が解放されるまで軍隊入隊を拒否したケイの恋人、家族や愛する人を奪われ家族が元に戻るまで事実を伝え続けるケイ。選んだ道の違いから誤解が生まれ疎遠になってしまった姉と弟が、戦後50年の時を経て和解していくのです。
演出家スタフォード・アリマさんはカナダ人で、日系2世の父親はカナダの収容所経験者です。戦後、父親は中国系コミュニティに入り、中国系カナダ人と結婚された為、スタフォードさん自身はほとんど日系人の歴史に触れることはなかったといいます。
一方、アソーシエイト・ディレクターのメラニー・ロッカーさんは、ハワイ出身の日系人5世で、ハワイの日系人文化の中で育ちました。私自身は幼少期アメリカで過ごした帰国子女ですが、日本で生まれ育った日本人です。日本にルーツのある演出部の3人でも、其々が「Japanese sprit:大和魂」に異なる視点を持っています。
稽古風景:主演のテリー・リアング(左)、演出家のスタフォード・アリマ(右)
私は日本人として、アメリカ人視点での歴史解釈の把握、アメリカに移民してきた日系人の想い・歴史・文化の理解、そして現在アメリカに住む日本人(マイノリティ)として感じること等、様々なレイヤーでこの作品の伝え方を考えてきました。
日本人の視点から、事象の解釈や役柄の創り方がふさわしいかどうかをみることは、私の役割の一つです。作品の中で日本・日本文化・日本語に関することは、演出チームだけでなく、アメリカ人中心のクリエイティブ・チーム(脚本家・作曲家・音楽監督・演出家・振付家)との議論になります。
様々な意見を取り入れるキャパシティのあるチームだからこそ、5年から7年間この作品を育ててきたアメリカ人チームに新入りの日本人が意見し、それが作品を良くすることに繋がっているのかは慎重にならなければいけません。
例えば、オープニングナンバーで七夕の短冊に願いをかけるシーンは、カルフォルニアでのアーティチョークの収穫祝いとしてピクニックをしながら木に短冊を飾ります。日本語の俳句を日本語歌詞としてサビに歌いますが、青空とアーティチョークの青緑が映える昼間に、「月を見る」という歌詞を謡っている違和感から歌詞の変更を提案しました。採用されたものの、以前の歌詞の方がオープニングナンバーのコーラスとして豪華なハーモニーになったと感じる人も中にはいます。
役者さん達は、日本から渡米した日本人の方もいますが、日本語を話さない日系人二世以降か他のアジア系アメリカ人がほとんどです。日本語としての正当性だけでなく、アメリカ人がコーラスで歌って綺麗に聞こえる日本語という視点が必要でした。
また、日本から移民してきた一世とアメリカで生まれ育った二世の違いを描くため、一世の役は日本語の台詞があります。日本語が英語の会話に入り、アメリカ人の役者さん達が話す際に、どれが短くて言いやすくて残りやすいか等も新しい挑戦でした。
当時の歴史を調べ、日本から明治時代にアメリカに移住してきた一世の日本人の役作りのお手伝いも私の役目です。新作なので、ストーリー構成やキャラクター作り等も毎日クリエイティブ・チームでディスカッションを重ねます。日本人として正当性を主張するのではなく、日本文化をアメリカに適応させてきた日系人の文化を尊重することと、大多数は日本語を知らない観客が楽しめるかということも踏まえて意見をしていくことの大切さを痛感しています。こうしてクリエイティブ・チームで信頼関係を築いていく中で、日本関係以外のストーリーやキャラクター創りへの意見も同等に議論できるようになりました。
アメリカ史で語られなかった日系収容所の歴史が、日系人の繊細さと底力を芯に、深く心に染み込む美しいミュージカルへと仕上がってきています。ダイナミックでハッピーなアメリカン・ミュージカルの中に、日系人の我慢(GAMAN)強さと丁寧さを反映した新しいアメリカン・ミュージカルとしてブロードウェイの歴史の1ページに登場します。ジョージ・タケイさんとの雑談から始まったこのミュージカル。7年間の制作期間を経て、いよいよプレビュー公演開始まで残り僅かとなりました。リハーサルは大詰めですが、この新作ミュージカルが、アメリカ国内の差別改善、さらには日米関係の平和の架け橋になることを願います。
◆公演公式サイト
http://allegiancemusical.com/
◆ジョージ・タケイさん関連記事
http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20150815-00080452-toyo-nb&p=3
◆制作秘話ドキュメンタリーシリーズ “TREK TO BROADWAY”
http://www.broadwayworld.com/videoplay.php?colid=1130457
◆作品紹介とインタビュー(プレスイベントより)
http://www.theatermania.com/video/george-takei-lea-salonga-and-telly-leung-introduce_857.html
http://www.broadwayworld.com/videoplay.php?colid=1127332
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