海自の艦艇は脆弱で戦争ができない
清谷信一(防衛ジャーナリスト)
【まとめ】
・11月10日、海上自衛隊掃海艇「うくしま」で火災。1名が未だ行方不明。
・艦艇勤務の深刻な「人手不足」が原因か。
・無人哨戒機の採用を推進し、クルー制を積極的に導入すべき。
11月10日、福岡県沖を航行中の海上自衛隊の掃海艇「うくしま」で火災が発生、機関員一名が未だに行方不明となっている。原因の特定は今後の調査が待たれるところだが、木造船とはいえ、あまりに火の回りが早すぎるし、まして沈没に至ったことに疑問を持つ海自OBもいる。火災事故が発生した原因、更に鎮火が遅れた原因は乗組員の充足率の低さも関係しているのではないか。「うくしま」の定員は45名に対して、朝日新聞の報道では実際の乗組員は38名だったと報じられている。
このため筆者は11月12日の防衛大臣会見で同艇の乗員数を質問したが、中谷大臣は「充足率につきましては、一般的に陸海空含めて90%程度と聞いております」と回答し、「うくしま」の乗員充足率について明言を避けた。その後事務方に問い合わせたが「手の内を晒さない」との解答だった。別にすべての艦艇の充足率を教えろといっているのではない。今回の事故の原因に関係するからこのフネに限定してなのだが、それでも明かさないという。
海自の艦艇の乗員の充足率は低い。最も重要とされている水上戦闘艦であるイージス艦ですら6割程度である。本来乗っているべき乗組員がいないので、乗員は複数の部署を掛け持ったり、長時間勤務を強いられている。それぞれの部署で目が行き届かなくなったり、疲労が蓄積してミスも起こりやすい。当然訓練も十分にできなくなって、練度の維持も難しくなる。この点からも事故が起きやすくなる。
平時の場合、通常水上艦では乗組員を3グループに分け、3時間ごとに当直を交代する「3直体制」を取っている。有事に際して戦闘準備態勢を強化する場合2直体制になり、戦闘時には1直体制となる。充足率が不足ではその体制を維持することは不可能だ。
平時の火災などの事故はもちろん、有事に攻撃された場合のダメージコントロールも「人手」が必要だ。火災の消火活動や浸水防止、負傷者の搬送や手当なども人手が必要だ。
人手がなければダメージを極小化することができずに、被害は拡大する。例えば他国の軍艦なら小破ですむところ、大破や沈没に繋がるだろう。無論人的な損害も大きくなる。沈没ともなれば巻き込まれて、本来助かる乗員も艦と運命をともにすることになりかねない。更に申せば海自の護衛艦や潜水艦は定員の中に医官が含まれているが、乗っていない。唯一の例外は海外任務だけだ。
これで事故や戦闘による負傷者がでれば治療が受けられず助かる隊員も死亡したり、重篤な後遺症を残すことになる。それは「人災」である。筆者は長年歴代の防衛大臣にこの件を質してきたがいっこうに改善する気配はない。
端的にいえば充足率の低い海自の艦艇は練度が低くなり事故を起こしやすいし、戦時に撃沈されやすい。乗組員が死亡する確率は高い。防衛省は海自艦艇の乗組員の充足率を「相手に手の内は晒さない」として非公開にしている。その「相手」とは納税者のことではないか。乗員の充足率が満足なレベルであれば公開しても何ら問題はない。公開できないのは恥ずかしいレベルであるからと見れなくもない。
実は海幕が2009年に「海上自衛隊抜本改革の実行上の指針」を発表している「長期にわたる航海で一般社会から離れるなどの厳しい艦艇乗員としての勤務環境と、現代の若者気質が乖離」とし、護衛艦隊部隊の充足率の向上、定員の考え方の見直し、業務の削減と効率化、女性自衛官の採用・登用の拡大、多角的な広報の推進とし、「護衛艦部隊の充足率については、2014年度までには90%以上に回復することを目標とする」とされていた。2021年に山村浩海幕長は筆者の質問に対してこの目標は達成されたと解答した。
だがそうであれば充足率は満足できるレベルであり、乗員不足は解消しているはずだ。隠す必要はあるまい。筆者が取材する限りこれは事実ではなく、「大本営発表」に思える。実際に海賊対処などに派遣される護衛艦は乗員を掻き集めて送り出していると聞いている。またこの計画で輸送艦などの他の艦艇の充足率の触れていないのは帝国海軍以来の攻撃力偏重だ。
そもそも海自の艦艇勤務は過酷である。狭い艦内で長期の航海であり自由が少ない。その上いじめ、パワハラ、セクハラが横行してきた。人気がないのは当然だ。だから中途退職も多い。中途退職が多ければ他の乗員に余計に負担が増えるので更に中途退職が増える悪循環となっている。海自は最近艦内でWi-Fiの利用可能にしたり、居住環境を改善したりしている。また3年後をめどに、9割の艦艇へのスターリンク導入を目指すとしている。これらは必要な措置だが、応募数を増やしたり、中途離職者を減らすことに成功していない。
対して同じ「船乗り」が多い海上保安庁では「海上安保体制強化に関する方針」を平成28年に定めて中途退職者を減らしている。具体的には入庁後のミスマッチ要因(業務イメージの乖離等)の削減、 柔軟な人事管理(ストレスの少ない初任地配属等)、 相談体制の充実(悩み等の早期把握と対応等)、その結果、急増している若年層(30歳以下)の中途退職率は、近年で1%程度に抑制されている。
乗組員の負担を減らす取り組みのひとつがクルー制の導入だ。クルー制とは同型艦に隻数以上の乗組員のチームを用意して、担当クルーの任務が終り、休息に入ったら引き続き次のクルーが乗り組むことによって艦の稼働率を上げるシステムだ。1つのクルーが航海を終えた後に別のクルーが乗り組む。艦固有の乗員だと艦が定期整備を行うとその間は遊んでしまうが、クルー制ならば別の艦に乗り組むことができるので艦の稼働率が高まる。
これによって乗員の航海時間の短縮と艦艇の稼働率の向上が可能だ。既に米英海軍や我が国の海上保安庁などでは採用されている。
海自でも2017年から第1音響測定隊の音響艦ひびき級で試験的に導入された。同級の2隻に3チームのクルーが編成されて交互に乗り組んで勤務している。この経験をもとにもがみ級のフリゲートにクルー制導入され、3隻あたり4チームのクルーが編成される予定だった。
海幕によればもがみ級クルー制の導入が可能となったのは船体の小型化と省力化で乗員を通常の汎用護衛艦の半分、イージス艦の三分の一程度の90名に抑えたことだ。これが乗員数の多いイージス艦等だと難しい。更に艤装の標準化を厳格に行ったことだ。これまでの護衛艦は同じ型でも個々の艦で艤装がその都度異なっていた。例えば装置の型式や戸棚が全く別なものだったり、別の箇所に据え付けられたりしている。これではクルーが交代したときに戸惑い、支障が出る。戦時であれば尚更だ。
クルー制を導入できれば、例えば海賊対処などの海外任務では交代用のクルーを飛行機で現地の港に送り込んで交代することもできる。従来ならば艦の交代のために中東と日本の間の移動が片道2週間とすれば往復で一ヶ月の航海が必要だ。クルー制ならば日本との往復の航海が必要なくなり、乗員の負担は大きく減る。また燃料も浮く。現在海賊対処派遣艦は移動も含めて半年交代となっているが、クルー制ならば例えば2~3ヶ月交代ということも可能だ。
ところがこのもがみ級のクルー制は実現していない。クルー制に必要な乗員が手当できなかったからだ。計画が実行できないほど乗組員が不足している、ということだ。海幕、防衛省はこの事実を発表することなく、筆者の海上幕僚長会見で明らかになった。
もがみ級は12隻建造され、改良型も12隻建造予定であり、都合24隻となる。3隻に4組のクルー制を採用したのであれば、乗員は更に8隻分、720名ほど必要になるが、海自にはこれが手当できなということなのだろう。逆に言えば、24隻のフリゲートの乗員の負担は重たいままということになり、中途退職者も相応にでるだろう。
クルー制の導入が成功すれば乗組員の負担は劇的に減るはずだった。問題はそれを国民から隠そうとしたことだ。このような失敗してもバレなければいいという組織文化のために自衛隊では自己変革や失敗のリカバリーができないという組織的な欠陥がある。だから人手不足に対する対策もおざなりとなっている。
我が国は少子高齢化が進んでいる。石破政権は自衛官の処遇改善に力をいれるとしているが、現実問題として現在の兵力を維持するのは無理がある。昨年度に確保できた自衛官は目標の半分にとどまり、過去最低を更新した。財務省の財政制度分科会(令和6年10月28日開催)防衛資料によると自衛官候補生の採用数は激減している。また特に任期制自衛官である「士」、いわゆる「兵隊・水兵」の充足率もこれまた低下の一途を辿っている。「士」の充足率は7割弱となっているが、これは士長、1士、2士の合計であり、士長を除けば4割程度に過ぎない。(資料P12)
また同様に「18~32歳人口見通し」は右肩下がりであり、「18~60歳人口と自衛隊の定員・現員について」みても人口は右肩下がりであるが、定員は横ばいに対して現員は低下の一途を経とっている。(資料P14)
いくら防衛省や自衛隊が定員や部隊数を維持すると頑張っても環境がそれを許さないのが現実だ。
そうであればこのような現実を鑑みて定員や部隊数を削減するべきだろう。特に海自の艦隊勤務は不人気であり、その中でも最も任務環境が厳しい潜水艦は尚更だ。潜水艦は先の安倍政権で16隻体制から22隻に大幅に引き上げられたが、この先の乗員の確保は不可能だろう。
防衛省もさすがに危機感を持っているようだ。実は来年度防衛予算概算要求の記者向けレクチャーに際して「第3回人的基盤の抜本的強化に関する検討委員会」の中間報告が配布された。これは極めて異例である。
それだけ防衛省も隊員確保に本腰を入れてきたということだろう。だが方策は優等生的でイマイチ真剣味が感じられない。やりやすい方策に偏って、組織の根幹に関わる、実行に困難を伴う方策からは逃げている印象を受ける。例えば中途退職者は少なからず、いじめやハラスメント、異論を許さない組織文化に起因するがその組織文化を変革への取り組みには言及されていない。この体質が完全しない限り、待遇を上げても効果は薄いだろう。
また同報告書のP25には海自の省力化の取り組みが述べられているが不十分だ。もがみ級FFM(そしてその後継)の導入を謳っているが前述のクルー制については述べられていない。FFMは従来の護衛艦の定員200名に対して、90名であり省力化とあるが、FFMは戦闘艦としての能力は低く、費用対効果は低い。勝てない艦をいくら増やしても無意味だ。むしろイージス艦などの高い戦闘力を持つ護衛艦を、数を減らしても導入すべきだ。
乗員140名の補給艦とわだの後継艦は100名と省力化されていることは評価されてもいい。
ただ海自は艦隊の縮小どころか、今後新たに平素から広域の常続監視を行うために新たに基準排水量1900トンクラス、乗員30名の哨戒艦を12隻導入する。乗員は都合360名、イージス艦1隻分強だ。だが哨戒任務であれば、無人機を導入した方が、より広域を効率よく、より少数の人間で監視できる。哨戒艦は探知能力も攻撃力も低く、海保の巡視船レベルだ。であれば平時の監視は海保に任せたほうがいい。因みに既に海保は海自に先駆けて無人機を導入している。世界の海軍に比べて海自の無人機導入は大きく遅れている。この哨戒任務を無人機に置き換えれば、もがみ級のクルー4隻分となる。つまり16隻分のもがみ級のクルー制を導入できる。
15日防衛省は遅ればせながら、海保も使用している無人機、「シーガーディアン」MQ-9Bを選定、23機を10年でと発表した。来年度予算案に取得費の一部を盛り込む。だがそれによる哨戒機や哨戒艦計画削減などは発表されていない。最大飛行高度は約1万2千メートル。武器や弾薬の搭載は考えていないという。しかも10年もかけるのはあまりにスローモーである。
海自は検討に時間をかけすぎて、先の中期防衛力整備計画整備計画で予定していた護衛艦搭載型無人機が製造終了となって調達できなかった。インド海軍も海自と同時の10月にMQ-9Bの採用を決定しているが、15機を一括契約、同時に空陸軍もそれぞれ8機の派生型であるスカイガーディアンを同時に発注している。
本格的に海上哨戒用のUAVを導入するのであれば、哨戒艦は必要ないし、P-1哨戒機も減らすことができて、かなりの省力化が可能だが、海自にその意図はないようだ。
繰りかえすが、今後の人口の推移をみれば現在の海自の艦隊規模を維持することは不可能だ。戦えないフネを無理やり維持することは税金のムダ遣いということではなく、自らを弱体化させて国防を危うくしている。自衛艦隊の無理な艦隊規模維持を一番歓迎しているのは中国海軍だろう。
「頑張ります」という根性論では問題は解決しないし、現実を納税者に事実伝えず、できるふりをするのは背信行為ですらある。できるというのであれば、具体的な数字と計画を納税者に示すべきだ。「相手に手の内を晒さない」という「相手」とは納税者のことなのか。防衛省と海幕は艦艇乗組員の充足率を納税者に公開して、問題の深刻さを共有し、外部の知恵も借りて対策をとるべきであり、また環境にあわせて現実的に艦隊のダウンサイジングを検討すべきだ。
写真:海上自衛隊の護衛艦 もがみ (2022年11月6日 日本 横須賀)
出典:Photo by Issei Kato – Pool/Getty Images