民主党びいきの二大新聞はなぜハリス不支持となったのか
古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・アメリカ大統領選の終盤で、トランプ氏の勝利が有力視されている。
・民主党支持で知られるロサンゼルス・タイムズとワシントン・ポストは、長年の慣例を破りハリス候補への支持表明を撤回した。
・両紙のオーナーは政治的リスクを考慮したとされ、トランプ政権復帰時の報復を懸念している可能性がある。
アメリカ大統領選も波乱に満ちた長い道程をほぼ終えた。その最終段階では、日本の主要メディアは民主党カマラ・ハリス、共和党ドナルド・トランプの両陣営のののしりあいを拡大して報道する傾向が目立った。「ヒトラー」、「共産主義者」、「ゴミ」、「民主主義の敵」といった誹謗の言葉の押収の報道に集中したのだ。政策論にはまず触れなかった。その原因は当のアメリカ側の報道でもそのような特徴が強いことだったといえるが、日本側は輪をかけて、皮相な報道に走ったようだ。
そんななかで最終段階でのずしりとした重みを感じさせる実質的な動きは、年来、民主党候補を社説で正面から支持してきたアメリカの二大新聞が、ともにハリス候補への支持表明を止めたことだった。なぜなのか。その動きの背景にはいまのアメリカ大統領選挙の隠れた実態までがうかがわれる。
選挙戦の最終段階の10月下旬、ロサンゼルス・タイムズとワシントン・ポストがそれぞれ個別に、今回の選挙では年来の特定候補への公式支持表明をしない、と発表した。両紙とも社内ではすでに民主党ハリス候補への支持表明を準備していたから、そのハリス氏への支持を打ち出さないというのはきわめて意外な決定だった。
アメリカの新聞の大多数は毎回の大統領選挙では自社の意見をEndorsement(支持、承認という意味)という形で表明する。その新聞社としてどの候補を支持するかを社説で明確に述べるわけだ。新聞全体としては民主党支持が圧倒的多数を占める。とくにロサンゼルス・タイムズとワシントン・ポストはともにここ40年ほど一貫して民主党候補への支持を打ち出してきた。
だが今回はロサンゼルス・タイムズは同紙オーナーの大富豪パトリック・スンシオン氏の意思でハリス候補への支持表明をしないことを決めたのだという。同紙の論説委員長はこの措置に抗議して辞任した。同紙の社内でも記者、編集者、コラムニストらの間では民主党支援が岩盤のように固まっていたから、社主の決定への反対が渦巻いた。
ワシントン・ポストも「今回はどの候補も支持しない」とするウィリアム・ルイス最高経営責任者(CEO)の方針を記事として載せた。だがこの措置も同紙のオーナーでアマゾン社の創業者のジェフ・べゾス氏の決定だったことが明らかになった。
同紙もこれまでと同様に、民主党のハリス氏を支持する方針が記者、編集者段階ではすでに決まっていた。だが社主の独断でその方針が覆された。これに対して社内や読者から批判が殺到した。元編集局長は「臆病な決定」だと非難し、コラムニスト約20人も自社サイトに「大きな間違いだ」との意見記事を載せた。公共ラジオ「NPR」はワシントン・ポストの電子版解約数が20万人を超えたと報じた。編集幹部らの退職も相次いでいるという。アメリカのメディア界でも未曽有の騒動となったのだ。
▲写真 ビバリーヒルズで開催された「2024 Vanity Fair Oscar Party Hosted By Radhika Jones」に出席したとジェフ・ベゾス氏(2024年3月10日 アメリカ・カリフォルニア州)出典:Photo by Cindy Ord/VF24/Getty Images for Vanity Fair
さて二つの有力新聞はなぜこんな動きをとったのか。
いずれも民主党びいきの両紙に共通するのはオーナーがアメリカ実業界の超大物だという点である。べゾス氏のアマゾン社の大成功でのビジネス実績はすでに日本でも広く知られている。ロサンゼルス・タイムズの社主スンシオン氏は医学、医療の世界で画期的な商業実績をあげた大富豪である。両氏とも本来は民主党傾斜だが、今回はその民主党候補を公の場では支持することを控えたわけだ。
その理由については両紙の編集陣からは「トランプ政権が再び登場して、政敵のハリス候補を強く支持したメディアや大企業にはなにかと圧力をかけることを恐れたのだ」という観測が一斉に打ち出された。べゾス氏もスンシオン氏もその観測を否定して、「特定候補の正面からの支持はいまの険悪な党派対立をさらに激しくすることを懸念したのだ」と説明した。
だが両氏の態度の背後に明確に浮かぶのは、今回の選挙ではやはり共和党のトランプ氏が勝つだろうという見通しだったといえる。べゾス氏もスンシオン氏ももしハリス候補の勝利が確実だと考えていれば、自分が所有する新聞の年来の伝統的な支持表明にはためらわなかったことも明白だった。実は両紙の編集陣の内部ではこの考察が強く、しかも明確に語られていた。
▲写真 ウィスコンシン州で行われた選挙イベントで、支持者に挨拶する共和党大統領候補のドナルド・トランプ前大統領(2024年10月30日 ウィスコンシン州グリーンベイ)出典:Photo by Chip Somodevilla/Getty Images
トランプ氏が勝つだろうという見通しも、もちろん正しいか否かは開票結果が確定しなければ、わからない。予測はあくまで予測である。的外れに終わる予測など、無数にある。だがそれでも有力新聞を所有する超大物のビジネスマン2人が個人レベルでの民主党支持傾向にもかかわらず、共和党候補が勝つだろうという見通しを立てたと思われる事実は示唆するところが巨大だといえよう。その見通しの成否はまもなく判明する。
*この記事は日本戦略研究フォーラムのサイトに掲載された古森義久氏の寄稿の転載です。
トップ写真:ミシガン州サギノーでの選挙期間中演説する、民主党大統領候補のカマラ・ハリス副大統領(2024年10月28日 アメリカ・ミシガン州)出典:Photo by Bill Pugliano/Getty Images
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。