【兵庫県知事選】SNSで加速する人権侵害と民主主義の危機
安積明子(政治ジャーナリスト)
「安積明子の永田町通信」
【まとめ】
・11月18日、兵庫県議会文書問題調査特別委員会(百条委員会)で、同文書問題を鋭く追及していた竹内英明前県議の辞職が発表。
・県知事選の争点、「斎藤知事の政治的責任を問う」はずが、「元西播磨県民局長を断罪する」ことにすげ替えられていった。
・元西播磨県民局長の名誉は大きく傷つけられてしまった。
兵庫県知事選の投開票が行われた翌11月18日、兵庫県議会文書問題調査特別委員会(百条委員会)が開かれた。そこで突然に発表されたのが、これまで同文書問題を鋭く追及していた竹内英明前県議の辞職だ。
「今回の選挙を通じて、言葉の暴力、ネットの暴力。これが拡散してですね。本人だけではなく、まず家族が本当になってしまってですね。その中で本人はまず、家族を守るのを優先するということです」。
竹内氏が所属した「ひょうご県民連合」の上野英一県議は、竹内氏とその家族が凄まじいネットリンチに遭っていることを説明した。
すでに筆者は別ルートで、竹内氏の家族に対するバッシングがあまりにも酷く、竹内氏が県知事選候補の稲村和美氏を応援するどころか、外出すらままならないことを知らされていた。
そして騒動は竹内氏の議員辞職に止まらなかった。これが果たして民主主義国家での出来事かと疑うほど、今回の兵庫県知事選は荒れまくり、逮捕者も続出した。
兵庫県議会は9月19日、7月に自死した元西播磨県民局長が作成した告発文書問題をめぐって、斎藤元彦知事の不信任を全会一致で可決した。その決議文には「県政に深刻な停滞と混乱をもたらした政治的責任は免れない」と書かれていた。そして斎藤知事は失職を選び、11月17日に兵庫県知事選が行われた。よって選挙の争点は「斎藤知事の政治的責任を問う」のはずだったが、いつの間にか「元西播磨県民局長を断罪する」にすげ替えられていく――。
きっかけはNHK党の立花孝志党首の登場だ。立花氏は10月24日、自分を含めて複数人が兵庫県知事選に出馬することを表明(最終的には立花氏のみが出馬)。斎藤知事のパワハラ問題について独自調査をした結果、「違法行為と認められる事実は見つかっていない」として、「自分の当選を目指すのではなく、斎藤氏を応援したい」と言明した。
兵庫県入りした立花氏に、まずは「片山安孝前副知事の代理」と称する県議が接触し、「手紙」を渡した。それには、「自死した元局長が公用パソコン内に“不倫日記”を保存していた」などと記されていた。さらに「10月25日に開催された百条員会での音声記録」も渡された。その内容は昨年行われた阪神タイガースとオリックスバッファローズの優勝パレードの協賛金キックバック問題について、片山氏が百条委員会で尋問に答えたものの一部だった。なお24日と25日の百条委員会は、県知事選の影響を考慮して秘密会とされていた。
それにしてもなぜこの音声が立花氏に渡され、そして拡散されたのか――。それは片山氏が元局長の公用パソコンに入っていたプライベート情報について言及しようとし、それを奥谷謙一百条委員会委員長が制したからに違いない。
そもそも百条委員会理事会は7月8日、告発文書と無関係の資料について開示しないことを決議した。だから奥谷委員長は元局長のプライバシーに触れようとする片山氏の発言を制したのだが、この音声を公開することで「奥谷委員長は真相を隠している」という印象操作が可能になる。
では立花氏はその「真相」が何だと言いたいのか――。それは立花氏の政見放送で見てとれる。
「この県民局長、百条委員会で調べたところ、不倫していたんですよ、不倫。しかも10年以上もやっていた。しかもなんと、1人や2人じゃないんですよ。複数人の女性と、しかも県庁の女性職員と不倫していました。不倫ですよ。10人ですよ、10年間ですよ」。
後述するように立花氏は投票日前々日、これが「10人は事実ではない」と認めることになるが、この時はそれだけではインパクトが足りないと思ったのだろう。立花氏は11月2日午前1時35分にYouTubeを配信し、不倫については「10年以上にわたって10人以上」と“レベルアップ”させた。さらに「すごい情報が入ってきました!」と前置きした上で、「自殺した県民局長さん、不倫というレベルじゃなかったという可能性が高まりました」「(元局長は)不同意性交等罪に該当する疑いが極めて高い人」「今日、確実なる情報をもらって」「実は証拠はパソコンに全部入っている」と述べ、「副知事はパソコンの中身を全部見ている、証拠としてとっている」と断言した上で、「人事課が全部ちゃんとプリントアウトしてファイルにしている」と付け加えた。
あたかも片山前副知事が不同意性交等罪の“事実”を知っているかのようだ。ちなみに同罪は2023年の刑法改正で、かつての「強制性交等罪」と「準強制性交等罪」を一本化したもので、法定刑は「5年以上の有期懲役」と重く、公訴時効は15年となっている。
仮に不同意性交等罪に該当する行為があったとしたら、少なくとも3月21日に斎藤知事から「徹底的に調査しろ」と命じられた片山副知事は、その事実を知っていることになり、刑事訴訟法第239条第2項に基づく告発義務が生じる。また同罪は非親告罪なので、犯罪成立に“被害者”からの告訴は必要ない。さらに公訴時効にもかかっていない。
また過去10年のうちの斎藤県政の3年間については、斎藤知事の管理責任はどうなるのか。もっとも「道義的責任」を問うたとしても、斎藤知事には理解されないかもしれないが。
立花氏は2日夕方の街宣でも「不同意性交等罪」を繰り返し、翌3日には奥谷委員長の自宅兼事務所前で、「不同意性交等罪、5年以上の懲役がある犯罪があって、それを隠そうとしているんじゃないですか、奥谷さん」とマイクを使って叫んだ。そして「竹内(英明)と丸尾(まき)の事務所にも行きます」と立花氏は宣言。これが“犬笛”となり、竹内氏の家族が震え上がったのだろう。
なお投票日前々日の夜、“ファン”に囲まれた立花氏は求められるままにサインしていたが、聴衆のひとりから「元局長が10年で10人と不倫していたという根拠は何か」と尋ねられ、「根拠はめちゃくちゃ薄いです。10人くらいと言っていた人は1人いた。ただ“複数”という言い方が2人や3人には聞こえない。あえて10年くらいで(相手が)複数ということは、やっぱり5、6人は最低いるのかな」と答えている。そして「政見放送で“10年”と言うべきところを“10人”と(口が)ひっかかって、そのまま10人と言っちゃったみたい」と付け加え、「まあええわ。あまり変わらんわ」と自分で納得した。
こうしてすでに亡くなっているとはいえ、元西播磨県民局長の名誉は大きく傷つけられてしまった。返り咲いた斎藤知事が得た111万3911票の影に、とんでもない人権侵害が存在したことになる。
「NHKをぶっ壊す!」は立花氏のキャッチフレーズだが、亡くなった元局長とその遺族の名誉や竹内氏らの生活はまさにぶっ壊されていった。そしてもはや兵庫県自体もまた、ぶっ壊れてしまっている。
トップ写真:イメージ 出典:Robert Way/GettyImages
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この記事を書いた人
安積明子政治ジャーナリスト
兵庫県出身。姫路西高校、慶應義塾大学経済学部卒。国会議員政策担当秘書資格試験に合格後、政策担当秘書として勤務。テレビやラジオに出演の他、「野党共闘(泣)。」「“小池”にはまって、さあ大変!ー希望の党の凋落と突然の代表辞任」(ワニブックスPLUS新書)を執筆。「記者会見」の現場で見た永田町の懲りない人々」(青林堂)に続き、「『新聞記者』という欺瞞ー『国民の代表』発言の意味をあらためて問う」(ワニブックス)が咢堂ブックオブイヤー大賞(メディア部門)を連続受賞。2021年に「新聞・テレビではわからない永田町のリアル」(青林堂)と「眞子内親王の危険な選択」(ビジネス社)を刊行。姫路ふるさと大使。