米中戦争は起こりうる その2 どう戦いが始まるのか
古森義久(ジャーナリスト・国際教養大学 客員教授)
「古森義久の内外透視」
アメリカの大手研究機関「ランド研究所」の「中国との戦争」と題する報告書は戦争への契機として以下のようなケースをあげていた。つまり米中戦争はどのような原因で始まりうるのかという想定である。
(1)東シナ海の尖閣諸島などをめぐる日中両国の軍事摩擦。
(2)南シナ海での中国のフィリピンやベトナムへの軍事威圧。
(3)北朝鮮の政権崩壊による米中双方の朝鮮半島軍事介入。
(4)中国の台湾に対する軍事的な攻撃あるいは威嚇。
(5)排他的経済水域(EEZ)やその上空での艦艇、航空機
の事故的な被害。
以上のような小規模な軍事的摩擦や衝突が米中両国の戦争へとエスカレートしうるというのだった。
日本にとっては米中戦争のその発端の(1)が尖閣諸島をめぐる衝突だというのはショッキングである。尖閣事態は米中戦争の危機をもはらんでいるというのだ。
尖閣諸島に対しては中国は明らかに非平和的、非外交的な解決の道を走り出した。海軍の艦艇や空軍の戦闘機を尖閣近くへ送り、実際の尖閣の日本領海へは先兵として中国海警の武装艦艇を侵入させてくる。日本側がまったく無抵抗とわかれば堂々と尖閣諸島へと上陸してくるだろう。尖閣は中国領土だと宣言しているからだ。
この状況に対しアメリカはもし中国軍が尖閣を攻撃すれば、日本を支援して共同防衛にあたるという方針を示唆している。アメリカの意図にかかわらず、中国と日本が軍事衝突をする危険はすでに目前にあるわけだ。こんな事態に米軍が介入すれば米中全面戦争にエスカレートする可能性も十二分にあることとなる。
(2)の南シナ海では米中の対立はすでに明白である。中国は国際仲裁裁判所の裁定を無視して、新たな人工島などで軍事拡張を続けている。フィリピンやベトナムに対しては武力行使も辞せずという強硬な構えを公然ととる。オバマ政権は南シナ海での中国との対決をなお避けているようだが、フィリピンはアメリカの同盟国だ。そのフィリピンが中国から軍事の威嚇や攻撃を公然と受けた場合、アメリカは座視するわけにはいかないだろう。ここにも米中軍事衝突の土壌が存在するわけだ。
(3)の北朝鮮の金正恩政権の崩壊というシナリオが指摘するのは、米軍が韓国軍とともに朝鮮半島の平和維持や統一という目的を掲げて、北朝鮮領内に進撃する可能性である。
だがそんな事態に中国が動かないはずがない。中国軍も中朝国境を越えて南下するだろう。その場合には米中間にきちんとした不戦の合意はまずないだろう。最初から北朝鮮、あるいは朝鮮半島全体の米中両国の戦略が相互の合意を得ていれば、トラブルは少ない。だがそうでなければ米中両軍が北朝鮮領内で戦闘を始める危険がまちがいなく高くなる。
(4)は台湾をめぐる米中両国の年来の対立から起きうる戦争の可能性である。中国は台湾を自国領土とみなし、台湾の独立への動きは武力を使っても阻むと宣言している。アメリカはその宣言に反対し、「台湾関係法」で台湾の安全保障へのアメリカの関与をうたっている。この点に米中衝突の可能性は長年、常に存在してきた。中国側が台湾有事での米側からのパワー・プロジェクション(兵力遠隔投入)を恐れて、新鋭の弾道ミサイルなどによる「接近阻止」や「領域否定」の戦力強化に努めてきたことも周知の事実なのだ。
(5)は南シナ海をも含めての東アジア全域での偶発的な衝突の可能性である。領海ではないが沿岸国の特権が認められる排他的経済水域(EEZ)は国連海洋法では他国の軍事艦艇の通航も認められる。だが中国だけは国内法で自国EEZの外国の軍艦の航行は中国側の事前の許可を必要とするとしている。アメリカなどの諸国は実際には中国のこの主張を無視しているが、紛争の素地は常に存在するわけだ。また公海でもその上空でも米空両国の軍艦や軍用機が異常接近し、あわや事故という事態も頻繁に起きている。そんな事態が米中間の戦争につながる危険があるというわけだ。
ランド研究所の報告書は以上のようなケースを米中戦争勃発の契機としてあげるのだった。
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。