会談は何故開かれた?木を見て森を見ずの愚 米朝首脳会談総括 その1
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視 」
【まとめ】
・1994年米朝核枠組み合意から両国のやりとりは欺瞞や謀略が最大の特徴だった。
・共同声明に具体性がないからといって全体の枠組みを軽視する事は短絡。
・朝鮮半島をめぐる米朝関係の枠組みでは森が大きく変わった。
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アメリカと北朝鮮との首脳会談が6月12日、シンガポールで開かれた。アメリカのドナルド・トランプ大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長との会談である。この会談の開催は文字どおり全世界に巨大な波紋を広げた。衝撃波を投げたといえよう。
なにしろ長年、たがいに激烈な攻撃や誹謗の言葉を浴びせるだけでなく、実際の戦争行動さえ起こしかねない軍事対決を続けてきたアメリカ合衆国と朝鮮民主主義人民共和国の元首同士が固く握手をしたのだ。
この会談はいったいなにを意味するのか。どんな結果をもたらしたのか。その結果はどの国に利得をもたらし、どの国に損失を生むのか。こうした諸点をめぐり、文字通り、百花繚乱の言説が入り乱れる。ここでは私なりの総合的、立体的な評価を試みたい。
私はワシントン駐在の新聞記者としてアメリカと北朝鮮との間の駆け引きは1990年代から取材対象としてきた。数えきれないほどの記事を書いてきた。1994年に発表された米朝核枠組み合意のころからである。
私自身が体験した米朝間のやりとりは、欺瞞や謀略が最大の特徴だった。より具体的に述べるならば、北朝鮮がウソをつき、アメリカ側をみごとに手玉にとってきた歴史とさえいえた。
なにしろ北朝鮮はアメリカを相手とする交渉では、アメリカに楽観させ、幻滅させ、失望させ、そしてまた楽観させるというプロセスの繰り返しだった。楽観→幻滅→失望→楽観という邪悪のサイクルだったのだ。この点では日本もその邪悪のサイクルの犠牲になってしまったといえよう。
そんな北朝鮮の最高指導者たる若き独裁者がこれまでの対外姿勢のパターンを打ち破って、国外に出て、アメリカの大統領と一対一の会談をしたのだ。この首脳会談が歴史的な意味を持ったことは疑いがないだろう。なにしろ「初めて」ばかりだからだ。
この歴史の変革を思わせる会談の結果はまず6月12日の当日に明らかになった米朝共同声明に集約された。そしてその後にトランプ大統領が記者会見を開き、今回の動きの意味を自由奔放に語った。
この米朝両国首脳の会談と合意を全体としてどう解釈すれば、よいのか。
まず両首脳の握手が象徴する歴史的な新たな枠組みと潮流をみるべきである。会談後の関連各国の官民での論評は多様であり、この会談の共同声明の具体性が不十分だなどとする批判も少なくない。
しかし木だけを見て、森を見ない愚に陥ってはならない。この会談の前と後とのアメリカと北朝鮮との関係の変貌、そして東アジア情勢全体の変化を直視しなければならない。その変貌や変化の裏にはたとえ虚構の要素があっても、まちがいなく大きく変わった部分の存在は否定できないだろう。
アメリカと北朝鮮は長年、敵対関係にあった。つい最近の2018年冒頭まで戦争さえ起こしかねない対決状態にあったのだ。北朝鮮はアメリカ本土に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)での核弾頭発射の能力を喧伝し、アメリカは厳しい経済制裁に加えて、北朝鮮の核やミサイルの拠点を破壊する軍事攻撃の可能性を語り続けた。
とくにトランプ大統領と金正恩委員長の間では戦争にも通じかねない過激で険悪な言葉が交わされた。「チビのロケットマン」「老いぼれ」という類のののしり合いだった。
▲写真 首脳会談に臨む金正恩北朝鮮委員長とトランプ米大統領 2018年6月12日 出典:The White House Facebook
だがいまやその二人が固く手を握り合い、「平和」とか「信頼」という言葉を口にするのである。文字どおりの米朝両国の相互への姿勢の180度の転換だった。その転換がたとえみせかけだけであっても、いまの和平的な言動自体は否定の余地がない。北朝鮮側では現にミサイル発射を止め、核施設の破壊までしてみせる。
軍事対決から和平協調への大転換という、この基本構図の大変化を無視することはできない。その基本構図から目をそむけたまま、米朝共同声明の記述に具体性がないからとして、全体の枠組みを軽視することは、短絡といわざるを得ない。
朝鮮半島をめぐる米朝関係の枠組みでは森が大きく変わったのだ。山が動いたと評してもよい。アメリカという巨大な山と、北朝鮮という小さいが危険な爆発力を秘めた山と、ともに大きく、かつ激しく動いたのだ。
(その2に続く。全5回)
トップ画像/首脳会談に臨む金正恩北朝鮮委員長とトランプ米大統領 2018年6月12日 出典:ドナルドトランプFacebook
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。