中国に及び腰の大手紙社説
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
「宮家邦彦の外交・安保カレンダー【速報版】 2020#28」
2020年7月6-12日
【まとめ】
・中国共産党の意に反すると拘束、訴追できる国家安全維持法施行。
・新法は昨年11月の区議選で民主派が圧勝した後から動き出した。
・香港情勢についての日本大手新聞各社の反応はそれぞれ。
遂に来るべきものが来た。6月30日夜23時に北京で制定された国家安全維持法が、深夜の香港で即日施行されたのだ。新法の詳細は既に報じられており、ここでは繰り返さない。簡単に言えば、中国共産党が気に入らないと思ったら、香港人であれ外国人であれ、誰でも何らかの罪状で拘束、訴追できる「魔法の法律」らしいのだ。
では何故このタイミングなのか。香港関連の過去一年間の本コラムを読み返して分かったことがある。それは昨年11月区議選で民主派が圧勝した後、北京と香港政府が一種の「沈黙」を始めたことだ。その後今年5月に新法制定の動きが急浮上する。コロナ騒ぎもあったが、昨年の選挙結果を見て、北京は腹を決めたに違いない。
改めて、香港関連の記述を振り返ってみよう。
・2019年7月22日号 香港で7週間続く大規模デモにつき、「治安当局が鎮圧する最善の環境は、非暴力を掲げていた活動が過激化し、流血の事態に発展して、民衆の支持が失われること。今こそデモ参加者たちが最大限の自制を示すべき時ではなかろうか。」と筆者は書いた。ところが、実際には一部学生が更に過激化していく。
・8月19日号 中国の介入につき、「中華人民共和国の香港に対する権威が決定的に害されれば、中国は必ず介入すると筆者は思う。言い換えれば、中国共産党の統治の正統性が害されれば中国は容赦しない、というか、嫌でも徹底的に弾圧せざるを得ない、というのが実態に近い。」と筆者は書いている。
・9月2日号 無謀にも筆者は香港に出張し、香港のデモと、1960年代、70年代の日本の学生運動との違いを痛感する。「当時の東京に比べれば、今の香港のデモはまだまだ非暴力的だ。他方、当時の日本の学生運動の参加者には今の香港の若者のような本当の危機感、切迫感はなかったと思う。香港の若者は真剣そのもの、日本の甘っちょろい学生運動とは全く異なるのだなぁと実感した。」と書いている。
・9月16日号 「信頼する現地関係者は一つの『終わりの始まり』が始まっていると見ている。なるほど、ここら辺が『当たらずとも遠からず』かもしれない。」と書いた。振り返ってみれば、どうやらこの頃から潮目が変わり始めたように思える。
・11月11日号 「香港でデモと取り締まりの暴力化、過激化が進んでいる。このまま過激化すれば、学生たちは庶民の支持を失い、香港経済が衰退するだけなのに・・・。」
・11月25日号 「香港の区議選で民主派候補が圧勝した。これで香港の民主化が進む?いやいや、むしろ逆ではないか。これは勝ち過ぎだとすらと思う。筆者が習近平氏なら、これ以上の民主化要求には絶対に応じないと決めるだろう。」
▲写真 香港デモ 出典:Flickr; Studio Incendo
今週はもう一つ、一カ月前に書くには書いたが、ある理由で「没」というか「お蔵入り」した原稿を掲載しよう。本年5月末に北京の全人代は国家安全法導入を決定した。その際書かれた本邦主要日刊紙の「社説」を比較したものだ。その後僅か一カ月で法律が出来た。当時、我々は一体何ができたのだろうか。改めて色々考えさせられる。
【煮え切らない日本大手マスコミの社説】
香港情勢については本邦主要日刊各紙が社説で取り上げている。いずれも香港の自由と自治に対する中国の暴挙を批判する内容に変わりはない。だが、各社説の論調をより詳しく比較してみると、各社の立ち位置や信条が行間から浮かび上がってくるようで、実に興味深い。それぞれ熟慮の末書かれた社説ではあろうが、ここは筆者の視点からの勝手にコメントすることをご容赦願いたい。
まずは朝日新聞の社説から。「眼前で人々の自由が奪われ、人権が侵されようとしているとき、これに異議を呈するのに国境は関係ない。香港への国家安全法制の導入に反対する」と結んでいる。その結論に反対する者は少ないだろう。しかし、筆者が本当に知りたいのはその次の段階だ。新法導入に「反対」する以上、中国に如何に導入を断念させるかについてまで論じなければ、舌足らずだと思うからである。
その点は読売新聞も同様だ。「香港の自由と自治を踏みにじる中国の動きは到底容認できない」とは言うものの、その次の措置には何ら言及していない。これに比べれば、「何よりも、『一国二制度』は香港住民だけでなく、世界に向けた約束でもあった。中国はその原点に立ち戻り、香港を抑圧する法案を撤回すべきである」として、「法案の撤回」にまで言及している東京新聞の方がはるかに論旨は一貫している。
一方、日経新聞の社説はちょっと煮え切らない。「香港の立法府の頭越しの決定は、高度の自治を保障してきた『一国二制度」の変質につながる重大な危機である。香港市民の反発は極めて強く、憂慮すべき事態だ」とするが、まるで他人事のようだ。「反対する」、または「容認できない」とすら言わないのは一体なぜだろう。日本にとって香港には多くの経済的利益がある。その香港の政治的評価には慎重とならざるを得ないのか。
今回、歯切れが良いのは毎日新聞だ。「日中関係の安定のためにも政府は中国に率直に懸念を伝え、香港での自由な政治、経済活動の維持や『1国2制度』の堅持を求めていくべきだ」と踏み込んだ。産経新聞に至っては、「安倍晋三首相自身が明確に撤回を求める必要がある。首相は来月米ワシントンで開かれるG7首脳会議で最優先課題として取り上げるべきだ」とまで書いている。
本来「ジャーナリズム」とはこうあるべきだろうと筆者は思うが、読者の皆様はどの社説がお好みだろうか。・・・一カ月前の幻の原稿はここで終わっている。
〇 アジア
先週、中国海軍は南シナ海に加え、東シナ海と黄海でも軍事演習を実施。一方、米海軍も南シナ海に空母を二隻派遣して演習を行ったそうだ。確かに、米空母二隻は久し振りだが・・・。
▲写真 Nimitz, Reagan Demonstrate Unmatched Commitment to Free and Open Indo-Pacific 出典:Commander, U.S. 7th Fleet
〇 欧州・ロシア
主要EU諸国が海外渡航自由化に舵を切り、日本を含むEU域外の国・地域に対し入国規制の緩和と、14日間の隔離制限を解除したそうだ。でも筆者は行かないが・・。
〇 中東
欧州と表裏一体なのが中東だ。各国とも徐々に平常化を模索し、今月から全面解禁に動きつつあるという。冗談ではない、筆者は欧州以上に、当分中東には行かない。
〇 南北アメリカ
大統領選まであと4か月を切ったが、トランプ陣営の数字が軒並み悪い。普通ならここらで予測の一つもしたくなるところだが、今年は9月中旬まで封印するつもりだ。
〇 インド亜大陸
中印係争地帯での両国兵士間衝突事件後、インドのネット上で嫌中感情が爆発、「中国製アプリをスマホからアンインストールしよう、代替の非中国製アプリを利用しよう」などと盛り上がっているらしい。勿論これに中国が黙っているはずはなく、大きな論争になっている。この流れ、当分続きそうだ。
今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きは今週のキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ写真:香港デモの様子 出典:Piqsels
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。