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.社会  投稿日:2024/4/8

情は人のためならず「想像を超えた難事の日々」海外邦人を支える元外務省医務官のメッセージ


仲本光一(岩手県盛岡広域振興局保健福祉環境技監 兼 岩手県県央保健所長・元外務省診療所長)

【まとめ】

・日本人が海外退避する事態は来ないか?“想像を超える事態”は起こる。

・助けを求める外国(人)に「情をかける」ことは、我々の子・孫の世代が救われることに繋がる。

・感染症の広がりがはやい現代、途上国支援は我々の健康にも繋がっている。

 

現在は岩手県で保健所長をしております。ここ数年間は“災害としてのコロナ”に振り回された毎日でした。前職は外務省医務官であり、26年間勤務していた経験をまとめ、今般、書籍、想像を超えた難事の日々(世論時報社)(※1)を上梓しました。ミャンマーインドネシアインドニューヨークタンザニア、オタワの大使館・総領事館に数年づつ勤務し、各地で貴重な経験をさせていただきました。

ミャンマーでは日本人の使用に耐える医療機関が一つもなく日本人医師も当方だけ、ネットの無い時代であり情報収集・医療対応に苦労した毎日でした。インドネシアでは大暴動が発生し、邦人1万人を脱出させるプロジェクトが実施され、我々は空港につめて脱出する邦人を支援しました。インドでは麻薬にはまる日本人バックパッカーへの対応に追われました。

ニューヨークでは911後の総領事館の対応のまずさ・反省から生まれた邦人医療支援ネットワーク(ジャムズネット※2)の設立に関わりました。タンザニアでは流行しているマラリアでさえ正確に診断できない、交通外傷後の対応もいいかげんな医療レベルの中、被害に遭った邦人患者をいかに早めに先進国に搬送するかで苦労しました。

カナダは国民皆保険で基本的には医療費は無料でしたが、最終的な治療までの待ち時間が数ヶ月単位にもわたる状況でした。米国は加入している保険の金額次第で医療のレベルが決まります。全く異なる両先進国の医療制度の違い、日本の進むべき方向について考えさせられました。

東京、霞が関勤務時代には、北朝鮮に3回出張し拉致被害者支援に関わりました。えひめ丸海難事故では、1年間に4回ハワイに渡航し家族支援に関わりました。イラク外交官殺害事件ではご遺族と共にご遺体を引き取りに現地に行きました。ダッカ・テロ事案でも現地に派遣され、ご遺体の確認作業、ご遺族のケアを担当しました。外務省本省では、こうした経験から得られた知見を邦人支援のためのマニュアルとしてまとめさせていただき、外務大臣から表彰(川口賞)をいただく名誉も得ました。

海外からの帰国後、さらに外務省退職後も、世界の医療事情・医療制度の違い、大規模災害・テロ対応方法などについて、各地でお話させていただいています。救急車が無料、いつでもどこでも安価で最良な医療が受けられる日本のシステムを、サステナブルなものにするには今後何が必要かについてもお話しています。

平和な日本ではありますが、地震・津波他の自然災害のみならず、安倍元総理銃撃事件、岸田総理爆弾投下事件も発生しました。銃撃事件のニュース映像を見て、誰一人として伏せていない、逃げていない状況に驚き、テロ対応の基本について、日本医師会他でもお話させていただいています。

海外で大規模事案が発生した際の邦人退避(日本への避難)のために日頃から備えておくべきことをテーマに、東京(ジャムズネット日本)と岩手(日本災害医学会)でシンポジウムを行いました。この邦人退避関連シンポジウムは基本的には在外の邦人向けの内容ですが、実は裏テーマがあります。それは、日本国内にいれば安全か? 日本から海外へ退避しなければならない事態は来ないのか? 日本人が避難民となって他国にお世話になることはないのか? という点です。

ここ数年を見ても、自然災害以外にも、ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルとハマスの戦争、近隣でも台湾情勢の不安定さが懸念されており、長く安全神話が続いてきた日本にも危機が迫っているように感じています。

昨年はウクライナから避難されてきた邦人(奥様がウクライナ人の妊婦さん)の帰国時の病院手配のお世話をさせていただきました。その彼(ブログ名は“永遠の旅人”)が言っていたことの中に、ウクライナ人の国民ですら、ロシアが本当に攻めてくるとは97%の人が思っていなかった、という言葉がありました。“想像を超える事態”は政治の場でも起こるのです。そして、そうした事態のために我々は日頃どうしたら良いのでしょうか? 

“永遠の旅人”さんのブログの記載の中に、一時避難していたポーランドでは、日頃の両国関係が良好であったため大変親切にしてもらっていた、との記載がありました。東日本大震災が発生した際、当方はタンザニアで勤務していましたが、いてもたってもいられず、NYのジャムズネットのメンバーと共に被災地に支援に来ました。福島原発爆発事故もあり、米国人には退避勧告が出ていました。被災地で印象的だったのは、真っ先に支援に来ていた国々の活動でした。それは、トルコであり、イスラエルであり、台湾等でした。

トルコは1890年に軍艦エルトゥールル号が紀伊半島沖で遭難した際に、地元住民から手厚い救護をうけていました。イスラエルは“命のビザ”で有名ですが、外交官・杉浦千畝さんに数千人が救われています。こうした歴史的な事例を、トルコもイスラエルも現代の国民が皆覚えていて(教科書で教えられていて)、いざ日本に何かあった時はまっさきに助けに行こうという意思があり、駆けつけてくれたと聞きました。

そして台湾も、日本統治時代から多大な恩恵を受けていたとの認識が今の若い世代にも伝わっています。こうした、時を超えた国境を超えた支援の連鎖が、東北大震災への支援につながっていたのでした。「情はひとのためならず」を強く実感した事例でした。

さて、今、世界の中で困難を極めている国の人たち、アフガニスタン、ミャンマー、ウクライナ、ガザ等々、こうした人々のために我々は何ができるでしょうか? 助けを求めに来ている外国の人たちに“情”をかけることは、後々の我々の子どもたち・孫たちの世代が救われることに繋がるのではないかと考えています。

新型コロナでもわかった事ですが、感染症の広がるスピードがこれだけはやい現代では、途上国を含めた世界全体の人々が適切なケアをうけられないと、我々自身の健康も守られないという事実です。WHOがCOVAXというシステムを作り、ワクチンも必ず一定の割合で途上国に按分するようにメーカーに指示している事実につながっています。時代を経ずとも、今、現在の途上国支援が、我々の健康にも繋がっているのです。

当方自身、医師としては10年弱の経験しかなった状況でのミャンマー赴任であり、唯一の日本人医師、究極の“ドクターコトー”でした。目の前の専門外の領域の患者さんに、看護師の手助けも他科の先輩からの情報も得られない状況の中で、何とかたった一人で対応しなくてはならない状態でした。しかし、そうした背景は全ての在留邦人が理解しており、そんな状況下で、若い医師がなんとか頑張って奮闘しているという事実を認識しており、応援・サポートしてくれていました。

ミャンマーのみならず、その後赴任した全ての国でも在留邦人の皆様の支えがあって、何とか一人前の医師に育ててもらえたのではないかと感謝しています。さらに言えば、何百年も前から、海外で苦労されてきた日本人先達の外国での貢献が、日本人に対する信頼につながっているものと感じていました。在外にいて日本人であるということでないがしろにされたり軽蔑されたりすることは一度も経験していません。

そうした状況に感謝し、自分自身として、今できる事の恩返しが、ジャムズネットの活動の背景にあります。私を医師として人として支え・育ててくれた人々へ、今後も支援をしていきたいと思っています。さらに、現地ミャンマーの方々にも大変お世話になりましたので、厳しい政治状況の中ですが、微力ながら支援活動をさせていただいています。

「情は人のためならず」 この言葉を、自身の講演・学生に対する講義の際には必ず伝えています。デジタル情報がどこにいても手に入る現代ですが、特に若い方には、世界に飛び出して、現場を目で見て、実際に世界の人々と触れ合う経験をしてもらいたいと思っています。日本人の先達が築いてきた世界への貢献を誇りとして、矜持を持って、世界で活躍してくれることを期待しています。

※1:『想像を超えた難事の日々』https://seronjihou.com/%E6%9B%B8%E7%B1%8D%E7%B4%B9%E4%BB%8B%E3%80%8E%E6%83%B3%E5%83%8F%E3%82%92%E8%B6%85%E3%81%88%E3%81%9F%E9%9B%A3%E4%BA%8B%E3%81%AE%E6%97%A5%E3%80%85%E3%80%8F/

※2:ジャムズネット https://jamsnet.org/

※3:ブログ「医療落語 博士と助手」 https://hakajyo.blogspot.com/

本稿は、Vol.24061 情は人のためならず 岩手県盛岡広域振興局保健福祉環境技監 兼 岩手県県央保健所長・元外務省診療所長、仲本光一2024年4月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会発行(http://medg.jp)の転載です。

トップ写真:コロナ感染症が広まりつつあった頃のミャンマー・ヤンゴン(2020年3月 ※記事と関係はありません)出典:Paula Bronstein/Getty Images




この記事を書いた人
仲本光一岩手県盛岡広域振興局保健福祉環境技監 兼 岩手県県央保健所長・元外務省診療所長

略歴:


神奈川県川崎市生まれ 


1976年3月、聖光学院中・高等学校卒業。1983年3月、弘前大学医学部卒業。医師国家試験合格。横浜市立大学第二外科入局。神奈川県内の病院で外科医として勤務。


1992年3月、横浜市立大学医学部博士号取得。1992年10月 外務省入省。ミャンマー、インドネシア、インド、ニューヨーク、タンザニア、カナダの大使館・総領事館で医務官として勤務。


2014年4月、外務省診療所長。2019年5月〜2023年4月岩手県県南広域振興局保健福祉環境部技監 兼 奥州保健所長。


2021年4月〜2023年3月、一関保健所長を兼任。2023年4月〜岩手県盛岡広域振興局保健福祉環境技監 兼 県央保健所長、岩手県保健所長会会長。


専門医: 


社会医学系専門医指導医、日本医師会認定産業医


学会:


日本渡航医学会、日本産業衛生学会、日本公衆衛生学会、日本災害医学会


所属NPO:


NPO法人ジャムズネットUSA理事、NPO法人ジャムズネット東京前理事長、認定法人こころの架け橋いわて理事、MFCG(ミャンマー ファミリー・クリニックと菜園の会)


受賞:


2002年2月:第一回川口賞受賞(外務大臣賞)


2002年3月:第七回多文化間精神医学会賞受賞


2007年12月:米国日本人医師会功労賞受賞


著書:


「医療落語:博士と助手」(インドネシアで出版)HP復刻版: https://hakajyo.blogspot.com/


「想像を超えた難事の日々」世論時報社(2024年1月出版)

仲本光一

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