「ドラゴンボール」がフランスに与えた夢と希望
Ulala(著述家)
「フランスUlalaの視点」
【まとめ】
・世界で累計3億部売れた『ドラゴンボール』。生みの親鳥山明氏が亡くなった。
・フランスは日本に次ぐ世界第2位の漫画市場。
・マンガは多くの国の人に夢と希望をあたえ、前進するための新しい思想をもたらした。
フランスで少なくとも累計3000万部、世界で累計3億部売れた『ドラゴンボール』。その生みの親である鳥山明氏が亡くなった悲しいニュースはフランスでもかなり大きなニュースとなった。エマニュエル・マクロン大統領、ガブリエル・アタル首相までが追悼のメッセージを出し、多くのファンの気持ちをくみ取った。鳥山明氏はマンガ家ではあることは間違いないものの、マンガ家という名称だけにとどまることなく、現代芸術のアーティストと称されており、そしておそらく世界で最も影響力のある日本人だったのだ。
・ヨーロッパに漫画文化を最初にもたらした人物
鳥山明氏の世界での功績はかなりすごい。
なんといっても、1980年代末のヨーロッパにマンガを流行らせるきっかけを作り、その後のヨーロッパの変化に影響を及ぼしたと言っても過言ではない。そしてバカか子供が見るものとされていたされていたマンガやアニメを芸術にまで高め、階層社会で息苦しい生活を余儀なくされていた子供たちにポジティブな感情と希望を与えたのだ。
鳥山明氏の作り出すストーリーは日本だけではなくもちろん世界中で愛されているが、特にフランスでは大衆から絶大な人気を受けている。そのことは、フランスが日本に次ぐ世界第2位の漫画市場であることからもわかるだろう。
しかしながら、フランスでのマンガやアニメが進んだ道のりは決して平坦なものではなかった。
・国際的な大衆文化に足跡を残した人物
フランスにマンガやアニメが入ってきたときのバッシングはとてもひどいものであった。特に、国会議員セゴレーヌ・ロワイヤル氏の攻撃はすさまじいもので、「日本のマンガはひどい、ひどい」と攻撃しまくったのである。その結果、知識層とされる富裕層、特に母親にマンガとアニメに対する大きな拒否感を植え付け、「マンガやアニメを見ると暴力的になる」「バカになる」という思想を広めることに成功したのだ。
実際の話、フランスのテレビTF1のドロテクラブという番組で日本のアニメが放映されはじめたのは1990年代だ。この時代はまだまだ裕福層と労働層の格差が大きい時代で、裕福層の家庭が子供を学校外のお稽古事に連れていき教養を高めている間、親が働いているため課外学習などにはなかなか行くチャンスがない労働層の子供たちがテレビでドロテクラブを楽しんでいた。その中には移民2世も多く含まれていた。多くの差別を受け、先が見えない世界で生きている中、そんな現実を忘れさせてくれたうえ、希望を抱かせてくれる番組がまさに『ドラゴンボール』をはじめとするマンガやアニメであったのだ。
しかし、セゴレーヌ・ロワイヤル氏は、移民と、当時大きな躍進をしていた日本を攻撃するために徹底的にマンガとアニメを攻撃した。
しかしながら、こういった政治的攻撃に屈することなくマンガやアニメ市場は拡大していった。
フランス人声優ブリジット・ルコルディエ氏は『ドラゴンボール』についてこう語る。
「悟空は、社会的、感情的な環境でうまく成長できず、孤独な多くの若者たちに力を与えました。」
「これらのキャラクターたちは、私たちが戦ったとき、団結して立ち上がったときに成功することを示してくれました。”アニメのキャラクターのおかげで問題を乗り越えられた”と言う人にたくさん会いました。」
厳しい現実や攻撃を受けても希望を持ち続けること生き抜くための方法を、子供たちはマンガやアニメから学んでおり、子供の中で重要な存在となっている。そのため、例えどんなに妨害にあったとしても完全に子供たちから奪いとることはできなかったともいえるだろう。
・日本に対する差別を忘れさせた人物
しかしながらこれだけの人気を博しながらも、フランス・アングレーム国際マンガ祭で受賞するにはまだまだ歳月を必要とした。鳥山明氏がアングレーム国際マンガ祭で40周年記念特別賞を受賞したのは2013年のことだ。
アングレーム国際マンガ祭では、マンガの発展に寄与した作家1人に対しグランプリが贈られる。歴代の受賞者はもちろんほぼフランス人で、時々、ヨーロッパ諸国、もしくはアメリカの作者が受賞するぐらいだった。もちろん、それまでアジア人で受賞した人はいなかったのだ。
当時フェスティバルの責任者だったブノワ・ムーシャール氏はこう語る。「作者の投票では鳥山明氏が過半数を占めました。しかしアカデミーは多くの票を持ち、何よりも多くの才能を持っていたウィレムに賞を与えることを望んだのです。しかしながら少し物議を醸したのは事実です。そこで鳥山氏に40周年特別賞を授与することにしました。」
『ドラゴンボール』や『ONE PIECE』の翻訳・出版も行っている出版社「グレナ」の設立者ジャック・グレナ氏は衝撃的な一言を述べている。
「この当時、アングレームではまだ日本人に賞を与える習慣がなかったのです。」
実際の話、まだまだ日本人をはじめとするアジア人に対して大きな差別感情があったフランスでは、アジア人に賞を渡す考え自体存在していなかったことは容易に想像がつく。
しかし、この受賞を皮切りに、2015年に大友克洋氏、2019年に高橋留美子氏がグランプリを受賞することができた。これも、グランプリではなかったものの、 鳥山明氏 が日本人として初めて賞を取ったことが大きな一歩となっているのは間違いない。そして、2019年、鳥山明氏は芸術文化勲章を授かった。フランスでのマンガ発展の貢献を認められただけではなく、芸術家としての業績も認められたのだ。
・日本が鳥山明を称えるべき
日本では、マンガやアニメといえばただの娯楽という認識があり、あまりにも身近な存在でどれほどの価値があるかを理解している人も少ないかもしれない。しかしマンガはいままで述べてきたように、フランスをはじめとする多くの国の人に夢と希望をあたえ、前進するための新しい思想をもたらした媒体なのである。だからこそ普及の先駆けとなった鳥山明氏のことをこれほどまでに世界中の多くの人が功績を称え、そして愛し、巨匠の死を悼むのだ。
日本のマンガとその独特の世界観は、多くの人たちに楽しみを提供し心の支えを作ってきた。鳥山明氏の死が世界でどのような評価を受けているかを知ることで世界での日本のマンガの価値が多少は日本人にもわかってもらえるのではないだろうか。
日本は国を挙げて鳥山明氏に対して敬意を表するなんだかの「意思」を示すべきである。多くの人をひきつけてきた人物を、日本国民も敬意を示すことで得られるチャンスは本当にたくさんある。日本が希望を与えられるマンガやアニメを世に出していること、日本は大衆をおろそかにしていないこと、多様性ある世界観をもっていることを表明できる。
そして何よりも、鳥山明氏の死を悼むことにより、世界の多くの人たちと気持ちを一つにできることは間違いない。
参考リンク
https://x.com/EmmanuelMacron/status/1766053155270225954?s=20
https://x.com/GabrielAttal/status/1766048837263597594?s=20
Mort d’Akira Toriyama, un mangaka d’école – Libération
鳥山明氏の死 – Libération/リベラシオン
ドラゴンボール』作者の死:鳥山明と彼の漫画について知っておくべき5つのこと – Le Parisie
Akira Toriyama, un créateur génial qui ne se résume pas à « Dragon Ball »
鳥山明は、『ドラゴンボール』以上の素晴らしいクリエイターである。
Mort d’Akira Toriyama : quand la génération des “boomers” s’opposait à la diffusion de “Dragon Ball”
鳥山明の死:「団塊の世代」が『ドラゴンボール』の放送に反対したとき
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この記事を書いた人
Ulalaライター・ブロガー
日本では大手メーカーでエンジニアとして勤務後、フランスに渡り、パリでWEB関係でプログラマー、システム管理者として勤務。現在は二人の子育ての傍ら、ブログの運営、著述家として活動中。ほとんど日本人がいない町で、フランス人社会にどっぷり入って生活している体験をふまえたフランスの生活、子育て、教育に関することを中心に書いてます。